後継ぎ
次の日。ジウは、いつもより早く家を出た。
普段は申し訳程度に持っているだけのぺしゃんこの鞄が、今日は大きく膨らんでいる。昨日見つけた本が入っているのだ。
いつもと変わらず見送る執事たちの目が気になり、ジウは必要以上にぶっきらぼうな態度をとってしまった。
別に悪いことをしているわけではないはずなのだが、何だか後ろめたい気分になる、
きっと、さっきの食事の時の、両親との会話のせいだとジウは思う。
無駄に大きな丸いテーブルの、ジウの真向かいに座った父が、食事を終えてすぐ口を開いた。
「士官学校へ、お前の入学願いを出しておいた。卒業までもう少しだからね。しっかり学んで進学に備えなさい。そうして、兄上達のように立派な士官となるのだ」
「良かったわね、ジウ。何か解らないことがあれば、何でもお兄様達に聞くといいわ」
母が満面の笑みで続けた。
ジウは、いろんな感情が一度に沸き出してきて、何を言ったらいいのか解らなくなり、無言で父を見つめることしかできなかった。
ジウには三人の兄がいる。出兵した長兄は、眼前のジウの母親の子ではない。ジウとは異母兄弟の関係にあたる。
この街の貴族は、子を産み、次の代に繋ぐことが第一なのだ。
だから、一夫多妻も一妻多夫も認められている。
ジウの父にも二人の妻がおり、その妻が二人ずつ男児を産み、本妻にあたるジウの母は、ジウより五つほど下に女の子も授かった。
女の子――ジウの妹は、学院の低学年になる。食事の時は、ジウが士官学校に通うと聞き、深い意味も解らず、母がニコニコしているから、良いことなのだろうと判断し、ただ微笑んでいた。
まだ幼いのだ。何も知らない純真無垢の妹の真っ白さを見る度、ジウの心は複雑に歪む。
二番目の兄は、ジウと同じ母の子で、三番目の兄は長兄と同じ母の子だ。二番目の兄は既に結婚し、ジウの屋敷の別棟で家族で暮らしている。三番目の兄は自分の母と共に家を出て、他の貴族の家に婿養子として入り、そちらで生活している。
そして、二人とも立派な役人になっている。両親たちの自慢の息子だ。
ジウの家は、貴族の中でも名門だった。
全く面倒だとジウは思う。
この後ろめたさも、背徳感も、全部あの会話のせいだ。
結局、ジウの士官学校進学決定を勝手に喜んでいる家族を前に、ジウは「勝手に決めるな」とも「そんなの嫌だ」とも言えず、ただ「解りました」と答えて、席を立つことしかできなかった。
――何が「解りました」だ。士官になんて、なりたくないのに。
ジウは、まだ人通りもまばらな道を歩きながら、満月の塔を見上げた。
家々の間から覗く、巨大の四本の樹。その緑の葉より更に高い位置に鎮座する球体。
まだ早い時間なので、満月は、白く弱い光を発している。それでも眩しいので直視は出来ない。
――兄さん。
ジウは、塔に行ってしまった優しい長兄のことを思い出した。
鞄を強く抱えて歩を進める。
自然と早足になっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます