第6話

「えー、本日で、岡永くんはここのアシスタントを辞めることになりました」

 梶木先生がそう言うと、俺と蜂須くんと大谷くんの三人はぱちぱちと疎らな拍手をした。

 話の中心である岡永くんは、何やら恥ずかしげにもじもじしている。

「皆さんもご存じかと思いますが、岡永くんは少年漫画雑誌『週刊ステップ』に連載が決まっています。週刊誌での連載を片手間でやるのは難しいので、辞めることになりました」

 梶木先生がすべて説明している間も、岡永くんは始終俯いて無言だった。

 少年漫画雑誌『週刊ステップ』に岡永くんの連載が決まるまでは、息つく暇もないほどあっという間だった。まず持ち込みが編集者の目に止まって読み切りとして載った。それが高評価だったので、もう一つ読み切りを載せてみれば、また高評価。その次も読者からは高評価だったため、編集は岡永くんに連載を持たせることを決めたのだった。

「岡永くん、ほんとにおめでとう」梶木先生が朗らかな笑顔を浮かべて言った。蜂須くんも満面の笑みで「おめでとう」。大谷くんはぶっきらぼうに「おめでとう」。俺は――。

 俺は、少し目を伏せてどもりながら「おめでとう」と言った。

 もっと自然体に言いたかったのだが、変にドギマギしてしまった。

 岡永くんは、一瞬ちらりと睨むような目で俺を見たような気がした。

「それでですね、皆さん。僕の方から提案なんですけど――」

 蜂須くんが急に手を上げて立ち上がった。

「今夜、岡永さんの送別会やりませんか? 一緒に飲む機会もそんなになかったですし」

 蜂須くんの提案に、「おぉ、いいね」と真っ先に同意したのは梶木先生だった。

「俺は、別にいいけど」と大谷くんは渋々といった感じの反応を示す。

 当事者の岡永くんは「はぁ」と気の抜けた返事をした。とりあえず同意のようだ。

 そして返事をしていないのは俺だけになって、その場にいた全員の目が俺に向けられた。

 どの目も「あんたはどうするんだ?」と訊ねてきていたが、岡永くんの目だけは、どうも俺を見下すような、嘲笑するような冷たい光が宿っている気がして、密かに膝が震えた。

 初めは断ろうと思った。正直岡永くんと早く別れたかった。

 この前はあんなことを偉そうに言っていたのに、蓋を開けてみれば世間からは高評価で、連載まで持って、俺なんかとっくに追い抜かれて――。そんな相手と酒を飲んでも気まずくて堪らないと思ったから。

でも結局、「い、いいですね」と場の空気と流れに飲まれて同意してしまった。

 心なしか、岡永くんの視線の冷たさがいっそ濃くなったような気がした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る