第16話 心って、どこにあるの? 4

〈登場人物〉

サヤカ……小学5年生の女の子。

ウサ……サヤカが3歳の誕生日にもらった人語を解するヌイグルミ。



サヤカ「ねえ、ウサ。今日、学校で、脳の中に扁桃体っていう部分があって、そこは怖がる気持ちを担当していて、そこが壊れると怖がる気持ちが消えるって習ったんだ。これって、やっぱり、心が脳の中にあるっていうことだよね?」


ウサ「扁桃体が壊れると怖がる気持ちが消えるっていうのは、どういう風にして確かめるのかな」


サヤカ「うーん……なんかそういう実験をしてみてじゃないのかな。人間の扁桃体を壊しちゃったら、人体実験になっちゃうからダメだと思うけど……」


ウサ「そういう実験の方法の話じゃなくてね、扁桃体じゃなくても、どこが壊れた場合でもいいんだけど、怖がる気持ちが消えたっていうのは、どういう風にして確かめられるんだろう」


サヤカ「えっ、どういうこと?」


ウサ「たとえばね、ある科学者がある人の扁桃体を壊しちゃうとするよね。そのとき、本当にその人の中から何かを怖いと思う気持ちが消えたかどうかっていうのは、どういう風にして確かめるのかなあって」


サヤカ「……それは、その人を怖がらせてみるんじゃないかなあ。たとえば、お化け屋敷に入らせるとかさ」


ウサ「そうだね。普通、他の人が怖がりそうなことをしてみても、その人が怖がる様子を見せなかったら、怖がる気持ちがなくなったって言ってもよさそうだね」


サヤカ「うん」


ウサ「でも、そうすると、怖がる気持ちそれ自体があるかどうかは分からないことになるけど、いいのかな」


サヤカ「どういうこと?」


ウサ「普通怖がりそうなことをしてみてもその人が怖がる様子を見せなかったら怖がる気持ちがなくなったって言っていいとしたら、怖がる気持ちっていうのは、そういう怖がりそうな状況で怖がる様子を見せるかどうかっていうことによることになるよね? お化け屋敷に入っても怖がる様子を見せなかったら、その人には怖がる気持ちは無いことになって、逆に怖がる様子を見せたら、怖がる気持ちがあることになる」


サヤカ「う、うん」


ウサ「でも、そうすると、怖がる気持ちがあるかどうかっていうのは、怖がらせてみないと分からないわけだから、怖がる気持ちそれ自体があるかどうかは分からないことにならないかな。だとしたら、そもそも、扁桃体が壊れると、怖がる気持ちが無くなるって言うのは、何を言っていることになるんだろう」


サヤカ「ええっと……だから、扁桃体が壊れると、人は、普通他の人が怖がるような状況で、怖がっている様子を見せないようになるっていうことなんじゃない?」


ウサ「怖がっている様子を見せないってことは、そのまま怖がる気持ちが無いって言ってもいいの?」


サヤカ「うーん……それは……心の中で怖がっていても、怖がっている様子を見せないようにすることはできるわけだから……」


ウサ「そうすると、本当にその人の中から怖がる気持ちが無くなっているかどうかっていうのは、分からないことにならないかな」


サヤカ「…………あっ! その人自身にきいてみたらいいんじゃないの? 扁桃体が壊れる前と後で、怖がる気持ちが無くなったかどうか」


ウサ「聞いてみたとしても、それが本当かどうかどうやって確かめるの?」


サヤカ「それは、怖がらせてみて……あっ……それじゃあ、結局同じことになっちゃう……」


ウサ「扁桃体が壊れたことで、普通怖がりそうな状況で怖がらなくなったとしても、それで、怖がる気持ちそれ自体が本当に無くなったのかどうか、それは分からないことよ」


サヤカ「うーん……そしたら、怖がる気持ちそれ自体っていう考え方がおかしいのかなあ……もともと、そんなもの無いのかな。でも、そうすると、扁桃体が怖がる気持ちを担当しているっていうのは、どういうことになるんだろう……?」

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