第66話・いつかまた会いたい人
夏休みを迎えてから早くも十日が経った。
あれから明日香も少しずつ由梨ちゃんが居なくなった現実を受け入れ始めたみたいで、生活も以前の様相を取り戻そうとしていた。しかしそれでも、ふとした瞬間に見せる寂しそうな表情には今でも心が痛くなる。
でも、明日香も頑張って普段どおりの日常を送ろうとしているのは分かるから、ここで俺が明日香を心配させる様な態度を見せるわけにはいかない。
「どうだ明日香。ハンバーグ美味しいか?」
「うん。凄く美味しい」
にこやかな笑顔を見せながら焼きたてのハンバーグを頬張る明日香。
食欲も戻ってきたみたいだし、二人で会話をする時間も徐々にだが元に戻ってきていたから、俺はとても安心していた。
「おかわりもあるから、遠慮なく言っていいぞ?」
「うん。ありがとう。ところでお兄ちゃん、最近サクラに会った?」
頬張っていたハンバーグを飲み込んだあと、明日香は心配そうな表情でそんな事を聞いてきた。
「いや。最近は俺もサクラに会えてないんだよ」
「どうしちゃったのかな……病気とかじゃなければいいけど……」
サクラが数日くらい姿を見せない事は今までに何度かあったけど、こんなに長く姿を見せないのは初めてだった。
俺はサクラが姿を見せない理由について色々と想像できるけど、明日香もこうして心配してるんだし、少しくらい顔を見せてくれてもいいんじゃないかと思う。
「ああ~。疲れたあ~」
明日香と一緒にサクラについての話をしていた矢先、話題に上っていた張本人が何の緊張も感じさせない口調でフラリと姿を現した。
「サクラ!?」
「あっ、涼太君に明日香。ただいま~」
サクラはそう言うとフラフラしながらこちらへ飛んで来て、そのままテーブルの上にパタリと仰向けに寝そべった。
「『ただいま~』じゃないよ。今まで姿も見せないから心配してたんだぞ?」
「そうだよ。私も凄く心配してたんだからね?」
「あっ、ごめんね。しばらく留守にするって言って行けば良かったんだけど、時間的な余裕が無かったから」
「とりあえず何も無かったなら良かったけど、いったい今まで何をしてたんだ?」
率直にそう尋ねると、サクラは寝そべらせていた上半身を起こしてから立ち上がり、俺と明日香を交互に見た。
「ふうっ……もう二人共知ってるだろうから話すけど、由梨ちゃんの件で色々とやる事があったから天界に行ってたの。プリムラは優秀な子だけど、幽天子の見守り任務は今回が初めてだったからね」
「そうだったんだ……ねえ、サクラ。由梨ちゃんはどうなったの?」
明日香が不安げな表情でそう問い掛けると、サクラはそんな明日香の心中を察したかの様な優しい微笑を浮かべて口を開いた。
「心配しなくても大丈夫だよ。由梨ちゃんは無事に転生条件を満たして、その先の転生準備に入ってるから」
「そっか。由梨ちゃんはまた、この世界に生まれ変わって来るんだね。良かった……」
それを聞いた明日香は、安心した様な笑顔を浮かべながらそう言った。
「あっ。そういえば由梨ちゃんから明日香に伝言があったから、忘れないうちに伝えておくね」
「う、うん……」
明日香はその言葉に緊張気味の表情を浮かべると、真剣な顔でサクラに耳を傾けた。
「由梨ちゃんからの伝言は、『ちゃんとした形でお別れを言えなくてごめんなさい。明日香ちゃんは優しいから色々と心配な事もあるけど、私が消えたからって落ち込んだりしないで、涼太お兄さんと仲良く過ごしてね。そしてあの時言ったみたいに、いつかまた会う事ができたら、一緒に仲良く遊ぼうね。いつまでも大好きだよ、明日香ちゃん』だってさ」
由梨ちゃんからの伝言を聞いた明日香は瞳を閉じたまま何も言わず、ただその身体を小さく震わせていた。きっと由梨ちゃんからの言葉一つ一つを、心の中に刻み込んでいるんだろう。
「…………由梨ちゃん。ありがとう」
閉じた瞳から一筋の涙が流れたかと思うと、明日香は静かに由梨ちゃんへの感謝の言葉を口にした。
そしてその様子を見た俺は、もう明日香は大丈夫だと思った。きっと明日香は親友から送られたその言葉と想いを最後まで大切にするだろう。
「サクラ。ありがとな」
「お礼なんていいよ。私は自分の仕事をしただけだから」
「それでもありがとな」
「うん」
その言葉を聞いたサクラは、にこやかな笑顔で頷いてくれた。
由梨ちゃんとはお別れする事になったけど、これが一生の別れになるわけじゃない。だって由梨ちゃんは、いつか新たな命を宿してこの世界に帰って来るんだから。
もちろん由梨ちゃんがこの世界に転生したからといって必ずまた出会えるわけではないだろうし、出会えたとしてもその子が由梨ちゃんだと気付く事はないかもしれない。でも、それでもいいと俺は思えた。
だって生まれ変わった由梨ちゃんは、幽天子としての由梨ちゃんとは違う、新たな人生を生きる別の由梨ちゃんなんだから。
だからもし俺が生きている間に再会する事ができたら、そこから新たな関係を築けばいいだけの事だ。そしてそれは、明日香に対しても同じ事が言える。
おそらく俺も、幽天子である明日香とお別れをしたら、高確率でその存在を忘れてしまうだろう。もちろん明日香の事を忘れない為の対策は色々と考えているけど、果たしてその対策にどれほどの効果が期待できるかは分からない。
だけど明日香と約束をした以上、俺は出来るだけの事はやっておきたかった。
俺はにこやかな笑顔を見せる明日香を見ながらそんな事を考えつつ、このあとサクラを交えた久々の夕食を楽しんだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます