18.多重歩行

こうしてまた二重になっていくのだね

その囁きにふるえた耳にくちづけて

また二重になっていくのだねと

くりかえす左右の脚だった


鳴っているのは丘の上の小学校

その音に運動会と名付けてしまえる心には

そう小学生の私もそこで走っている

丘の下からでは見えない校庭の

土煙や火薬のにおいだって思い出せるよ

テントの下で石灰のダマなんか見ていた

それなのに

もうそこに縛られないで

その私をよその子みたいにあの

丘の上に夢想している私がひとり

ここに歩いていて

また二重になっていくのだねとくちづけて

囁きかけてくる風に耳 澄ましてて


畑のすみのバスタブは

いまはどこにあるのかと

まだ馴染みきれないでいる家を横切り

週に六日あいさつした

おはようばあさんの影もきっと追っていた


こうして二重に歩いていくのだね

このさきも

そのさきも

ずっと歩いていくのだよ

風は十年前も二十年前と同じに吹いて

今日までにまで持ち越して

ずっと吹いているからさ

こうしてどんどん重ねていくのだね


凧糸みたいな心がさ

しんしん鳴いているからさ

器を溢れさせまいとあげた顔だから

にじんだ空が刷毛で擦ったような青さでいて

そこにも風があるのだな

そこにも風があるのだな

そこにも風があるのだな

二十年前も十年前と変わらない今日までにまで

変わらない風があるのだな


丘の上の応援合戦にひとえふたえと坂や山襞をかぶせていった

潮の香がする海潮音がする

そうそう音たつ防風林もずいぶんくたびれた

その陰の一処に腰をおろし

この おしりをやわらかく刺す

浜のまるい石も二重にも三重にも刺していて

私のおしりは二重にも三重にも痛かった

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