第18話

「で、何どうしたの?お前優等生なんじゃなかったの?こんなサボっちゃって大丈夫なわけ?」

美里と紗希は学校から近くの河川敷に来ていた。

ここは学校を挟んで駅と反対方向にあり、学校関係者が通ることはまずない。考えられるとしたら放課後の時間帯に運動部が来るかどうか程度だ。

太陽が昇りはじめた午前中。座っているところからは下のウォーキングコースに歩いている人がちらほらと見えた。


隣に座る美里に問いかけられたが紗希は黙ったままだ。重い表情で下を見つめている。

「いや、誘ったのお前だからな?せめて何か言えよ」

相変わらず口をつぐんだままの紗希。美里はわざとらしくため息をつくと「しょうがねえな」と自分の鞄をゴソゴソと漁り出した。


「どうせ難しいこと考えてるんだろ。糖分取れ」

紗希の顔の前に個包装された飴を差し出す。


しゅわしゅわソーダオレンジ味


そう書かれたパッケージを見て紗希は受け取った。ようやくその口を開く

「お前でも糖分が頭を動かす栄養って知識は持ってるんだな」

そして包装の上から指でつまんで押すように力をかける。

「というか、これいつの飴?中で溶けてない?」

「いらないなら返せ」

「ありがたくもらうよ」

小さな袋を開けると多少のベタつきはあるが飴はきちんと原型があった。紗希はそれを口に放り込む。

「うまい」

「だろ?俺それ好きなの」

少し考えたような間。


「猫なら柑橘系は苦手なはずだけどな」

「俺ら今人間だからね」

また間。


美里が聞き返す。

「もしかして悩んでるのそれ?」

小さく頷く紗希。

「お前と一緒にいるとどうしても昔の感覚で動いてしまうんだ。この前の梨菜子の件でもそうだ。よくよく考えればわかることなのにお前とならあの男もなんとかできると思ってしまった」

「あれは俺も迂闊だったよ。由美に言われるまで気がつかなかったからなぁ。でもそんなに深く考えることか?」

「もちろんそれだけじゃない。俺は、私は、石森紗希は、ブチ丸は、どっちなのかな?」

「ごめんな。俺があの時話しかけてお前の記憶を戻したからだよな」

急に紗希が顔を上げる。

「謝ってほしいわけじゃない。責めてもいない。また会えて嬉しいし、今一緒にこうしていられることも嬉しい。でも、まだ整理がついていないんだと思う。」

見つめてきた紗希の表情は厳しさとか怒りとかそういうものではなく、苦しさからのSOSのように感じられた。


「お前はどうだったんだ?記憶が戻った時」

「俺?俺は小学生の時だったな。一日は頭の中がぐるぐるして部屋に引きこもってたけど、もともとの『美里』も大雑把というかトラジ寄りの性格だったんだよな。

この記憶が嘘でも本当でもどっちでもいいやって。実際お前を見つけるまではこれは俺の妄想じゃないのか?って思うこともあったよ」

もう一粒なめる?と美里はまた紗希に飴を差し出した。

しゅわしゅわソーダぶどう味

「でも実際どっちも俺だもん。美里だけの俺もトラジの記憶を持ってる俺も、どっちも俺だよ」


紗希は差し出された飴を睨むだけでなかなか受け取らない。話しながらも美里はその手をさらに紗希へと突き出した。

「ブチ丸の記憶が入ったことで、モデル石森紗希のキャラ的にまずいとかじゃないなら別にいいんじゃないの?そんなに分けて考えなくて。

それとも俺と会ったのを無かったことにして明日からつるむのやめる?」

「それは嫌だ」

「即答かよ」

思わず吹き出しそうになる美里。

「なら難しく考えるのやめろ。いくら頭のいいお前でもこれの答えは出ねえぞ。時間がたてば慣れるし落ち着くから。だから早くこれ受け取れ」

紗希は差し出された飴と美里の顔を見比べて言った。

「さっきのオレンジ味がいい」

飴を受け取らずに立ち上がる。

「わがままかよ!」

そしてスカートについた草のかけらをはたくように落とすとそのまま学校の方向へと歩き出した。

「え?戻るの?気まぐれだな今日のお前は」

慌てて美里もその後を追う。

「気まぐれだよ。俺ら猫だからな」

ようやく紗希が相棒の目を見た。


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