第8話 春日野神社 Ⅱ
桐生の後についていく、雪彦とアリスは社務所の奥へと進む。木造の建物は年季が入っていて、廊下で一歩進む度に板のきしむ音が鳴る。
しかし、ただ古いと言うわけではないのだろう。神社と呼ばれる建物の特性なのか、或いは細やかな手入れが行き届いているのか。きしむ音にさえ一種の趣が感じられる。
廊下を進み畳敷きの客間に入ると、これも年季の入った木製の丸テーブルが部屋の中央を占めていた。お茶菓子は桐生の趣味なのだろう、この神社に不釣り合いなチョコレートやビスケットが用意されている。
「で、どっち?」
二人の前に日本茶を並べ終える前に桐生は早速、話を切り出した。
「どういう意味かしら?」
「だから、怪我をしたのはどっちかってこと。やっぱり相良君?」
「どうしてそう思うの?」
「じゃないと、アリスちゃんが人を連れては来ないでしょ?」
まさにその通りで、テンションの高さから何となく幼さを感じさせる彼女だが、しっかり見る所は見ているらしい。
「それもそうね」
「じゃあ、相良君も魔術師でしたってことで良いのかな?」
矢継ぎ早に核心へと切り込む。雪彦はどう答えて良いか分からず、ついアリスに伺う様な視線を向ける。
「雪彦くん、彼女はこちら側の人間だから、ある程度は話しても大丈夫」
そのある程度、というのが雪彦には何とも難しいのだが……話してはいけないラインがあるのなら、アリスが制してくれるのだろうと理解した。
「うん、魔術師……と言っても最近になっての話なんだけど。初心者っていうか、見習いっていうか」
「え、ちょっと待って!!」
突然、桐生が声を上げた。
「雪彦くん!?」
「はい??」
「いまアリスちゃん、雪彦くんって言ったよね!」
「へ、へ??」
「相良君はアリスちゃんを何て呼んでるの??」
「え、あ、アリスさん……?」
「マジか! え~ちょっと意外~まさかそんな話だったなんて~」
「??」
雪彦は桐生のテンポについていけない。一体何のことを話しているのか。
「で、どうなの? どこまで行ったの?」
「へ? は??」
「だから~二人はそういう関け……」
桐生の言葉が唐突に止まる。何か禍々しい気配を感じた雪彦が横に目を向けると、アリスの瞳には不穏な色が湛えられていた。
「ご、ごめんごめん。つい興が乗ったといいますか……ちゃんと話聞くから! ごめんなさい!」
「話を続けてもいいかしら」
「どうぞ、どうぞ! しっかり聞いておりますので!」
居住まいを正して傾聴の姿勢をとる桐生。
アリスはそんな姿にため息を一つついてから、これまでの顛末を簡潔に伝えた。
雪彦が魔術師であること。そしてアリスに彼を護る役目があること等。とはいえ大体の流れのみで、事の詳細はボカシたようだが。
「なるほどね~そんな話もあるんだねぇ」
しみじみと感心する桐生。
「じゃ、早速だけど見せて貰おっか! さ〜相良君、脱いで、脱いで!」
雪彦もこのテンションに少し疲れを感じてきたのだが、抵抗しても仕方あるまい。女の子の前であることに多少の気恥ずかしさはあるが、素直に上半身をあらわにする。
「ふむ、ふむ……」
真剣な眼差しで桐生は雪彦の傷を確認した。
右肩は傷こそ塞がっているものの、火傷のようにただれた状態。桐生が指で傷を押すとグッと雪彦から呻き声が漏れた。
「アリスちゃん、これ、結構痛いよ」
唐突に、それまでと少し異なった口調で桐生は告げた。それはどこかアリスを非難する様な響き。
「そうね。私の落ち度だわ」
「でも! これ位なら私だけで十分ね!」
一転して元のテンションで言い切る。
「これに呪いやら毒やら込められてたら手こずるかも知れないけど、これなら大丈夫!」
「え、本当?」
「もっちろん!」
雪彦はつい驚きと疑問の混じった声を上げたが、桐生は意にも介さずバンっと自身の胸を叩いた。
「じゃあ、サッソク始めちゃいましょー!!」
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