第70話 ビューリカの決起

 魔道保安庁の追撃を逃れ、裏世界へと足を踏み入れたビューリカ。魔女エリュアを従えて人類への復讐に燃える彼女は、まず戦力拡充のために動くことにした。


「私の持ちこんだ兵器を貴様のリペアスキルで修復すれば奪還できるかもしれん。地球に降下する際、何隻かの魔道巡洋艦をジャミング攻撃のために先行降下させている。それらは撃墜されたようだが、原型を保っているものがあればリペア可能だろう?」


「はい。ですが、どこに墜落しているかご存じなのですか?」


「いや、位置は不明だ。だから情報を得る必要がある。表世界へと戻り、インターネットなどを駆使して調べればなんとかなるハズだ」


「よく分かりませんが、アナタなら人類の機械を上手く利用できるんですね?」


「ガイアの民の技術に比べれば原始的ではあるが問題ない。さて、そうと決まれば急ぐぞ」


 ビューリカとエリュアは空間の歪みから表世界へとシフトし、人類の街へと溶け込んでいく。パッと見の外見は人そのものであり、異星人と魔女の組み合わせであるが誤魔化せるだろう。ただし、唯のような天使族の素養を持つ者には探知される可能性があるため油断は出来ないが。


「ふむ、これが地球人の街か。ガイア本星にて日ノ本と呼ばれる国があったが、その雰囲気に酷似しているな。しかも日ノ本エレクトロニクスだと…?」


「なんなんです?」


「日ノ本を発祥とするガイア最大の企業だ。まさか地球においてその名を目にするとはな」


 懐かしむような遠い目でビルに掲げられた看板を見つめる。そこに広告が打たれている日ノ本エレクトロニクスは地球においても大企業であるが、ガイアにも同名の会社が存在したようだ。これは偶然というより、ガイアの民を先祖とする地球人類が同じような文明を築いた事による必然なのかもしれない。

 そんなビューリカの近くを警備用のロボットが通過していく。胴体に日ノ本エレクトロニクスのロゴが刻印された円筒形の機械は、人員不足に陥った人間の代わりに街の保安のために稼働しているのだ。


「ふん、コレも日ノ本エレクトロニクスの製品なのか。私のような不審者を見逃すとはレベルが低いな。やはり地球のレベルはガイアには到底届いていない」


 二人は研究所から逃げ出したままの格好で、下着もなく真っ白で質素なシャツと丈の短いズボンを履いているのみであり、普段着というにはどこか浮いている。警察に見かけられたら職務質問をかけられてもおかしくない。 


「それはともかく、まずは格好をどうにかしましょうよ。もっと普通の服を手に入れた方が行動しやすいですし」


「そうだな。だが購入しようにも通貨を持っていないからな……その辺で奪うか盗むかするしかない。この私がコソ泥のようなマネをするハメになるなど屈辱だ…!」


「妙なプライドがあるんですね……今は夜ですし、手荒に強奪しても人目に付きにくい。私達には丁度いい状況です」


「とにかく衣服店を探そう。出来れば営業時間が過ぎて閉店している店がいい」


 無人の店舗に押し入って奪取する算段のようだ。一時は唯達を窮地に陥れた強敵とは思えない没落ぶりであるが、泥を啜ってでも今は耐えなければらない。

 二人は繁華街の裏路地にある個人経営の衣服店を見つけ、暗い店内に人がいないことを確認する。そして、木製の扉を魔具で破壊して侵入を果たした。


「あまり目立たない格好にしてくださいよ、ビューリカさん」


「貴様の指図を受ける気はない。私は私のセンスで選ぶ」


 あくまで傲慢なビューリカはエリュアの忠告も聞かず、金のラインが目を引く派手な長ズボンと、革製のジャケットを羽織ったうえにサングラスをかける。魔道保安庁から隠れて行動している自覚は無いのだろうか。

 しかし、こんな相手でもエリュアは付き従うしかない。かつては忠実な部下と魔道戦艦を手中に収めていたが、全てを失った彼女にとってはビューリカという天使族は人類に一矢報いるための希望なのだ。


「どうだ。似合っているだろ?」


「うーん、どうでしょう……」


「貴様には理解できんか、私のセンスが。本来の私の姿ならもっと輝いていたのだがな」


「…まあいいです。次はどうしますか?」


 簡素且つ、動きやすい服装に身を包んだエリュアはビューリカに次の行動を問う。


「ネットワークに接続するための端末を確保するぞ」


「……私にはそれが何か分かりかねますが、情報を得るために不可欠なんですね?」


「ああ。おや、アレは……」


 繁華街の表通りへと戻ったビューリカは、道の端に倒れている人間の女性を目にした。どうやら酒に酔っているらしく、酷く酒臭いうえに呂律の回らない口で何かを呟いている。

 だがビューリカの興味を引いたのは、その女性の近くに転がっている携帯電話端末であった。いわゆるスマートフォンタイプで、ネットワークに接続するための電子機器だと直感したのである。


「ふむ、コイツは使えそうだ。ん、セキュリティロックが掛けられていないな」


 女性に近づいてスマートフォンを拾ったビューリカは、素早い動作でソレを操作した。エリュアにとっては何をしているのかサッパリ分からず、明滅する画面を覗き込む。


「せきゅりて…なんです? それが無いとマズいんですか?」


「いや、コッチにとっては好都合だ。まったく、機器のレベルも低いが、扱う人間のレベルも低いらしい。ま、我らガイアの民の劣化コピー品ともなれば仕方がないがな」


「はぁ……ともかく、この場を離れましょう。人目につくと厄介ですから」


 この窃盗の現場を見られて警察沙汰にでもなれば厄介だ。彼女達の戦闘力ならば並みの人間や適合者など軽く蹴散らせるが、リスクは少しでも抑えるべきだろう。

 ビューリカ達は女性のもとを離れ、歩きながらスマートフォンを駆使して情報を集める。目的は、ビューリカが地球降下時に先行させた魔道巡洋艦の行方だ。


「お、さっそく記事がヒットしたぞ。ほう……魔道保安庁の管理下に置かれてはいるが、まだ撃墜地点から移動はしていないようだ」


「ここから遠いんですか?」


「いや、一隻が近い位置にある。コイツを頂くとしよう」


「私達の戦力は心許ありませんから、道中で魔物を仲間にしながら行きましょう」


「ああ、その点ならオマエに任せる。魔女なら魔物を制御できるのだろ?」


 エリュアは頷き、二人は繁華街を離れて再び裏世界へと戻る。目標となる地点へは裏世界経由で移動し、その道中で出来るだけの魔物を軍勢に加えて襲撃を掛ける算段であった。






 それから二日が経ち、厳戒な警戒態勢が敷かれる魔道保安庁本部に唯達も詰めていた。未だ逃亡したビューリカらの行方が分かっていないため、どのような事態が発生するか分からず、多くの戦闘要員がピリつく緊張感の中で待機している。


「ニュースとかではビューリカの事は触れられてないね」


「魔道管理局が表沙汰にならないよう情報統制を掛けているのですわ。連中は保安庁側のミスを激しく糾弾するクセに、自分達には甘いんですのよ」


「厄介なヤツらだね……これだけの騒ぎを起こしておきながらさ」


「ですが、今回の一件で管理局の権威も失墜しましたし、もはや我ら保安庁と対等に渡り合える存在ではなくなるでしょうね」


 唯の隣に座る舞は、待機室に設置されたテレビモニターに映し出される報道番組を観ながら唯に言葉を返す。先日の研究所での出来事は一切報じられず、この魔道戦争とも言うべき争いの戦況について触れるのみだ。

 そんな中、舞のスマートフォンが通知を知らせる。


「もしもし、わたくしですが……え、本当ですか!?」


 電話の相手は神宮司のようで、舞が驚くような何かを知らせているらしい。


「了解しましたわ。では、コチラもスグに」


「舞?」


「ビューリカが現れましたわ。魔物の軍勢を率いて、巡洋艦の墜落地点に現れたそうです。そして、現地に展開していた保安庁の適合者を退かせたそうですの」


「マジか……敵の狙いは魔道巡洋艦ということだね。でも、原型は保っているとはいえ、駆動機関とかは損壊して使い物にならないんじゃ?」


「そのはずですわ。でも、何か策があるのでしょう。我らハウンド小隊も出撃し、ビューリカを今度こそ始末します」


 臨戦態勢で待機していた事もあり、ハウンド小隊の面々は出撃命令が下ってスグに屋上の輸送ヘリに急行した。他のチームも移動を始めていて、いくつかのヘリが上昇していくのが見える。


「ビューリカめ……アイツを野放しにしておくわけにはいかない。絶対に倒す」


 唯はいつもの温和な目つきではなく、殺意に満ちた鋭い眼光を光らせる。ビューリカは怨敵とも言える相手で、肉体こそ別人と入れ替わっているが恐るべき敵なのだ。


「アイツは唯を傷つけた許されざるヤツだものね。今度こそ、私の手で直接仕留めてやるわよ」


 彩奈にとっても、ビューリカは忘れられる存在ではない。目の前で唯を剣で突き刺し、攫って行った光景は今でもトラウマなのだ。


「やってやろう、彩奈。私達のコンビネーションで」


「ええ。富嶽での決戦の時のように、私と唯の力で叩き潰してやるわ」


 唯は彩奈の手に自らの手を添え、この温もりを力へと変換して戦う決意を固める。

 宿敵同士の再びの邂逅の時は、すぐそこまで迫っていた……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る