閑話 「ナイア」

「ぬぅぅっ!? リッジっ!! これは、なんのつもりじゃっ!?」

 妾は拳に魔力を込め、構えながら目の前の男と対峙した。

 いきなり、転移魔法をしかけてきたこの男に対しての反射的な行動だった。

 思わず、警戒するのも仕方がないだろう。

 しかも、いきなりの魔法は、同じ術式を三重展開してくるという徹底ぶりだった。

 二つまでは解呪できたが、さすがにこの弱体化した体では、三つ目までは壊せず、無様にも転移されるという結果に陥ってしまったのが悔やまれる。

「落ち着くのじゃっ!! ナイア君っ!! 儂に争うつもりなぞない。……緊急事態じゃったのじゃ」

 だが、妾のその問いかけに対して、目の前の男はそう言うと両手を上げて、闘争の意思が無いことを告げてきた。

 ……今なら、一瞬で懐に入って、その顔に拳を叩きこむことも出来るだろう。

 それを見た時点で、妾も構えを解いた。

 そもそも、現状ではこの男の方が実力は上なのだから、殺すなら、それこそ簡単に出来るだろう。

「むぅ。何が起きたというんじゃ? ……あと、ここはどこじゃ?」

「ふむ。……聞いてくれる気になったみたいじゃの。とりあえず、ここは大学の屋上じゃ。そして……落ち着いて聞いて欲しいのじゃが、実はのぅ」



 そう言って、理事長が語り出した内容は妾が叫ぶのに十分なものだった。

「なっなんじゃとーっ!?」

「ふぅ。……分かって貰えたようじゃのぅ」

 聞けば、今、この近くに300年前に妾を殺した勇者パーティの一人である、賢者が来ているということだった。

 それも目的は、妾のパーティメンバーであるノゾムに会うためだとか。

 それを知ったこの男が、先に妾を確保したというのが今の状況だった。

「なんでじゃっ!? なんで、賢者がノゾムを探しておるんじゃっ!?」

「それは、儂にも分からんのじゃ。……師匠は偶に良く分からん理由で動くのでのぅ」

 ちなみに、この理事長は賢者の弟子だったらしい。

「分からんのなら、仕方ないが……こうしてはおれん。すぐにノゾムたちの元に向かわねば……」

「だから、待つのじゃ!! ナイア君っ!!」

 賢者がノゾムを狙っていると言われて、妾は直ぐにも動こうとしたが、その腕を理事長に掴まれた。

「師匠がどんな理由でノゾム君を探しているのかは分からんが……師匠がノゾム君を見つけた時に、魔王である君が傍にいたら、確実に君もノゾム君も殺されてしまうぞい!!」

「ぬぅぅ。じゃが、このままじっとして、もしノゾムとノワールが殺されてしまったら……妾は……妾はっ!?」

「じゃが、君が行ったら確実に死ぬんじゃぞい!!」

 そうやって、しばらく理事長と格闘していたが。

 ――結果から言って妾がその場から動くことは無かった。

「ううっ…どうしろというんじゃぁ……ノゾムゥ……ノワールゥ……」

「むぅ。泣かんでくれナイア君。……今は二人を信じるのじゃ。彼らならきっと……切り抜けてくれるはずじゃ」

 妾はその場に座り込んで、泣いていた。

 本当は今にも二人の元に向かいたいが、それをすると逆に二人が死ぬかもしれないと諭されては、もう妾に出来ることは何も無かった。

 二人が死ぬことを思うと……妾は自分がどうなるか全く予想がつかなかった。

 そうやっていると――


 ――不意に、屋上に覚えのある魔力が渦巻いた。


「なっ!? これは師匠の!? 隠れるのじゃっ、ナイア君っ!!」


 理事長がそう言いながら、妾を給水ポンプの裏に引きづり込んだ。

「良いかっ!! ナイア君っ!! 絶対に見つかってはいかんぞっ!! 魔力を消すのじゃ……っ!!」

「……」

 妾達は全力で魔力をコントロールし、体外へ出さないようにした。直後――

「急にごめんね。……ここからの話は、一応オフレコだからさ。ちょっと場所を変える必要があったんだ」

 ――言葉と共に、二人の人物が現れた。

 片方はフードを被った人物で、もう片方は……頭に猫を乗せた少年だった。

 ノゾムたちが生きていたことに嬉しくなるが……同時に一緒にいる人物の声にぞわりとする。

 アレは確かに300年前に妾の全身を消滅させた、賢者とかいう人間のものだった。

「力を貸してくれないか? ノゾム君。僕は君にならそれが出来ると思っているよ」

「……もし、それが可能なら、喜んで協力しますよ」

 聞こえてきた声から察するに、どうやらノゾムと賢者は何か取引をしているようだった。

 妾達に取引の材料になるようなものはあっただろうかと考えていると――

「それじゃあ、まずは彼女と会うことにしようか。…まずはそこからだろう。」

 ――賢者はそう言った。

 ……。

 『カノジョ』とは一体誰のことだろうか。

 ノゾムたちの紹介で賢者が会いたがる人物。……妾には心当たりが一人しかいなかった。

『魔王を差し出せば、英雄に成れる。温情も受けられる』

 以前ギルドマスターが言った言葉が、妾の頭の中で再生された。

 その時はノゾムは断っていた。

 ギルドマスターの言葉を受けても、彼は妾を庇うように立ち、妾を殺させたりはしないと言ってくれた。

 妾はその時のノゾムの背中を未だに覚えている。

 ステータスでは圧倒的に妾より弱いくせに、何故か縋りつきたくなったあの背中を。

 ……大丈夫じゃ。大丈夫。

 妾は何故かこみ上げてくる不安を押し込めながら、自身にそう言い聞かせた――

「分かりました。方法はどうしましょうか?」

「そうだね。……まぁ、素直に言ってしまったら、断られるかもしれないから、嘘の理由で呼び出すことにしようか。彼女を騙す形になるが……君はそれで良いかい?」

「構いません。それで、俺たちが助かるなら」

 ――けれども、現実は残酷だった。

『俺たちが助かるなら』

 その言葉はやけにハッキリと妾の耳に届いていた。

「なっ!! 止めるんじゃっ!! ナイア君っ!!」

 気づけば、妾は物陰から出ていた。

 今、妾からは見えないノゾムの顔が見たくて。

 以前と同じように背中を見せている彼は…今、どんな表情をしているのだろう。

 ……あの時の彼はどんな顔をしていたのだろうか。



「ノゾム……?」


 『俺たち』の中に妾はいるんじゃろうか、そう思いながら、妾はそう声をかけた。

 振り返った少年の顔は――


 ――今まで、見たことが無いほどの焦りで染まっていた。

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