第33話・小さな家族の異変
季節の移り変わりは早いもので、ついこの間までは暑い暑いと口走っていたというのに、今では少し風が吹くだけで身を縮こまらせてしまうくらいの肌寒さを感じてしまう。
そして十一月も後半を過ぎてそろそろ十二月を迎える頃になると、人だけではなく街の様相もがらりと変化する。
夏場はたくさんあった人影は少なくなり、街を新緑や紅葉で彩っていた木々の葉は枯れ落ち、やせ細った枝が露出していてどこか寒々しい。
そんな変わりゆく風景を
最近は通学する時には琴美と一緒の事が多いけど、帰りは部活動に入っていない俺はいつも独りだ。だけど別にそれを寂しいとは思わない。だって昔から帰りはずっと独りの方が多かったし、慣れてしまえば寂しいとも感じなくなる。慣れというのは本当に便利なものだ。
「ただいま」
家に着いても部屋には向かわず、俺は真っ直ぐにリビングへと向かった。
俺の帰宅の声に反応が無いという事は、明日香はまだ学校から帰って来てないって事だろう。
「おかしいな……」
飼い始めてしばらく経った頃からだけど、小雪は俺達が帰って来ると玄関まで迎えに来てくれる様になった。そしてそんな小雪の可愛らしい行動は、俺や明日香にとっての癒しでもあった。
しかしここ数日の小雪の様子はいつもと違い、玄関まで迎えに来てはくれなくなった。まあそれも猫の気まぐれと言ってしまえばそれまでだけど、小雪の場合はそんな気まぐれとはちょっと違うんじゃないかと俺は思っていた。
「小雪ー?」
「にゃ~ん……」
台所とリビングを繋ぐ出入口からフラリとリビング側に入って来た小雪は、そのままフラフラと歩いて俺の足下でピタリと止まり、その場で座り込んだ。
「やっぱり少し元気がない気がするなあ……」
足下に居る小雪を両手で抱え上げてじっと顔を見てみる。
だが人間ならともかく、猫の表情を見たところで何がどう違うかなど俺には分からない。俺はそのまま小雪を連れてソファーへと座り、太ももの上に小雪を座らせた。
「具合でも悪いのか?」
「うにゃ~ん……」
そんな事を聞きながら小雪を撫でていると、いつもより弱々しい返事をしてきた。いや、別に小雪は返事をしたわけじゃないかもだけど、とりあえず俺の問い掛けに答えたんだと思っておこう。
「ただいまー。お兄ちゃーん、帰って来てる?」
「リビングに居るぞー」
小雪の身体を撫でながら、玄関から聞こえた明日香の呼び掛けに答える。
するとスリッパを履いてトタトタと歩いて来る音がリビングへと近付いて来た。
「お兄ちゃん。小雪は居る?」
「ああ。太ももの上に居るよ」
「そっか。良かった」
安心した様に小さく息を吐いたあと、明日香はランドセルをソファー横の床に置いてから俺の真正面のソファーに座った。
「小雪。大丈夫?」
「にゃ~ん……」
その呼び掛けに頭を上げて一声鳴くと、小雪はひょこっと身体を起こして俺から離れ、明日香の太ももの上へと飛び乗った。
「やっぱりちょっと元気がない感じがするね?」
「そうだな。ちょっといつもとは違う気がするよな……」
明日香も小雪の異変には気付いているみたいで、太ももの上に乗って元気なく丸まっている小雪を心配そうに見つめている。
「とりあえず、明日にでも動物病院に連れて行こう」
「うん……」
明日香は心配そうに小雪の頭を撫でながら小さく頷く。
それからしばらくして眠ってしまった小雪をソファーに寝かせてから、俺達はいつもどおりの日常を送った。
そしてその日の二十三時過ぎ。
夕食を済ませてお風呂に入ったあと、自室にある机の一角を根城に変えてすやすやと眠っているサクラの横で、俺はパソコンを使って調べ物をしていた。
「ほほう。なるほどねえ……」
パソコン画面に表示されている記事を読みながら、俺は小さく何度も頷いていた。そんな俺が何の記事を見ているかと言うと、猫の異変や病気についての記事だ。
こうしてネットで検索をかけると猫の病気についての書き込みは多く、その内容も知らなかった事が多い。そしてその中でも特に目を引いたのが、猫風邪というものだった。
俺は風邪ってのは人間だけがかかる病気だと思っていたんだけど、書き込まれた記事でその猫風邪の症状を見ていると、くしゃみ、鼻水など、人間の風邪と変わらない様な症状を見せるらしい。今のところ小雪には見られない症状だけど、書き込まれていた猫風邪の潜伏期間などを考慮すると、一応気を付けておくべきだろう。
「とりあえずこれもメモっておくか」
もしもの時の為にと、俺は検索した内容から一つの内容をメモ帳に書き写し始めた。
「――お兄ちゃん。起きてる?」
そして一通り検索した内容をメモ帳に書き終え、そろそろ日課のギャルゲータイムへ移行しようかと思った二十四時前。
コンコンと部屋の扉をノックする音がしたあとに、明日香の元気のない声が聞こえてきた。
「起きてるよ。どうかしたのか?」
俺はゲームを起動させようとしていた手を止め、扉の方を見てそう答えた。
するとガチャっと音を立てて扉が小さく開き、そこから明日香が遠慮がちに部屋の中へと入って来た。
「お兄ちゃん。小雪の様子がおかしいの」
「小雪の様子が? 分かった。ちょっと見に行ってみよう」
とりあえずどんな風に様子がおかしいかを見てみないといけないので、俺は急いでリビングへと下りて行った。
小雪はいつもリビングを根城にしているので、そこに小雪専用の寝床を作っている。だから俺は急いで小雪が居るであろう寝床を覗いてみたけど、そこに小雪の姿はなかった。
「あれ? 明日香、小雪はどこなんだ?」
「えっ? おかしいなあ、さっきまでここに居たのに」
二人で姿の見えない小雪を捜し回っていると、台所の方からチリーンと鈴の高い音色が聞こえてきた。それは間違い無く、小雪の首輪に付いている鈴の音だ。
俺達がその音を聞いて台所へ向かうと、そこにはフローリングの床にベッタリと寝そべる小雪の姿があった。
「こんなところで何やってんだ?」
「にゃ~ん……」
そう言って小雪の身体に触れた時、俺はその異変に気付いた。
「身体が熱いな」
「本当だ。凄く熱い」
明日香も小雪の身体にそっと触れ、その異変を確認する。
寒さには弱い方であるはずの猫が、冬の冷たくなったフローリングにベッタリと寝そべるなんておかしいとは思ったけど、この身体の熱を冷ます為にそんな事をしてたんだろう。
そしてとりあえず他に異変はないかと小雪を観察していると、今度は短い間隔でくしゃみを始めた。
「お、お兄ちゃん。小雪どうしちゃったの?」
突然連続で出始めた小雪のくしゃみに対し、明日香が凄く不安げで心配そうな声を上げた。
正直、俺は獣医ではないので小雪にどんな事が起こっているかなんて分からない。だけどさっきまでネットで見ていた記事の内容などを考えると、おそらく猫風邪ではないかと思える。
猫風邪の潜伏期間もネットで見た限りでは二日から十日の間と書いてあったし、小雪の様子が少しおかしいと思い始めた期間から考えると、その可能性は高いだろう。
「多分だけど、小雪は猫風邪にかかってるんだと思う」
「小雪は大丈夫なの?」
明日香は更に不安げな表情を強めながら俺を見た。
はっきり言って楽観視はできないと思う。人間社会では風邪は治らない病気ではないけど、猫風邪は相当に治り辛いものだと書いてあったから。
「とりあえず病院に連れて行こう。なるべく早めに対処しておいた方がいいだろうから」
「で、でも、こんな時間に病院が開いてるの?」
明日香がそう言うのも分かる。時間は既に二十四時を過ぎているし、普通の動物病院なら既に閉まっているだろう。
だけど俺は、こんな時の為に深夜でもやっている動物病院も調べておいたのだ。
「大丈夫だ。今から病院に小雪を連れて行って来る」
「わ、私も行く!」
本来なら時間も遅いし、家で待っててもらう方がいいとは思うけど、家に明日香だけを残して行くのもそれはそれで不安だ。
俺は止む無く明日香の要望を受け入れて急いでタクシーを呼んでから出掛ける準備を始め、小雪を連れて行く用意をした。そして準備を済ませてから玄関で明日香と小雪を待たせ、外でタクシーが来るのを待った。
外はさすがに冷え込みが厳しく、油断をしていると今度は俺まで風邪をひきかねない感じだ。そんな外の寒さに身を震わせていると、遠くで車のライトが光っているのが見え、その光を放つ車がこちらへと向かって来るのが見えた。
そしてこちらへやって来ていたのがタクシーである事を確認した俺は、玄関で待っている明日香に声を掛けてから自宅前に止まったタクシーに急いで乗り込んだ。それから俺達は車で三十分ほどの場所にある、救急診察外来をやっている動物病院へと向かい、そこで小雪を診てもらった。
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