卵の記憶2

 アータ博士の横にいた青年騎士が、リグに礼をすると、階段の方へと駆けて行った。ジュナはそれを確認すると、もう一度扉に向かって声をかけた。


「マウナは下がりました。ジュナを入れていただけませんか?」


 ジュナは、代々姫の親衛隊長を担ってきた家系に生まれ、幼いころからイーシャ姫と共に育ってきたのだと聞いた。ジュナがイーシャ姫を大切に思っているのは、職務を全うするための責任感から来ているものではなく、心から、イーシャ個人を大切にしているのだと、リグは常々感じていた。

 少し、ジュナが気の毒になった。


「ね、イーシャ姫の扉の所へ行ってはいけないかしら? 私からも声をかけてみるわ」

 侍女がうろたえた。アータ博士も目を見開いている。


「安全が確認できない場所へ、リグ様をお連れするわけにはまいりません。それに……」


 アータ博士がリグの下腹部の辺りに目をやった。

 ゆったりとした夜着の下で、大きく膨らんだお腹。

 リグのお腹には、王子との間に授かった大切な命がいた。

 リグは愛おしそうに、優しい手つきでお腹を撫でた。

 やはりやめた方が良いだろうかと思ったその時、イーシャ姫の部屋の扉が開き、イーシャ姫が顔をのぞかせた。


 きついウェーブのかかった白銀色の長い髪。陶器のごとく白くきめ細やかな肌。長いまつ毛に縁どられた、碧い大きな、無垢な少女の瞳。


 真っ白な夜着の上にひざ掛けを羽織って、不安げにこちらを見ている。


「ジュナ、心配をかけてごめんなさい」


 透き通った声音が響いた。

「この通り、私は無事です。あら、お義姉様まで。アータ博士もいらしたの?」


 イーシャ姫がこちらに気付いた。隣を見ると、アータ博士がきつく目を閉じて頭を下げている。イーシャ姫の夜着姿を見ないようにしているのだろう。


「姫。大丈夫ですか? ジュナさんがひどく心配しておいでです。私も心配ですから、ジュナさんに室内を見ていただいでは?」

「ええ。ごめんなさい。皆さんに心配をおかけして」


 イーシャ姫は軽く頭を下げると、ジュナを室内に招き入れた。

 姫がどいたことで、部屋の奥にある窓が開いて、カーテンがひらひらと揺れているのが見えた。


「姫。窓を閉めてもよろしいですか?」

 ジュナがはりつめた声で言った。

「ええ。ごめんなさい。星空を見ていたものだから」


 ジュナは鋭い視線で窓の外を見渡した後、窓を閉め、カーテンも閉めた。

 一通り室内を見回った後、ジュナが部屋から出てきた。


 結局、何事もなかったが、念のため塔周辺の警護を強化することとなり、それぞれ解散となった。

 リグは自室に戻り、お腹の中の大切な命のことを想い、一刻も早く戦争が終わり、平和な世界となるように心から祈って眠りについた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る