37.顔
黒髪は光が射すと茶色を帯びて透け
薄い眉のした
切れ長の眼をし端正な鼻がすっと下りている
唇は見るものを和ませる微笑をうっすら称えて
頬からあごへ推移する輪郭は
作り物のような流線をえがいている
やわらかなガラスかと見紛う肌は色浅く
知性を擬人化すればこうだろうという造形をしている
そうした小さな頭を
すらりと長い首が持ち上げている
ため息をもらしてしまうほどの顔をもつ彼の
半生はまったくその顔によって翻弄された
かすかに持ち上がった口角は
たしかに微笑にちがいなかったがそれも生来のもので
ほほ笑んでいるのではすこしもなかった
彼がおくる一瞥には品のある艶があったが
そんな性質を自己の相貌が備えているとは露知らず
幼少のころより随分モテた
親戚や知人連中が器量を持て囃すたび
満足げな父母をよそに
居心地のわるい思いだったという
彼に恋心を打ち明ける者は
ひとりやふたりではなかったが
そのくせ彼が恋心を抱いた相手は
そうした連中のうちになく
不釣り合いな容姿の自分を蔑んで
彼を振るばかりだった
また学生のころは教師連中にも人気があった彼だが
どこか達観したふうの微笑を感じた者などを
理にそわない怒りに駆り立てたのも一度や二度ではなかった
しだいに
人との交流を疎んじるようになった彼と会ったのは
診察室のなかでだった
気は沈んでいてもその唇はやはり微笑を称えていた
艶のある眼差しはうつむき加減であったが
それはむしろ彼に妖しげな魅力を捧げた
アングルの描く女性のようだと
すっかり惚れ惚れしたが
診察していくうち
後ろめたく思うようになっていった
それかといってその涼しく美麗な顔を
美しいと思わないことは困難で
いつか苦悩は彼だけでなく
私にまでふりかかってきていた
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