第53話・その笑顔の為に

 俺達は小雪を飼い始めてからずっとご贔屓ひいきにさせてもらっているペットショップへと訪れ、そこで小雪の為のクリスマスプレゼントを選ぶ事にしていた。

 ちなみにだが、小雪にクリスマスプレゼントを買ってあげたいと提案したのは明日香だ。


「明日香ちゃん、これなんてどうかな?」

「それも可愛い!」


 目の前では小雪に猫用の服をあてがう琴美と明日香の姿があり、かれこれ三十分以上はこんな調子でどの服が良いとか言いながら選びあっている。別にそれが悪いとは思わないけど、本当に女の子ってのは買物が長い。

 ネットの情報なんかで女性の買物の長さについての話を見た事はあったけど、それはどれも俺にとっては都市伝説みたいに信じられない内容だった。

 例えば洋服屋で服を選ぶのに二時間くらいかかるとか、靴屋さんでも一時間くらいの時間を使うとか、俺にとってはどれも驚愕きょうがくの内容だ。

 だけどこうして目の前で女の子二人が猫の服一つを選ぶのに時間を費やしている様子を見ていると、都市伝説の様に思っていた話も嘘ではないんだろうなと思えてくる。


「琴美お姉ちゃん。これも可愛くないかな?」

「いいね! 可愛い可愛い♪」


 再び別の場所から取り出した服を小雪にあてがいながら、大いに盛り上がる二人。そんな様子を見ていると、まだまだ二人の買い物は終わりそうにない。

 そしてプレゼント選びが始まってから完全に放置状態にあった俺は、そんな二人の様子を見てその場を離れ、適当に店内をうろつき始めた。そしてそれから約二時間後、俺はあれやこれやと品を選び終わった二人と合流し、品物を買って店を出た。


「満足したか?」

「ごめんね、涼君」

「ごめんなさい、お兄ちゃん」


 買い物の間ずっと放置されていた俺に、琴美と明日香がすまなそうに謝る。

 完全放置状態だったのはちょっと寂しかったけど、その間俺は動物触れ合いコーナーへ行って仔猫や仔犬とたわむれていたから、それはそれで楽しかった。


「まあいいさ。二人のおかげで小雪へのプレゼントもしっかりできたわけだし。良かったな、小雪」

「うにゃん♪」


 俺が手に持っているケージの中の小雪にそう話し掛けると、小雪は明るい鳴き声を上げた。

 今回の目的の主役である小雪は満足しているみたいだし、俺に二人の行為をとがめる気持ちはさらさらない。


「ねえ、お兄ちゃん。せっかくだからスーパーで夕食の買い物をして帰ろうよ」

「そうだな。外に出たついでだし、それがいいかもな」

「琴美お姉ちゃんもうちで一緒に夕食を食べようよ」

「えっ? いいの?」

「もちろん。一緒に食べようぜ」

「うん!」


 琴美は嬉しそうに顔をほころばせながら大きく頷いた。

 最近は俺も琴美が側に居る事に慣れたからか、前ほど緊張する事はなくなった。

 明日香を中心に俺と琴美が左右を歩き、俺と琴美はその中心に居る明日香の手を握ってスーパーへと歩いて行く。そして俺達はそのまま約十五分ほどを歩き、行きつけのスーパーへと辿り着いた。


「明日香ちゃん。夕飯のおかずは何がいいかな?」

「う~ん……お兄ちゃんは何がいい?」


 毎日の食事のおかずを決めるのは難しい。料理がまったくできない頃は有無を言わさずカップ麺やインスタント物だったけど、明日香が妹になって料理を覚えてからは、インスタント物を食べる機会はめっきり減った。

 これはこれで良い事だと思うけど、自分で料理をする様になってからは、毎日のおかずをどうするかで悩む事も多くなった。そういえば幼い頃に、母さんが『毎日のおかずを考えるのが大変』と、そう口癖の様に言っていたのを思い出す。


「ん~、今日はがっつりとご飯を食べたい気分だし…………そうだ! 炊き込みご飯とハンバーグなんてどうだ?」

「それいいね! 私は賛成だよ」

「私もそれがいいな♪ ハンバーグは久しぶりだし。あっ! いいこと思いついた♪ 今日は料理対決をしてみようよ!」

「料理対決? 俺達でか?」

「うん。この前お兄ちゃんと見た料理対決番組みたいに、三人それぞれにハンバーグを作って品評するの」

「へえー。楽しそうだね。私はいいよ」


 その提案に琴美は乗り気みたいで、ワクワクしている感じがその明るい表情から伝わってくる。


「確かに面白そうだけど、俺はともかくとして、もう一人の相手が琴美だってのを分かってるか?」


 琴美は小さな頃から料理をしていたから、その腕前は俺達よりも遥かに優れている。だからはっきり言って、料理歴一年にも満たない俺達にかなすべは無いと思う。


「そ、そうだったね……確かに琴美お姉ちゃんには敵わないかも……」

「それじゃあ、明日香ちゃんと涼君が組んで、私と対決っていう風にしたらどうかな?」


 琴美が相手という事で戸惑いを見せた明日香に対し、琴美は名案と言わんばかりにそんな提案をしてきた。

 料理初級者の俺と明日香が組むというのは提案として悪くないし、個別にアイディアをるよりは琴美に勝利できる確率も上がると思える。

 だけど俺達と琴美との間には、どうしようもなく埋められない差がある。だからそれが分かっている以上、この勝負を受けるのは無謀としか言えない。

 しかしこういった強敵を負かして勝利を得るというのは、誰もが憧れる事ではないだろうか。


「お兄ちゃん。どうする?」

「……いいぜ。その勝負、受けようじゃないか! 明日香、琴美に勝つぞ!」

「う、うん!」

「気合十分だね。私も負けないよ!」


 こうして琴美VS桐生きりゅう兄妹の料理対決が繰り広げられる事になった。


× × × ×


「長居しちゃってごめんね」


 食事を終えて片付けも終わったあと、明日香がお風呂へと入ったところで琴美が自宅へ帰る事になった。

 ちなみに俺達兄妹と琴美の料理対決の結果がどうなったかだが、それは本気中の本気を出した琴美の圧勝だったという事だけは言っておこう。


「いやいや。今日はありがとな」

「こちらこそありがとう。私も楽しかった」

「そっか。それは良かったよ」

「それじゃあ、私は帰るね」

「あっ!? 琴美、ちょっとだけ待っててくれないか?」

「えっ?」


 俺は大事な事を思い出して急いで自室へと戻り、机の引き出しに入れておいた物を持って玄関へと戻った。


「待たせてごめんな」

「ううん。別に大丈夫だけど、どうしたの? そんなに慌てて」

「これを琴美に渡したくてさ」

「これは?」


 俺が綺麗な包装紙で包まれた縦長の箱を差し出すと、琴美は両手で優しくその箱を受け取った。


「これはその……俺から琴美へのクリスマスプレゼントだよ」

「えっ? 私に?」

「うん。個人的に琴美へ渡そうと思って用意しておいたんだ」

「ありがとう。開けてもいいかな?」

「うん。いいよ」


 琴美は嬉しそうにしながら包装紙を丁寧に開き、その中にあったアクセサリー用の箱を開いて中身を取り出した。


「わあー! きれーい!」


 琴美が箱から取り出したのは、三日月形のネックレス。

 そしてその三日月の中には、キラキラと光るイエローのビーズが沢山埋め込まれている。


「気に入ってくれた?」

「うん♪ とっても嬉しい。ありがとう、涼君」


 天体や星が好きな琴美にはピッタリだと思って買ったけど、喜んでくれたみたいでほっとした。

 琴美は取り出したプレゼントを嬉しそうに身に着け、再びお礼を言ってから自宅へと戻って行った。

 そしてそれから一時間ほどでお風呂から上がって来た明日香にも、俺は同じ様に用意していた専用のプレゼントを手渡した。内容は琴美と同じくネックレスだが、もちろんデザインは明日香好みの物にしてある。

 俺からのプレゼントを受け取った明日香は非常に喜び、そのネックレスを身に着けてからしばらくの間、鏡に自分の姿を映しては近くに居る小雪に『どう? 似合うかな?』などと話し掛けていた。

 そんな可愛らしい姿を見せる明日香を見ながら、ほっこりとした気持ちでクリスマスの夜は過ぎて行った。

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