第67話・兄妹一緒の夏休み

 サクラが我が家へ戻って来てから三日後。

 俺は明日香と一緒にデパートへショッピングに来ていた。特に何か買う物があるわけじゃないけど、今日は明日香の要望でこうして来ている。


「さてと。まずはどこから見て回ろうか?」

「それじゃあいつも通り、一番上まで行ってからゆっくり見て回ろうよ」

「そうだな」


 明日香はデパートなどに来ると、必ず最初に最上階へ行ってから順に下の階へと向かう。そして今日もそのパターンがぶれる事はない。

 前に一度そうする理由を聞いてみた事があったんだけど、明日香は『高い所から順に下りて行くのが好きだから』と言っていた。

 人の趣味趣向は理解し難いものもあるけど、この件についての明日香の感覚は分からなくもない。

 楽しそうに顔をほころばせている明日香と一緒にエスカレーターへ向かい、ゆっくりと上の階へ上って行く。

 最上階から回るなら、エレベーターで一気に最上階へ行った方がいいと俺は思うんだけど、明日香的にそれは面白くないのでNGらしい。誰にでも妙なこだわりというものはあるもんだ。


「――おっ。今日は屋上の展望フロアが解放されてるみたいだぞ」

「本当だ。ねえ、お兄ちゃん。行ってみようよ」


 言うが早いか、明日香は俺の手を握って展望フロアへと引っ張って行く。

 どうも一緒に遊園地へ行って観覧車に乗ってから、明日香は高い場所から景色を見るのが好きになったみたいで、こうして高い場所から景色を見れる機会があると、明日香は必ずそこへ立ち寄るようになっていた。


「わあー! いい眺めー」


 屋上の展望フロアへと来た明日香は、俺の手を握ったまま転落防止用の柵がある場所へと向かい、そこから広がる風景を見て嬉しそうな声を上げた。

 まだ開店して間もない時間とはいえ、屋上は既に太陽の影響で熱くなっている。床に敷かれている石畳からは陽炎かげろうの様に揺らめく熱気が見え、たまに吹く強い風にその熱気がサッと散っていく様が見える。


「まあ、景色はいいけどやっぱり暑いな」

「そうだね。屋根があれば全然違うんだろうけど」


 まだ展望フロアに来て五分と経っていないのに、額には既に汗が浮かんで流れ落ちようとしていた。


「やっぱり外は暑くて駄目だな。明日香、中に戻ってアイスでも食べないか?」

「うん! 私、ストロベリーアイスがいいな♪」

「りょーかい」


 アイスクリームを食べられるのが嬉しいのか、明日香は握っていた手をギュッと強く握ってから屋内へと向かい始めた。

 そして明日香に手を引かれながら中にあるアイスクリーム屋さんまで向かった俺達は、それぞれ好みのアイスクリームをチョイスしてから店内にあるベンチに座り、冷たいアイスをペロペロと舐めながら熱くなった身体を冷ましていた。


「ん~! 美味しー♪」


 明日香はご所望しょもうだったストロベリーアイスを舐めながら、幸せそうな表情を浮かべていた。本当に甘い物には目がないみたいだ。

 そんな幸せそうな明日香を見たあとで他の場所に視線を移すと、やはり夏休みだからか、あちこちに若い男女のカップルの姿が見える。

 そしてそんなカップル達の姿を見ていると、俺も琴美とあんな風にしたいな――なんて事を思ってしまう。まあ、実際はそんな事をしようと思っても、恥ずかしくてできないだろうけど。


「どうかしたの? お兄ちゃん」


 幸せそうなカップル達の様子を見て羨ましいなと思っていたその時、明日香が心配そうな表情を浮かべて顔を覗き込んできた。


「えっ? ああ、いや、何でもないよ」

『涼太君はね、琴美ちゃんとイチャイチャしたいんだよ』

「はあっ!?」


 突然聞こえてきたその声は、結構的確に俺の考えていた事を言い当てた。

 そしてその声にビックリして声が聞こえた方向を見ると、そこにはニヤリと怪しげな笑みを浮かべたサクラが飛んでいて、ゆっくりとこちらに近寄って来た。


『なんだサクラかよ。突然話し掛けたらビックリするじゃないか』

『ごめんね。二人が楽しそうにしてたから、声を掛けるタイミングが図り辛かったんだよね』

『たくっ……』

『ねえ、サクラ。お兄ちゃんが琴美お姉ちゃんとイチャイチャしたいって、どういう事?』

『それはね、周りで仲良くしてるカップルみたいに、琴美ちゃんとデートをしたいって事だよ』

「そうなの? お兄ちゃん」

「サクラの言う事を真に受けちゃいけません」

『もー、そんなに照れなくてもいいのに~。もっと素直になれよ~♪』


 そう言いながら何度も俺のほほひじを打つサクラ。

 俺は久しぶりの鬱陶うっとうしい感覚を前に、思わずちょっとだけ微笑んでしまった。


『あのなあ。明日香に妙な事を吹き込むんじゃないよ。ところで、こんな所まで来てどうしたんだ?』

『ああ、そうだった。また少しの間留守にするから、今度はちゃんと言いに来たの。また二人に心配させちゃうからね』

『そっか、分かったよ。体調には気を付けろよ?』

『了解! 明日香もしっかり涼太君に遊んでもらうんだよ?』

『うん。分かった』


 明日香の元気な返事に満足した様な表情を見せると、サクラは『またねー』と呑気な声でそう言ってからどこかへと向かって行った。


「さてと。そろそろ別の場所に行くか?」

「うん」


 明日香の短い返事を聞いてベンチから立ち上がったあと、俺は明日香と一緒に店の出入口へ向かって歩き始めた。


「えいっ!」


 そして一緒に歩き始めてから数歩くらい進んだ時、明日香の勢いある明るい声と共に俺の左腕が素早く抱き包まれた。


「どうしたんだ?」

「えへへっ♪ 今日はこのままお兄ちゃんとデートだよっ♪」


 さっきのサクラの言葉を真に受けたのかは分からないけど、明日香は楽しそうに声を弾ませながらそう言った。

 俺としてはそんな明日香の行動にちょっと戸惑いもしたけど、もしかしたら明日香なりに気を遣ってくれたのかもしれないと思うと、そんな明日香が可愛らしくてしょうがなかった。


「よし! それじゃあ今日は、明日香とのデートを楽しむとするか!」

「うん♪ それじゃあ行こう!」


 俺は元気良く返事をした明日香と一緒に店を出て、妹とのデートを楽しむ事にした。ゲーム内では何度も体験している妹とのデートだが、やはり現実でそれをするとなると勝手が違う。まあ、実際に妹とデートをする兄貴なんてそうは居ないだろうから、勝手が分からないのも無理はない話だ。

 こうして俺達はウインドウショッピングをしたりゲームセンターで遊んだり、ファミレスで美味しい物を食べたりして存分にデートを楽しんだ。明日香と一緒に過ごす二度目の夏休みに、また一つ新しい思い出ができた。

 この先どれだけの思い出を残せるかは分からないけど、明日香と一緒に過ごす一つ一つの日々と時間を、ずっと大切にしていきたいと改めて思った。

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