第34話 仕事って、しないとダメなの?
〈登場人物〉
サヤカ……小学5年生の女の子。
ウサ……サヤカが3歳の誕生日にもらった人語を解するヌイグルミ。
サヤカ「ウサ、大人になったら、誰でも働かなくちゃいけないの? 働かないでいたら、ダメなの?」
ウサ「よくそういう風に言われているよね。そのために、将来どんな仕事につきたいか、子どもの頃からよく考えておこうっていうこともね」
サヤカ「どうして働かなくちゃいけないんだろう。お金を稼ぐためっていうことは分かるんだけど、だったら、十分にお金がある人は働かなくてもいいことになるよね。もしそうならさ、『十分にお金がある人は働かなくてもいいけど、十分にお金がない人は働かなくちゃいけない』って言うのが、正しいんじゃないの?」
ウサ「仕事はね、個人のためっていう側面と、社会のためっていう側面があるのよ」
サヤカ「個人のためと社会のため?」
ウサ「そう。仕事っていうのは、仕事をしているその人にとっては生活費を稼ぐためにするものかもしれないけど、社会にとっては社会全体がうまく回るために必要なものなの。十分にお金があって生活費を稼ぐ必要が無い人にも、社会にとっては、仕事をしてもらった方がいいということになるのね」
サヤカ「じゃあさ、もしも、ある人が十分にお金があって生活費を稼ぐ必要がなくて、社会全体もうまく回っていたら、仕事をしなくてもいいことになるの?」
ウサ「そうなるね」
サヤカ「そしたら、やっぱりさ、大人になったら『誰でも』働かなくちゃいけないっていう言い方はおかしいと思う」
ウサ「仕事っていうのは、個人が生活して、社会がうまく機能するために大事なものだったわけだけど、それを越えて、仕事そのものが大事なんだって考えられるようになっちゃったのね。だから、『誰でも』働かなくちゃいけないっていうことになっているのよ。ところで、サヤカちゃんは、『アリとキリギリス』っていう、童話を知ってる?」
サヤカ「うん。一生懸命コツコツ働くアリと、遊んでばかりいるキリギリスの話でしょ。働いていたアリは冬を越せるけど、遊んでばかりいたキリギリスは冬を越せないの」
ウサ「あの童話は、仕事をすることの大切さを表していると考えられるよね。でもね、ふふっ、実は、働きアリってね、その2割がサボッているっていう話があるのよ」
サヤカ「えっ、どういうこと?」
ウサ「働きアリって、みんなが働いているように見えるよね。でも、そのうちの2割は全く働いていないっていう研究結果があるの」
サヤカ「そうなの!?」
ウサ「うん。そういうアリは、一日中、特に役に立つこともしないで、まるで童話のキリギリスみたいに、遊んで暮らしているらしいよ」
サヤカ「どうして、そんなアリがいるんだろう。だって、そのアリたちも働いた方が、効率がいいはずでしょ?」
ウサ「研究によるとね、そういうアリっていうのは、補充要員としているんだって。働いているアリが何かのときに働けなくなった場合にその代わりとなるためにいるということらしいわ」
サヤカ「……そうなんだ。じゃあさ、ウサ。アリの社会でもそうなら、人間でもそうしたっていいんじゃないの? やっぱり、『誰でも』働かなくちゃいけないっていうのはおかしいことにならない?」
ウサ「アリの社会の話を人間の社会にも適用できるとしたら、そうなるね。むしろ、何割かの人たちは働いちゃいけないってことになるかもしれないね。でも、仕事にはね、個人から見ると、また別の面もあるのよ」
サヤカ「別の面?」
ウサ「うん。仕事っていうのは、その人にとっては、生活費を稼ぐためのものだけじゃないのね。その人の可能性を広げてくれたり、楽しいことだったりするの。ある仕事をすることで成長することができたり、その仕事をすること自体が面白くてたまらないことだったりっていうことね」
サヤカ「仕事って、なんとなく嫌なイメージがあったけど、そういう面もあるんだ」
ウサ「ただね、仕事のこういう面だけを取り出して、『仕事は素晴らしい』っていう言い方には気をつけてね。それはね、みんなをアリにしようとする言い方だから。キリギリスの中にはね、冬を越せなくたって満足して死んだキリギリスだっていたんじゃないかな」
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