第43話 刹那の幻像
真横一文字に振るわれた【廃れ神】の刀、その切っ先が、
そして、その光景をほんの数歩離れた場所から、他人事のように眺めているのもまた……
不意に鳴り響く、甲高い金属音。生身の人間を斬って出る音とは、明らかに異質な反響。
鎧武者の
そしてか細い少女の
必殺の斬撃はその、人の胴回りほどの太さの部分によって受け止められていたのだ。
「そこの道に生えてたヤツを拝借してきたぜ……この太さの鉄柱、流石に一刀両断とはいかなかったみてーだな」
柱を捧げ持っているのは、愛音。彼女の役目、それは【廃れ神】の一撃を凌げるような得物を調達する事。
そして、わたしの役目はそれまでの時間稼ぎと……奴の斬撃を、そこに誘導する事だった。
「もういいわ、雷華……【天狐】の幻術、神の眼をもってしても見破れなかったようね」
了、と短く応じる思念と共に、わたしの獣身通が解除された。役目を終えた狐のような耳と尻尾が、霊力の
獣身通とは、
霊獣・鵺の一部である以上、当然ただの狐では無い。伝承に語られる魔性の獣――――人を惑わす幻、それを操る
その能力は……幻術。それもただの幻ではない。五感の全てを
幻と呼ぶにはあまりに真に迫った、限りなく現実に近い虚構の光景。それを生み出すのが、天狐の力。
およそ看破不可能な、無敵の幻術……それ故に、この術の行使には数多くの制約が伴う。多大な霊力の消費はもとより、一度の獣身通で使えるのは一度きり。再使用が可能になるまでの時間も長い。
それでいて術の対象となるのは、発動時に術者の眼を見た者たった一人だけであり、持続時間に至ってはわずか一秒程度に過ぎない。
数ある獣身通の中でも、最も強力でありながら……使いどころの難しい術。それが、獣身通・天狐なのだ。
「――――わたしが獣身通を使う掛け声が聞こえたら、愛音はわたしと位置を交換。持って来た得物であいつの刀を受け止めるのよ」
先刻、三人で行った作戦会議の中。わたしは愛音と灯夜にこの術の存在を明かし、それを軸とした作戦を提案した。
愛音は、術者としての実力は確かだが……
即断即決できるのは利点でもあるが、それも状況次第。あの【廃れ神】が突撃して片が付く相手でない事は、愛音自身骨身に染みて分かっているはず。
そして灯夜は……圧倒的に経験不足だ。性格的に頭を使うのは得意そうだが、有効な策を練るために必要な材料が足りていない。
将来的にはともかく、今現在は当てにできないだろう。
つまり、この場で有効な策をひねり出すのはわたしの役目という事だ。
「お、おう……すげえ術なのは分かったけどよ、それが掛かってるかどうかって、オレ達には分かんねーんだろ?」
「そうだよ! 相手は神さまなんだし、もし効かなかったら……」
二人の不安も分からないでもない。今の今まで見た事も聞いた事もない術に、自分達の命運を預けようというのだから。
「ならあなた達、神に通じそうな術を他に知ってる? 対案が無い以上、これでいくしかないでしょう」
しかし、事は一刻を争う。ぶっつけ本番でも何でも、賭けてみるしかない。
――――結局、二人はわたしの策に乗る事になった。幻術を用いて【廃れ神】の本体である刀の動きを止め、叩き折る。
これが現時点で……最も成功率の高い作戦。あの恐るべき敵を打倒できる、唯一の方法なのだ。
「で、でも……もし上手くいかなかったら、どうしよう?」
「灯夜……あなたねえ、そうやっていつまでもうじうじ考えている時間はもう無いのよ! こうと決めたらやるしかないの!」
灯夜の役目は、風を操って土煙を巻き上げ、【廃れ神】を幻惑する事。地味だが重要な役どころだ。
わたし達の……特に愛音の動きを知られてしまったら、敵にこちらの策を気取られてしまう危険があるのだから。
「それぞれが自分の役目を果たせば、この作戦はうまくいくはずよ。成功して【廃れ神】を倒せればそれでよし。仮に、失敗したとしても……」
この作戦が……失敗に終わった時。その時の対応も、彼には伝えてある。
「あなたが残れば、まだ希望はあるわ……まあ、上手くいくに越したことはないのだけれど」
――――そして、わたし達の作戦はついに大詰めを迎えている。【廃れ神】の刀は太い鉄柱にがっちりと食い込み、その動きを止めた。
神速の刃も、こうなっては只の薄い鉄板でしかない。
――――これが最初で最後、千載一遇の
「今だイツキぃ! やっちまえー!!」
長大な鉄柱で刀を押さえ込みながら、愛音が叫ぶ。
「分かって――――」
わたしはその柱の影から飛び出し、振り上げた手刀を無防備な刀の腹に……
「いるわっ!!」
真っすぐ、振り下ろす。
位置、速度、タイミング。全てが完璧にかみあった一撃――――だからわたしは、それが刀の淵をわずかに掠めるだけに留まったのが不思議でならなかった。
……理由はすぐに分かった。動かないはずの刀が、動いていたからだ。完全に勢いを殺された状態から、今もじりじりと鉄柱の中心へ切り込んでいる!
「やべっ!」
愛音が手を放した瞬間、鉄柱は両断されていた。百分の一秒でも反応が遅れていたら、彼女自身も真っ二つにされていた事だろう。
「くっ、仕損じた――――」
【廃れ神】を倒しうる、唯一無二の好機は失われた。【天狐】の幻術はもう使えない……仮に使えたとしても、奴に同じ手が通用するとは思えない。
第一、太い鉄柱さえも切り裂くあの妖刀を止める手段が……もう無いのだ。
「やっぱ、その辺に生えてた柱じゃ無理だったかー。イイ線いってたと思ったんだけどなー」
絶体絶命の窮地。しかし、愛音の口元には笑みが浮かんでいた。刃折れ矢尽きたるこの状況……それを踏まえた上での、不敵な微笑。
「ふふ、久しぶりにしては中々のコンビネーションだったと思うわよ」
釣られて、わたしも笑う。
「ああ。相方がイツキじゃなきゃ、ここまでうまくいかなかったぜ」
「そうね。まあ、愛音と息が合うというのは不本意だけれど……確かに、上手くいった方ね」
【廃れ神】が一歩ずつ、ゆっくりとこちらに近づいてくる。その手に握られた……ぎらぎらと輝く刀。その凄まじい妖気は、鉄柱を力任せに両断した直後だというのに、全く衰えを見せない。
「倒せずとも、一矢報いられたからな。オレ的にはもうお腹一杯だぜ」
「何言ってるの。確かに、ひと仕事終えたとは言え……気が早すぎるのではなくて?」
そう、わたし達は役目を果たした。【廃れ神】を倒す事こそ叶わなかったが……最低限の目標だけは、なんとかクリアできたのだから。
甲冑を鳴らしながら歩み寄る、妖刀の担い手。その凶刃の間合いまで……あと数歩。
――――ここまで来れば、もう充分だろう。
「ところで【廃れ神】サンよぉ。アンタ、ここでこんな事してていいのかなー?」
「わたし達の相手もいいけれど……そもそも貴方の仕事は何だったのかしら?」
ぴたり。【廃れ神】がその
そして……その真下に立つ、ひとつの
「オメーの足じゃーもう間に合わねーぜ。その為にここまでおびき寄せたんだからなぁー!」
これが――――「第三段階」。
第二段階までで倒せるならそれが最良だが、相手は曲がりなりにも神。成功の確率は、そもそも最初から低かった。
だから、わたし達の作戦は二段構え。【廃れ神】を倒す試み……それそのものを囮とした、これがもうひとつの策。
「やりなさい灯夜! その“
彼の手には、わたしが作戦室で受け取った封じの呪符が握られていた。先生曰く、「時価数百万円は下らない、一枚きりの緊急時用」……
【門】の巨大な霊力さえも一定時間ならば抑え込めるという、秘蔵の呪符が。
そう。これが文字通り――――最後の切り札!
「【門】よ、閉じろ――――!」
叫びながら、灯夜が光の柱に呪符を叩きつける。
【廃れ神】が上げる
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