理力甲冑について・3 ※2019年1月20日挿入

理力甲冑について・3


 そこでバッと先生がポーズを決める。手にした教鞭がヒュンと空を切り、その眼鏡がキラリと光る。


「この! この私が! 設計・開発した理力エンジンならば! 駆動させるのに必要な理力をそこら辺の大気から幾らでもかき集めるので理力が少ない人間でも理力甲冑を操縦できるようになり! すでに操縦できる人間はさらに強くなるという! それはもう、すんばらしいアイテムなんデスよ!」


「はいはい、そのすんばらしいアイテムの恩恵は僕がよく知っているので授業の続きをお願いしますよ」


「むぅ、最近のユウは私の扱いが雑な気がするデス……。とにかく、私が開発した理力エンジンは操縦士の理力をブーストさせるものデスからね。理力甲冑の性能を底上げすると同時に慢性的な操縦士不足を解消する事が出来るんデス」


 それと、と先生は続けながら黒板にまた何かを書き込んでいる。


「動力としての人工筋肉が持つ、もう一つの弱点を解消する別の機能も持っているんデス。さて、ユウとヨハン。人工筋肉は筋線維が収縮することで動力を生み出しているデス。その問題点はなんでしょう?」


「……?」


「ヒントはユウのバイクにあります」


「え? 僕のバイク……? うーん、なんだろう?」


「仕方ないデスねぇ。バイクのエンジンはどういう機構で動力を車輪に伝えているデスか?」


「えっと、ガソリンを爆発させてピストンを上下に動かし、その運動をクランクで円運動に変えて、それをチェーンでタイヤを回転させる……?」


「そうデス。円運動デス」


 そして黒板から振り返る先生。その後ろにはエンジンの簡単な絵が描かれていた。


「基本的に人工筋肉は一方向の動きしか出来ないデス。伸び縮みデスね。弱点というのは例えばガソリンエンジンのような高速で回転する運動を作り出せないという事にあるんデス。いや、このエンジンのようにクランクなんかを使って円運動を作ることは出来なくもないんデスけど、収縮の応答速度の関係で早い運動を作りだせないんデス」


 そう言ってエンジンの隣に別の絵を描く。これは人工筋肉とクランク……だろうか。人工筋肉が縮むことでクランクを回す機構になっている。


「昔はこういう機構でエンジンみたいなのを作ろうと頑張ってた時期があるそうデス。しかし、彼らはどうしても一つの問題をクリアできず、結果として開発は失敗しました。それが筋肉の収縮速度デス。この絵の通り、クランクを回すためにはこの人工筋肉を収縮させればいいんデスが、ある一定の回転数までしか上昇しないんデスね、これが」


「それは人工筋肉の収縮がクランクの回転に追いつかないから……ですか?」


「まさにその通りデス。一応、生物ナマモノである人工筋肉はある速度以上に速く収縮出来なかったんデス。こう、自転車を早く漕ごうとしても人間の力じゃ限界があるのと同じデス」


「じてんしゃ……?」


「おっと、その例えは悪かったデスね。ヨハン、手をグーパーするデス。握って、開いて」


「ん、こうですか?」


 ヨハンは言われた通り、手を握ったり開いたりしている。


「それをどんどん速くしていくデス。するとどうなりますか?」


 物凄い速さでグーパーするヨハン。しかし、あまりにも力み過ぎてだんだんと手がプルプルしだした。


「…………! これっ、以上っ、速くっ、出来ません!」


「つまり、そこが筋肉の限界なんデス。ある程度の回転速度しか出せないので、例えば馬車の動力源だとかには使えなかったんデス。ただ、当時の研究によるとそれなりの速度で使う分には問題なかったので、一部ではその機構が使われているんデスよ。例えば小麦を引く石臼がそうデスね。水車も風車も必要ないのでよく使われているとの事デス」


「ああ、だから僕のバイクに理力エンジンを載せたんですね! あれはどういう理屈かわかんないけど、ガソリンエンジンみたいに高回転でシャフトを回せるからバイクが普通に走るのか!」


「どういう理屈って……あれは周囲の大気をフィンで吸入して……いや、この話はまた別の機会にしましょう。とにかく、人工筋肉では不可能だった機械的動力として理力エンジンは活用されていくのデス。この世界では石油がまだ発見されていないので、内燃機関は発達していません。蒸気機関は研究の真っ最中デスが、実用化するまえに私の理力エンジンが完成したのでもう時代遅れ確定デスね」


「完成って、あれ出力の調整が難しくて簡単には扱えないって話だったんじゃ……」


「その辺はもうすぐ解決するんデス! 大丈夫デス!」


 先生はバタバタと手を振って異議を唱える。が、いかんせん、先生の言うことなので微妙に怪しい。


「先生、話がズレて来てるっスよ。 あとセキユとか、なんとか機関って何スか?」


「全く、ユウも後で補習デスからね! ヨハン、内燃機関については後で教えてやるデス。……というわけで、人工筋肉の特徴について説明してきたデスが、何か分からない所はあるデスか? ほい、ユウ。発言を許すデス」


「えっと、理力甲冑の定義の一つに人工筋肉が使われるってのはどういう事なんですか?」


「おっと、そこはまだ説明してなかったデスね。理力甲冑が元々は魔物退治用に作られたってのはさっき説明しましたね? で、その巨体を動かすのに必要な動力として人工筋肉を最初期から使用しているデス。他にあんなデカイ物を動かすいい方法も無かったデスからね。だから現段階としては理力甲冑に人工筋肉を使う事は必要条件であるわけです。あと、人工筋肉を多用している理力甲冑を所持する事は貴族や王族の一種のステイタスでもあったんデスよ」


「ステイタス?」


「分かりやすく言えば、強い理力甲冑を沢山持っている貴族は財力や権力が強いって事デス。今はある程度の量産性を考慮しますが、昔は一点ものの機体が殆どでした。有力な貴族の家ごとに理力甲冑の設計士兼整備士である技師を雇って作らせたという話デス」


「それじゃあ、あんまり数が作れないんじゃ?」


「確かにそうなんデスが、基本的に領民を守るだけの戦力があれば十分でしたからね。数を揃える必要があったのは一部の王族くらいデス。なので、当時の理力甲冑はほぼワンオフモデルばかり、それを数代に渡って受け継いでいったデス。さらに言えば技術者同士の交流もなかったので技術が発展しなかったんデス」


「なんで技術者同士の交流が無かったんです? そういうのは良いものを作るために協力しあうんじゃ?」


「みんながみんな、ユウみたいなお人好しの考えじゃないんデス。貴族お抱えの理力甲冑技師は半ば幽閉生活を送ったと記録には残っているデス。何故なら、その技師は代々に渡って受け継がれてきた独自の技術を知り、その理力甲冑の特性も弱点も全て把握しているからデス」


「つまり、敵に弱点がバレるのを恐れてっスか」


「端的に言えばそうデス。あとは技術が流出して他の貴族が余計な力を持たないようにするのも理由の一つデスね」


「うーん、それで技師の人はいいんだろうか……」


「一応、給金や扱いは破格のものだったらしいデスよ。ま、そうでもしなきゃ他の待遇の良い貴族の所へ逃げるかもしれないデスからね」


「そんなもんかぁ」


「そんなもんデス。おっと、また話が逸れ出したデス。とにかく理力甲冑を作るにはお金と人員が沢山必要なんデスが、人工筋肉も沢山必要なんデスよ。今では原料となる魔物の養殖技術が確立されてコストが下がったんデスが、その当時は自分で捕まえてこなくちゃいけなかったんデス」


「えっ? 捕まえる?」


「原料のネマトーデ種は大抵森の奥深くか、湿地帯にいることが多いデス。で、そんな所には他の魔物がいるってのが相場デス。なので新しい機体を作るには、大量のネマトーデを捕獲するための大部隊を編成しなくちゃいけなかったみたいデスね。そんな事が出来るのは力ある貴族だけデス」


「もしかして、その辺りも貴族としてのステイタス……?」


「そういう事デス。そんな事もあり、人工筋肉を使うから理力甲冑なのか、理力甲冑だから人工筋肉を使うのか……卵が先か鶏が先か、みたいな話になりそうデスが、いつしか人工筋肉を使うのが理力甲冑の定義とされました。まぁ、今更他のアクチュエータなんて使ってられないっていうのも実情としてはあるんデスが」


「はぁ、よく分んないけど昔の貴族は大変なんスねぇ」


「っと、そろそろお昼の時間デスね。キリもいいし今日はこの辺にしとくデスか」


 先生はササッと黒板を消し始める。授業が終わりと聞いてヨハンの顔は途端に元気になった。


「よっしゃ、やっと終わった!」


「あぁ、久しぶりに授業なんて受けたからかなり疲れた……。そういえば先生、なんで僕達二人だけにこんな授業を?」


「んなもん簡単デス。オマエラが不出来でどうしようもないからデス……というのは半分冗談で、ほんとはクレアに操縦士の育成過程でやる座学を教えてくれって頼まれたデス」


「半分って……」


「あれ? 俺はその座学、受けた事ありますよ? 俺は受けなくても良かったんじゃ?」


「……クレアから聞いてるデスよ。ヨハンは優秀だけど、座学は寝たりサボったりしてギリギリで修了したって」


「う゛っ!」


「ユウのついでにヨハンも鍛え上げてやるデス! 今度の授業は三角関数と関節に掛かる負荷の話にしましょうか、それとも材料物性学から考察する装甲形状の最適化の話にしましょうか……!」


 なんだか小難しい単語を並べ、くっくっくっと不敵な笑みを浮かべだす先生。まるで水を得た魚のようだ。


「えっと、先生? 僕らは理力甲冑の設計士とかにはならないんですが……!?」


「そうっスよ! あんまり難しい話は寝ちゃいます!」


「ちょっとヨハンは黙ってて」


「うっス」


「ええい、うっさいうっさいデス! 一流は一流を知る、という言葉があるデス! オマエラも一流の操縦士になりたくば、理力甲冑の知識について一流である私レベルになるデス!」


「んな無茶苦茶な……」


「フッフッフッ……! 私の教育術にかかればその程度の洗脳……いや、学習は可能! 大人しく観念するデス!」


「今、洗脳って言いませんでした?」


「それは言葉のというやつデス。気にせずキリキリ勉学に勤しむデス! っと、そういえばヨハンの姿が見えませんが……」


 先生とユウが辺りを見ると、先程まで席に着いていたヨハンがいつの間にか居なくなっていた。


「逃げたな……あいつ」


「よっしゃ、ユウ! ヨハンを追いかけるデスよ! マンハント人狩りの時間デス!」


 先生はそう言うとあっという間に教室、もとい食堂から走り去ってしまった。それをため息をつきながら見送るユウ。


「先生ー! もう少ししたらご飯ですからねー! 遠くまでいっちゃダメですよー?!」


 そして机や黒板を片付けながらユウは昼食の献立を考える。


「頭を使うしな、魚料理にしようかな……サカナ、サカナ、サカナ~」


 どこかで聞いたことがあるフレーズを口ずさむ。なんだかんだで先生の授業は楽しかったユウであった。





 次の授業は一体いつになるのか。乞うご期待。







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