第26話 極光
第二十六話 極光
すっかり荒廃した大地をアルヴァリスが走る。月明かりが雪と機体に反射してキラキラと輝く。
焦る気持ちをユウはなんとか押さえる。少し前にクレアから緊急の無線が入り、トラブルが起きたとの報告を聞いた。あのクレアが焦って連絡をするくらいだ、スラスターの不調は深刻なのだろう。
相変わらず進路を倒木が邪魔をしている。なかなか思うように走れず、苛立ちを覚える。
「……ッ!」
前方に少し開けた場所が見えた。ユウはアルヴァリスの歩幅を広げ助走に入る。ある程度速度が乗ったところで地面に全重量を掛け、軸足の力を一気に解放させる。
あまりの衝撃に雪や土砂を辺りに撒き散らしながらアルヴァリスは月夜へと大きく飛翔した。緩やかな放物線を描き、次第に高度を落としていく。こういう時にレフィオーネのような推進装置が欲しいと思ってしまう。
機体の姿勢を制御しながら着地する。そのまま速度を殺さずに再び走りだし、再び跳躍する。
何度目かの跳躍の後、遠くに大きな人影が2つ見えた。エンシェントオーガだ。その前を半分くらい小さな青い影がヒラヒラと舞っている。
クレアのレフィオーネだ。
アルヴァリスは姿勢をさらに前傾にして力の限り走る。レフィオーネのあの様子では回避するのに精一杯だろう。一秒でも早く合流しなくては。
そう思った瞬間、レフィオーネがふわりと宙に浮き、手にした長銃を一体のエンシェントオーガに向けて発砲した。攻撃されたオーガは顔を押さえて悶えている。が、もう一体のオーガがレフィオーネのすぐ横にまで接近しているではないか。
ユウは直感的にアルヴァリスを跳ねさせた。
遠い。遠い。
届かない。もっと速く。
エンシェントオーガが左手を振りかぶる。レフィオーネは気づいていない。
そのままオーガは拳を振り抜き、レフィオーネは遥か向こうに吹き飛ばされてしまった。
「クレアーッ!!」
ユウは叫ぶと同時に夢中でアルヴァリスを水平に跳躍させた。空中で姿勢を変え、一直線にエンシェントオーガに飛び込んでいき、そのまま蹴り飛ばしてしまった。
「……ウ……あと…………わ……」
「クレア! 大丈夫?!」
しかし無線は沈黙したままだ。ユウは全身の血が逆流したような気がした。
不意の飛び蹴りにたたらを踏んでいるオーガに向かって飛び上がり、空中で剣を抜く。そしてその切っ先をエンシェントオーガの露出している分厚い胸板に突き立てた。
「ぐっ!」
しかし、剣は刀身の一割ほどしか突き刺さらない。オーガ種の筋肉は非常に密度が高く、そう簡単には攻撃が通らない。ならばとばかりに、ユウは剣を縦に振り上げる。オーガの軽装鎧を足場にもう一度跳躍させると、今度は顔面を切りつけた。
「これなら!」
顔に斜めの切り傷が入ったエンシェントオーガは低いうめき声を上げた。しかし、すぐにアルヴァリスを捕まえようと左手を伸ばしてくる。ユウはそれを器用に避けるように、顔面を蹴りつけて離脱した。
ダラダラと顔から流血させながら咆哮する。機体がビリビリと震えるが今は知ったこっちゃない。ユウはアルヴァリスの左手にライフルを持たせ、再び突撃する。今度はライフルで顔の周辺を掃射しながらなので、思わずエンシェントオーガは左腕で頭部を守りながらこん棒を手当たり次第に振るう。
エンシェントオーガの視界を一時的にふさいだユウはスライディングの要領で股下をくぐり抜ける。そして素早く立ち上がると同時に高く跳躍し、オーガの首筋を背後から切りつけた。またしても刃は深くまで届かなかったが、傷は確実に負わせている。アルヴァリスは落下する寸前にエンシェントオーガの後頭部を左腕に装着された盾の先で殴りつけた。
「まだだ!」
そのまま背後に着地したアルヴァリスは弾倉が空になったライフルを後方に投げ捨て、両手で剣を水平に持つ。そして左の膝裏へと剣を力の限り突き立てた。
ガツっと音がして剣は止まったが、アルヴァリスは自身の重量を乗せるように一歩を進める。エンシェントオーガは思わずその場に崩れそうになってしまい、ユウは機体を剣ごと左前方へと突き進めた。
何か固いものを切断したような鈍い衝撃が機体を振動させ、剣を押しとどめていた抵抗が無くなる。投げ出されるような格好になったアルヴァリスは前転しながら距離を取った。振り向くと左膝から大量の血を流し、地面に両手両膝をつくエンシェントオーガの姿があった。右手に持っていたはずのこん棒は近くに転がっている。
剣についた血のしずくがぼたりと落ちる。再度、構えたアルヴァリスは次にエンシェントオーガの右肘に剣を突き立てた。くぐもったうめき声が近くから聞こえるが、それがどうした。アルヴァリスは突き立てた剣をねじり込み、そのまま振り抜いた。もはや体を起こすこともままならないオーガは大地に突っ伏すしかない。
アルヴァリスはうつ伏せになっているオーガの背中に乗り、重量を乗せて勢いよく剣を突き立てる。しかし、先ほどと同じく深くは刺さらない。そのことに苛立ったのか、ユウは何度も剣を突きさすがあまり効果はない。
ふと視界の中に巨大なこん棒が映った。ユウは無言のままそれに近寄る。理力甲冑より遥かに大きいエンシェントオーガの振るうこん棒だ、生半可な大きさと重量ではない。そのこん棒の握りをアルヴァリスは両手で抱え、全身で持ち上げようとする。相当な重量だ、つま先が地面にめり込んでいくのが分かる。しかしユウはだからどうした、と心の中で叫ぶ。
徐々に巨大なこん棒は持ち上がり、しまいにはエンシェントオーガがするように天高く振り上げてしまった。膝や腰回りの人工筋肉と骨格が悲鳴を上げるかのように軋みだす。しかし、今のユウにはそんなことを気にする余裕はない。
「うおおぉぉっ!!」
怒りの気勢を上げたユウはこん棒を持ったままアルヴァリスを跳躍させる。踏み切った地面は凄まじい圧力に耐えられず深く陥没したかのようになってしまった。それでも普段に近いくらいの高さまで跳んだアルヴァリスは、落下速度とこん棒及び機体の重量を乗せた一撃を頭部に目掛けて振り下ろす。
小さく地面が揺れ、エンシェントオーガは絶命した。かつて頭部があった場所には自分のこん棒が代わりに地面へとめり込んでいる。
ユウは操縦席の中、肩で息をしてる。疲労はしていないはずだが、何故か息が荒くなっていた。そのまま、今しがた倒したエンシェントオーガの亡骸を前にただ立ち尽くしている。
「…………もう一体は?!」
ユウはエンシェントオーガが一体だけではないことを思い出した。怒りのあまり、目の前の敵しか見えなかったことに憤りを覚えるが、とにかく探さなくては。
その瞬間、ユウは背後から得体のしれない圧力のようなものを感じ、咄嗟に前方へと駆ける。
しかし間に合わなかったのか、ゴウッという風切り音と共にアルヴァリスは背面から大きな衝撃を受けてしまい、地面に突っ込んでしまう。
「うう……」
地面にぶつかった時にどこかで額を切ったらしく、ヌルリとした感触が顔を伝う。大丈夫だ、意識ははっきりしている。
むち打ちをしたように全身が痛むが、まだ十分動く。機体の方は……まだいけそうだ。
一瞬の判断で回避したことが功を奏し、背後からの一撃は芯を外れていたのだろう。いくらか損傷はしたようだが、戦闘に支障が出るほどではない。
痛む体を気遣う暇もなくユウは機体を立て直す。目の前には左目から血を流すエンシェントオーガが立っていた。
エンシェントオーガはアルヴァリスが立つのを待っていたかのように、攻撃を再開する。だらりと下げていた右腕に力を込め、こん棒を勢いよく振り上げた。それになんとか反応したユウは機体の左半身を前に向け、盾で受け止めようとする。
大きな音を辺りに響かせながら盾はその衝撃を吸収した。しかし、エンシェントオーガはそのままこん棒を振り上げようとさらに力を込める。
するとアルヴァリスはこん棒に引っかけられるようにして宙へと吹き飛ばされてしまった。ユウは慌てて空中で体勢を直そうとするが、上手くいかない。しかし、こん棒によるダメージこそ受けきったものの、この高さから落下するのは危険じゃないか?
腹の底に奇妙な浮遊感を覚えた頃は相当な落下速度がついてしまっていた。どうにか着地出来る姿勢にしなければ。
もがくようにして機体を立て直そうとしたユウは、エンシェントオーガの狙いが落下によるダメージではないことに気付く。いつの間にかオーガは機体の落下地点近くまで来ており、その両手はこん棒を握りしめていた。
ユウは無駄かな? と一瞬思ったが、一か八かにかけて盾を構える。
ユウは野球のトスバッティングをイメージした。もちろん、打者はエンシェントオーガで、ボールは自分だ。空中で移動する術を持たないアルヴァリスはただ、盾を構えるしかできない。
一際大きな音と衝撃を感じた後、体のあちこちに急激な加速度がかかる。何がどうなったか分からない。
一瞬、気を失っていたのかも知れない。おそらく、アルヴァリスはオーガのスイングで地面に叩きつけられたのだろう。機体は……まだバラバラにはなっていない。頑丈で良かった。
口の中が鉄の味でいっぱいになる。全身が軋むように痛い。頭もぶつけたのか、少しぼんやりする。
クレアを助けにきたはずなのに、このままじゃあ……。
もともと無理があったのかな……この作戦。
外の様子を映すディスプレイに大きな人影が見える。このままでは……。痛みをこらえて操縦桿へ右手をのばす。しかし、アルヴァリスは起き上がらない。
なんとか力を込めるが、どうにも上手くいかない。そうしている間にもオーガは近づいてくる。
ユウは操縦桿を必死に揺らすが事態は変わらない。エンシェントオーガがこん棒を振り上げる。
すると一発の銃声が響いた。一体誰が……?
どうやら銃撃は背後からだっらしく、オーガがその方向へと向きを変える。そこにいたのは……。
「まさか、クレア?!」
淡い水色の機体が片手で銃を構えていた。全身はボロボロで左腕は肩から無くなっている。腰のスラスターもいくつか脱落しているようだ。
「クレア! 無事だったのか?! 何してるんだ、早く逃げろ!」
かすれた声でとにかく叫ぶ。しかしレフィオーネは逃げようとせず、ぎこちない動きの片手で次弾を装填している。
このままじゃあクレアも……!
エンシェントオーガは狙いをレフィオーネに変えたらしく、ゆっくりと歩みを進める。
もう一度銃声がする。しかしオーガは怯む素振りすらしない。
動け動け! 動けよ! クレアを助けなくちゃ!
「動け!!」
弾切れだ。愛用の長銃は沈黙している。
クレアは全身の痛みと疲労で何も考えられない。分かっているのはユウを助けようと思ったこと。そして、自分が目の前のエンシェントオーガに殺されようとしていること。
軍に所属して理力甲冑なんてものに乗っているのだ、いつかはこういう時が来る。そう思って覚悟を決めていた。しかし、いざその時が来ると自分でも驚くほどにそれを受け入れていた。
ユウが今のうちに逃げてくれれば。
アルヴァリスはなんとか無事なようだが、あの様子ではユウは操縦出来ないだろう。それでも自分がやられているうちに機体を捨てて逃げれば生き延びられる可能性は高い。
エンシェントオーガが何度も振るい、辺りの森をただの荒れ地に変えた自慢のこん棒が持ち上げられる。今度こそ、おしまいか。
死が、振り下ろされる。
クレアはエンシェントオーガをじっと見据えていた。が、その巨体は突然よろめいてしまい、こん棒はレフィオーネのすぐ横の地面を穿つ。
何が起きたのか。クレアは混乱する頭でオーガを見る。すると、その背後から何かが光っていることに気がついた。月明かりでも、それが反射したものでもない。
銀色をした光の粒子が辺りに広がっていく。その中心には白い機体――――アルヴァリスが立っていた。光がうねり、流れる。その様子はまるで――――
全身から光の粒子が溢れだしている。機体の隙間から、間接部から、そして割れた装甲から覗く人工筋肉から。
この不思議な現象にエンシェントオーガも驚いているのか、ただ茫然と見ているだけだ。
アルヴァリスが両の拳を握り込むと、次の瞬間クレアは見失ってしまった。いや、光の粒子が続く先にいた。アルヴァリスはオーガの顔面を思い切り殴り付けていたのだ。
よほどの衝撃だったのか、オーガはたたらを踏んで後ろに下がる。しかしアルヴァリスの猛攻は終わらない。地面に着地したかと思うと、オーガの足を水面蹴りに払って尻餅をつかせた。そのまま、馬乗りになりさらに殴り付ける。エンシェントオーガとアルヴァリスでは相当の体格差があるはずなのに、その一撃は重く、みるみる間に顔面が変形していく。
たまらず、オーガは自分の胸に乗っているアルヴァリスを掴もうとする。しかし、アルヴァリスは掴まれる瞬間、片手でオーガの指をあらぬ方向へとねじ曲げてしまった。
あまりの激痛に全身を使って飛び起きるエンシェントオーガ。アルヴァリスは宙に投げだされてしまうも、体をひねり華麗に着地をする。
まるで睨み付けるかのようにオーガを見るアルヴァリス。それに恐怖してしまったのか、オーガは後ろへとたじろぐ。厳つく、怒りに満ちていたあの表情はもう無い。
再び光の粒子を残して白い機体は大地を駆ける。今度はオーガの腹部を何度も殴る。着込んでいる軽装鎧も打撃に負けてしまい、金属板は割れ、分厚い革は破れてしまう。
エンシェントオーガは反撃も出来ず、口から胃液のようなものがこぼれ落ちた。今の連打で相当のダメージを負ったのか、膝をついている。
しかし、有利に戦っているアルヴァリスといえど、徒手空拳では止めをさせないようだ。それほどエンシェントオーガの体は大きく頑丈なのだ。
そのことを分かっているのかアルヴァリスは膝をついているオーガの横へと歩いていき、その腰に下げられているものを両手で掴んだ。
それはエンシェントオーガが使う細身のナイフで、主に工作や仕留めた魔物の解体に使われるものだった。しかしいくらナイフとはいえ、理力甲冑からすれば大振りな剣となる。それを鞘から引き抜き、両の手で構える。
虚ろな目でアルヴァリスを見るエンシェントオーガ。
輝く粒子の中、一際光る目でエンシェントオーガを見るアルヴァリス。
それは一瞬だったのか、それとも長い間だったのか。
次にアルヴァリスが動いた瞬間、光の粒子の中でエンシェントオーガの首が音もなく落ちた。
クレアはいつの間にか気を失っていたようで、目が覚めた時は簡易ベッドの上だった。辺りには連合軍の制服や白衣を着た者が忙しなく動いている。ここはテントの中のようだが……。
「あっ、姐さん! 気がついたんスね!」
声の方を見ると、そこにはヨハンがいた。
「ヨハン……? ここは……」
「ここは村の近くっス。到着した軍の部隊が展開してるところっス」
そうか、ようやく部隊と合流できたのか。
「ユウはっ?! ユウはどこにいるの?!」
急に起き上がろうとしたが体のあちこちに激痛が走り、思わずうめき声が漏れてしまう。
「ああ! 急に動いちゃダメっスよ。医者から安静にしろって言われてるんだから。それにユウさんはそっちのベッドに」
クレアは痛む体にむち打ちながら反対のベッドを見る。その上にはユウが眠っていた。
「ユウ! ユウは大丈夫なの? 怪我は?!」
「ちょっとちょっと! 落ち着いて下さい! ユウさんは大丈夫です! 眠っているだけっス! むしろ、姐さんの方が重症なんスよ!」
ユウの無事を聞くと一気に疲労感が増した。なんとか一安心というところか。
「いやぁ、それにしてもユウさん凄いっスね! あのエンシェントオーガを倒しちゃうなんて! それも二体!」
そういえばクレアの記憶にある、銀色に輝くアルヴァリスがエンシェントオーガを倒す光景。
「夢じゃなかったのね……」
「ん? どうしました?」
「なんでもないわ……疲れたからもう少し寝かせて」
「了解っス。あとはこっちに任せてください!」
クレアは目を閉じるとすぐに寝息をたて始めた。よほど疲れていたのだろう。そういうヨハンも疲労で少しフラフラだ。
エンシェントオーガの亡骸や荒らされた森の後始末などは援軍に任せよう。そう思い、ヨハンは椅子に腰かけたまま眠り始めてしまった。
激戦の跡地。そこには二体のエンシェントオーガの亡骸とアルヴァリス、レフィオーネの機体が横たわっていた。その回りでは多くの軍人が損傷した機体を回収する準備を始めている。あちこちに散らばった装甲片や部品を拾うのに大変そうだ。
巨人の亡骸のすぐそばで先生が大声で何かを叫んでいた。しかし他の軍人とは異なる軍服を着た男性は信じられないといった風にもう一度質問する。
「先生殿、もう一度聞きます。このオーガ種、エンシェントオーガをどうやって倒したのですか?」
「だ~か~ら~! 何度も言ってるデス! ウチのユウが!
この男性は連合でもそれなりに地位のある人物らしい。今はエンシェントオーガ討伐部隊をまとめる立場にあるとのことだが、肝心のオーガはとっくにユウが倒していた。そのため、事の詳細を調べているところだ。
しかし先生の説明がどうにも信じられないようで、こうして押し問答を繰り返しているのである。
(まあ、そういう私もにわかには信じられないデスけどね)
それもそうだ。いくらアルヴァリスが同世代の理力甲冑よりも遥かに上回る性能を持っていても、あくまでもそれは理力甲冑の範囲内だ。想定する敵もこんなエンシェントオーガのような化け物ではない。
しかし、現実にはアルヴァリスが、ユウがこの恐るべき魔物を倒してしまったことは事実である。詳しいことは後でユウとクレアに聞かなければならないが、無線などからおおよその状況は把握している。
それにしても……と、先生はオーガの亡骸を見る。この大きさ、この体格。やはりまともに殴りあって勝てるはずが無い。ゴリラと人間の子供がケンカするようなものだ。圧倒的な質量差と筋力の前にはいかに理力甲冑といえども無力な存在といえる。
しかし、事実は事実。ユウはその無理を蹴っ飛ばしてしまった。技術者としてはそれを受け入れるしかない。
「ふう、先生殿。あなたも分かっているのでしょう? これはオーガ同士の
「なっ?!」
先生は驚きながらも、そういう事にするつもりか、と勘ぐってしまう。確かに二体のオーガは普通の死に方ではない。一体は彼らの巨大なこん棒で頭を潰され、もう片方は首を切断されている。とてもじゃないが、理力甲冑に出来る芸当ではないことは確かだ。
「いや、死因だけを見ればそうかもしれないデスけど、まさかこいつらが頭を潰されながら相手の首を落としたっていうんデスか!?」
「それは知りませんよ。しかし、彼らも伝説に名を連ねる魔物だ。我々の想定を越える生命力を持っていても不思議ではないでしょう? 現に、60時間にも渡ってあなた達と戦闘を続けたというじゃありませんか」
先生は反論出来なかった。いや、しようとしなかった。
(多分、ここで無理に反論してもユウの為にはならないかもしれないデスね……)
ユウは別の世界からこの
それも無理からぬ事はない。突然、得体の知れない人間がやって来て、それが他の操縦士よりも戦果を上げるというのだ。これまで必死に戦ってきた者や訓練してきた者にとっては面白いはずもない。
「あーあー! 分かりましたよ! そうデス! そうデスよ! お前の言う通り、きっとこのオーガ同士がケンカでもしたんでしょうね!」
「ようやくお分かりになられましたか。それでは後処理に入りましょう……しかし、この巨体……どうしましょうかね」
たしかのこんな大きな物体を運ぶ術は大陸中を探してもそうそう無い。辺りの木材を利用して巨大な荷車でも作り上げるか?
「いや、もうどうせならここで解体すればいいんじゃないデスか?」
以前も、巨大なオニムカデを退治したあと、それを運搬する方法は無かった。なので解体や武具に加工する為にその場へ簡易的な工房を建設したという。
「しかし……」
「しかしもお菓子もねーデス! こんな貴重な魔物、死骸とはいえ色んな研究に使えるデスよ。腐らないうちにさっさと工房作った方がいいデス!」
これには先生の言う事に理があるので渋々といった様子だが了承したようだ。
「連合にも魔物に詳しい学者かなんかいるはずデス、さっさとそいつら呼んでやったらどうデス? きっと泣いて喜びますよ」
そう言い残して先生は近くの軍人にホワイトスワンへ戻るための馬を催促した。
全身が痛い。まるで筋肉痛になったみたいだ。
目が覚めたユウはそんな事を思い、次に自分が見知らぬテントの中でベッドの上にいることに気付いた。辺りを見渡すと何人かの軍人らしき人物が作業をしているようだ。テントの外はすっかり明るい。もう昼を過ぎているかもしれない。
体は痛むが、全く動けないほどではない。少しずつ体を起こすと、すぐ横のベッドにクレアが眠っており、その向こうにはヨハンが椅子に座りながら寝ているのが分かった。
「みんな無事だったのか……」
静かに寝息を立てているクレアを見て、ユウの疲れ切った身体と心は安堵に包まれる。頭や腕に包帯が巻かれているが、そう大きな怪我は負っていないようだ。
「おっ、目が覚めたデスか。ユウ」
テントの入り口に先生が立っていた。ずっと寝ていないのか、目の下には立派なクマが出来ており、髪もボサボサだ。
「あ、おはようございます、先生」
「もうとっくにお昼回っているデス。それより、体の方は大丈夫デスか? 医者は頭を打っているようだからしばらくは様子を見るって言ってましたけど」
手を頭にやると、自分にも包帯が巻かれていた。しかし、特に問題はなさそうだ。
「そうですね、気分も悪くないし、特に大丈夫そうです。あっ、それよりクレアは?!」
「クレアも大丈夫デス。全身を強く打っているけど、どこも骨折はしていないし、二~三日休めば普通に過ごせるそうデス。ユウもしばらくはゆっくり休んでいるといいデスよ。あとは遅れてやってきた騎兵隊達に任せるデス」
どこかトゲを感じる言い方だが、何かあったのだろうか。とりあえずお腹が空いた。何か食べるものを貰ってこよう。
ベッドから降り、少しふらつくが何とか立ち上がる。
「ユウ、無理しちゃ駄目デスよ!」
「これくらい平気ですって。ちょっと食べ物貰ってきます」
そう言ってユウは歩き出そうとすると、横のベッドからもぞもぞと音がした。
「ん……ユウ?」
目を覚ましたクレアが起き上がりこちらを見ている。
「クレア!」
ユウは急いでクレアの方に向きを変えようとしたが、足がもつれてしまった。そのまま、クレアの方に倒れてしまう。
「いてて……」
「ちょっと、大丈夫? ユウ?」
ユウはクレアに抱きかかえられるように受け止められてしまった。
「良かった、クレアが無事で」
「ユウのおかげよ。助かったわ」
ユウは思わず涙ぐみそうになるが、なんとか悟らせないように下を向く。
「ちょっと! 病み上がりなのにイチャついてる場合デスか! 二人とも離れるデス!」
突然先生がユウとクレアの間に割って入る。
「痛い、痛いですよ先生!」
「いいからユウはとっとと何か食べてくるデス! クレアもいいから寝てろデス!」
三人が騒がしくしている所にテントへボルツがやってきた。何か書類を持って先生を探していたようだ。
「先生、ここにいたんですか。って、なにやってるんです?」
「ボルツ君、いいところに来たデス! この二人を引きはがすのを手伝ってください!」
ボルツは呆れたようにため息をつく。
「ま、皆さん大きな怪我もなく、こうして暴れられる程度には元気ですね。よかったよかった。じゃあ、先生、あとでこっちに来てくださいね」
そう言い残してボルツはテントを出ていく。
「ちょっと! ボルツ君! どこ行くデスか!」
「ボルツさん、助けて!」
ユウと先生は去り行くボルツに助けを請うが、願いは聞き届けられなかった。それにしても、この騒ぎでもヨハンはまだ寝ている。
クレアはボルツが言ったように、みんな無事だったことを改めて実感する。本当に良かった。
「アンタ達! いい加減、人の上で騒がないでちょうだい!」
クレアは大きな声で二人を叱ったが、その顔は安堵に満ちていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます