境界
この嵐の向こうに、何かあるかもしれないなんて、ジウは全く考えたこともなかった。
「アヤ」
不意にユキがアヤに話しかけた。アヤは弾かれたように顔を上げた。
「その記録書の中に、硝子森についての記述があるって言ってなかったっけ?」
「ああ、ある」
「なんて書いてあるの?」
アヤは恐らくちょうどその頁を開いていたのだろう。
その場にしゃがみ込んで、皆にも見えるように記録書を膝の上に開いた。
見開き二頁に渡って、街の全体図が描かれた頁だった。街の外周に、細長い二等辺三角形の底辺に棒を一本突き刺したような図――恐らく木を表しているのだろう図がいくつも描かれ、それより外には斜線が引かれている。斜線は略の意味だろう。
配置から言って、棒着き二等辺三角形の木は、硝子森の木々なのだろうが、この白く、葉の一枚もない木を、この図で表すのは無理があるのではないかとジウは思った。
「護りの森」
「は?」
アヤが読み上げた言葉に、三人が一斉に声を上げた。
「だから、護りの森。この注釈にはそう書いている」
「え? 何? 何?」
シノは全く理解できないようで「何?」を繰り返す。シノが言葉にしたくてもどうしたらいいか解らない質問を、ユキが代弁する。
「硝子森とは書いてないの?」
「ない。硝子のがの字もない」
「どういうこと? この図もさ」
ジウが先ほど違和感を感じた、二等辺三角形を指しながら問うと、全て言い終わらぬうちにアヤが食いついてきた。
「そう! この図、おかしいと思ったか、アンタも。硝子森の木々を表すには形が違いすぎていないか? どっちかって言ったら、満月の塔の周りの大樹に近い図だ」
「ああ確かに」
ユキが同意する。ジウも同じように思った。
「この図に、この注釈。恐らく、硝子森は昔とは形が変わっているんじゃないかと思う。何かが起こって変形したか、あるいは魔法か何かで意図的に変形させたか」
そこまで言うと、アヤは一呼吸置いてから続けた。
「この硝子森は、この記録書が書かれた時代には、この図に近い形をしていて、護りの森と呼ばれていたんだろう。この護りの森という言葉の下には『ここを境界とする』と書いてるんだ」
「きょうかい?」
「何かと何かの境にするってことかな?」
相変わらずきょとんとするシノに、ユキが優しく説明する。
「何との?」
シノの問いには誰も答えなかった。
解らないものは答えようがない。
「砂嵐のことは書いてないの?」
ユキが問うと、アヤは「ない」と答えた。
「砂嵐という言葉は一言も出てこない。だが、この図にはないが、この先の頁に『護りの森を境界とし、風の壁を展開する』という文章がある」
「風の壁?」
「まあ確かに、強風は吹いてるな」
ジウが呟く。ユキは立ち上がり、砂嵐に向かって歩き出した。
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