第71話 制圧された魔道巡洋艦

 裏世界にて出来得る限りの魔物を支配下に置きつつ進軍していたビューリカとエリュアは、目的地近くで表世界へとシフトして魔道巡洋艦を視界に入れた。


「アレだな……落着時の衝撃で破損しているようだが、想定していたほど酷いモノではない。オマエのリペアスキルで直せそうだな?」

 

 古いSF映画にでも出てきそうな外観をした巡洋艦は、各部にダメージがあるものの原型は留めている。これならばエリュアの物を直す能力”リペアスキル”によって修復運用するのも可能だろう。


「え、ええ。詳しく見てみないとナンとも言えませんが、損傷度が低ければ修復に必要な時間も魔力も少なくて助かりますね」


「騒ぎを起こせば、ユイとかいう出来損ないの羽付きが来ることだろう。出来ればヤツが現れる前に魔道巡洋艦は奪取しておきたい」


「そうですね。しかし、敵は既にコチラに感づいているようですよ」


 巡洋艦の周囲は魔道保安庁の適合者による警備で固められており、その適合者達は襲撃を察知して臨戦態勢を整えていた。ビューリカとエリュアは魔物の軍勢を引き連れてきたため、それが魔物探知用の水晶に引っかかってしまったのだろう。


「なら尚更に事を急がなければな。私が先行して斬り込むから、オマエは魔物共に命じて敵を包囲殲滅させろ」


「分かりました」


 こういう時にビューリカは頼もしい存在で、偉そうな態度ではあるが後方で指示するだけの役立たずではない。自ら先陣を切る度胸があるし、確かな実力もあるのだ。

 だが、これは単にビューリカが暴れたいだけでもあった。地球に来てからというもの、思い通りに事が進まずにフラストレーションが溜まっていたので、鬱憤を晴らしたいがために武器を振るっている側面もある。


「この肉体にも馴染んできたところなのでな、更にどれくらいやれるか貴様達で試させてもらう!」


 剣を手にしたビューリカは、魔道巡洋艦の近くに展開していた適合者の部隊に襲い掛かった。

 ビューリカが乗っ取った天使族ミリアの肉体は、最初の頃こそ思考とのズレが生じていたのだが、今はかなり高いレベルで馴染んできていた。元々のミリアのスペックがビューリカ程に高くはないので不満はあるものの、それを修正して齟齬をほぼゼロにして、まるで自分の本当の体のように扱えるようになっている。

 だからこそ、来たるべきユイとの戦いに備え、もっとチカラを発揮出来るよう調整しておきたかった。


「そこだ!」


 ビューリカは適合者の一人に猛スピードで接近し、敵の胴体に素早い剣戟を叩きこむ。この圧倒的な機動戦によってアッという間に無力化した。


「この程度か。準備運動にもならんな」


「なんだ、コイツ!?」


「死にゆく者に名乗る必要もないだろう? じゃあな」


 と、ビューリカは敵の攻撃を回避しつつ、その相手の胴体を真っ二つに斬り飛ばす。

 この場の適合者など歯牙にもかけない圧倒的な差を見せ、エリュアの支援が行われる前にほとんどの敵を刃の餌食にしてしまった。


「さすがですね、ビューリカさん。やっぱりアナタはタダ者ではない」


 残っていた戦力に奇襲を掛けて全滅させたエリュアは、転がる人間の死体を突っついて死亡確認をしながらビューリカに称賛の言葉を贈る。これはお世辞ではなく、本心で彼女の強さに感嘆しているのだ。


「こんなんで褒められてもな。まったく、この星の戦士のレベルは低くて呆れる」


 剣を振って刃にこびり付いていた血肉を落とし、ビューリカは魔道巡洋艦の歪んだ搭乗ハッチを手で引き剥がした。


「中も結構無事なようだな。動力源となる肝心の魔道エンジンが残っていればいいが……」


「ソレが無いと動かないんですか?」


「ああ。艦の後方にある機関室を調べんと」


 魔物を防衛戦力として巡洋艦の周りに配置し、ビューリカは推進装置も存在する艦の後方へと足を運ぶ。

 そこには幾つもの機械類が静かに安置されていて、無機質な墓標のようにも見えた。


「この奥に……お、どうやら当たりだ。魔道エンジンは取り外されていない」


 機関室の後部に数基並列して”魔道エンジン”と呼ばれる動力機械が置かれ、コレが生み出す力によって魔道巡洋艦は宇宙や惑星内を航行するのだ。

 ビューリカに促されたエリュアは、それら魔道エンジンに杖を向けてリペアスキルを発動した。


「上手くいきそうですよ」


 淡く青白い光が機器を包み込み、損傷していた箇所が元の姿へと直っていく。ヒビ割れていた外装がくっ付き、切断されていた配線が繋ぎ直されていった。

 そして少しすると、まるで製造したての新品のような輝きを取り戻した。


「よし、完璧だな。この装置は魔素をエネルギー源として電力と魔力を精製する。こうしてな」


 ビューリカは直ったばかりの魔道エンジンを操作し、取りつけられたハンドルやスイッチ等を順序良く作動させていく。


「うむ、これでいいだろう。私はブリッジで艦全体の状況を確認してくるから、オマエはこの周囲にある機械を引き続きリペアスキルで修復してくれ」


 エリュアに指示をしたビューリカは続いて艦橋部であるブリッジへと入り、制御用のコンピュータやコンソールが生きているのを確認して素早く必要な情報を引き出す。ここは墜落時の被害は小さく、電力が供給された事でほとんどの機能が使用できた。


「損傷具合は……これなら問題ないな。あとはエリュアに任せるか」


 装甲部に歪みや損傷はあれど、艦の飛行に致命的なものはない。エリュアが残った機関室の機械達の整備さえ終わればスグにでも飛びたてるレベルであった。

 ビューリカは事が思い通りに進んでいるなと安堵したのも束の間、十数分後にはアラートを知らせるコンピュータ表示を目にして意識を集中させる。


「ふ、来たか。だが遅いな……」


 そのアラートの正体は、接近する未確認飛行体を知らせるものであった。ビューリカはこれが敵の進軍であると見抜き、急いでエリュアの元へと戻る。


「エリュア、敵の増援が来た。オマエは魔物に迎撃の命令を出しておけ」


「はい。ですが、私も戦列に加わらなくていいんですか?」


「オマエには艦の修復という使命がある。それが完了次第この場を離れる。つまりだな、私は時間稼ぎとして出るわけで、オマエの仕事によって今後の運命が左右されるのだから急げよ」


「は、はい」


 エリュアは配下に納めた魔物達へと杖を介し、ビューリカと共に人間を迎え撃つよう命令を送り、自分はリペアスキルを使った作業を再開する。この作業が遅れれば人間による攻撃から逃れる術は無くなり、いくらビューリカと一緒でも全滅の危機となってしまう。




 一方、襲撃報告のあった現場に複数の輸送ヘリが急行しており、その中ではハウンド小隊の面々も険しい顔をして降下の時を待っていた。


「既に魔道巡洋艦は敵に制圧されているものと思われますわ。唯さん、お手数ですが夢幻斬りを使って遠距離から艦ごと攻撃をお願いできますか?」


 舞は近くに座る唯へとそう依頼する。魔道巡洋艦は貴重な研究対象ではあるが、敵の手に渡るくらいならば破壊してしまった方がマシだと判断したのだ。


「分かった。最大火力で叩きこむよ」


「あの場にいる適合者とは連絡が途絶しています……生存者はいないと思っていただいて結構ですわ」


「うん……けど、先にアレをどうにかしないとね」


 迎撃に上がってきた飛行型魔物が直進してくる様子を窓から確認した唯は、ヘリのサイドハッチを開いて魔力の翼を展開する。このまま空へと飛び出して空中戦へと移行する気らしい。


「唯、私も行くわ」


 同行する適合者の中で空戦が可能なのは唯と彩奈のみであり、この二人の活躍が味方の生死に大きく関わってくる。

 唯は彩奈の手をとり、大空へと舞い上がった。

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