第4話

「あの人、呼んでほしいんだけど」

お昼休みのチャイムが鳴って、そう時間がたたないうちに二年四組の教室の入り口で人を呼ぶ生徒がいた。

呼び止められたのは一番扉に近い席の男子だ。まださっきまでの授業のノートも片づけられていない状況だった。

突然話しかけられた男子はその生徒の指さす方向を見て聞く。

「あの人って、あの髪の毛横に結んでるちょいギャルの子?」

「そう、その人」


さて、第一関門。

緊張のお弁当タイムなのだが、まず誰と食べるか、誰に話しかけるか、どこへ、どのタイミングで、等々の問題が美里の頭の中を渦巻いていた。

周りの生徒は少しずつだが席の移動を始めている。

近くの子に声をかけたり一緒に中庭へ出て行ったり。

「私も一緒に食べていいかな?」

この一言さえ言えてしまえば後はなるようになる、はずだ。


勇気を出せ、美里。あの子なら快く受け入れてくれるはず。


自らの弁当を片手に立ち上がった美里を、誰よりも早く呼び止めたのは教室の後ろの席にいた男子だった。

「矢畑さん、石森さんが呼んでるよ」

美里だけでなく周りまでも驚いてみた先には、昨日全力疾走で美里の前から逃げていった彼女がいた。

相変わらずさらさらなストレートヘアーが目立つ、まるで無表情な彼女。

でもその瞳は真っ直ぐに美里を見ている。そして自身の手に持った弁当包みを顔の高さまで持ち上げて言った。

「話がある。一緒に食わないか?」

立てた親指を後ろへ向けるそぶりをする。

 

顔かせや、ってか?


これから石森に対してどうしていこうかと気持ちを保留にしていた美里にとっては、内心胸が高鳴ってしょうがなかった。

もしかしたら「これ以上関わるな」とか「お前となれ合うつもりはない」とか拒絶の話かもしれない。

でも、もう一度ブチ丸と話せる。

嬉しさと緊張とが入り交じる笑顔で、美里は石森に近づいていった。

「ああ、俺も話したいことがあるんだ」


美里が教室を出ていった後、石森に話しかけられた男子は周囲の男子とはしゃいでいた。

「やっば!石森さん超綺麗!」

「肌すげー白いのな、さすがモデルだなあ」

「つーかほのかにいい匂いした…」

きゃいきゃいとはしゃぐ彼らの中で、一人不思議そうに首を傾げる生徒もいた。

「矢畑さんが石森さんの友達とは意外な組み合わせだな」

「え、でも石森さんは矢畑さんの名前知らなかったよね?」

一同の頭上にはてなマークが浮かぶ。

「石森さん、意外と男言葉なんだね」



美里と石森、二人は無言で屋上へ向かっていた。

屋上は立ち入り禁止とされているが、実質入っても怒られないし教師の見回りが来るわけでもなくヤンチャな生徒がよく利用していた。

施錠はとても簡単なもので、南京錠が一個ついている。でもそれを開ける鍵は扉の近くのゴミ箱の下に隠してあるというお粗末なものだった。

美里は一年生の時から使っていたので勝手を知っている。

何も言わずにゴミ箱をどかし、その下にある鍵で屋上の扉を開けた。

「鍵、そんな所にあるのかよ」

ぼそっと石森が言う。

「わりとみんな知ってるぞ。お前、今いい子なんだな」

扉を開けると風と光が飛び込んできて思わず目を閉じた。

石森の綺麗な長い髪が絵画のようになびく。


美里が石森を入り口からは直接見えない反対側の壁際に案内した。

ここなら万が一誰かが来てもすぐには見つからない。

コンクリートの固い地面に美里は座り込む。そしてお弁当の包みを開き始めた。

「さて、食べよかね。」

石森も無言で美里の横に座り弁当をあける。


しばしの沈黙。

とりあえず箸をすすめる二人。

吹き抜ける風、たまに紛れ込んでくる桜の花びら。

下の校庭から聞こえてくる笑い声。


沈黙。


「話あるって呼んだの、お前だからな?」

しびれを切らした美里が言った。さらに追い打ちをかける。

「昼休みも時間制限あるぞ。俺は別に次の授業さぼるのなんて事ないけど、今のお前はさぼりとかできんの?」

石森は箸を置いた。何かを考えている。

美里の方を見ては目をそらし、何かを言いかけるように口を開いたと思ったら何も言わずに口をつぐむ。

美里が少し待つとようやく彼女は声に出した。


「お前、トラジだよな!?」


「そこからかい!」

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