第65話 last case 決着編 3

 倫太郎が義明の車に乗って暫くの事だった。道端に、カッパファームと書かれたスケッチブックを掲げ親指を上げるふざけた格好の黒人が居た。


「おい倫太郎! なんだありゃ!」

「構うな、無視しろ若しくは轢いても構わん」


 倫太郎はそう言うが、この後の展開は想像できた。


「ん!?」


 義明が視界の端に捕えていたはずのその印象的な男の姿が一瞬で消えた、そして。


「HAHAHA! 日本人はシャーイで行ーけませんねー」

「おわぁああ!?」


 その男は音も無く、車のボンネットの上に立っていたのだった。


「おい! 倫太郎! なんだこい……」


 義明がルームミラーを越しに倫太郎に語り掛けるとその姿は既に車内から消えていたのだった。





 タクシーは夜の町を爆走する、車体に認識疎外の術を掛けているので、警察のお縄にはなりにくいが、傍から見れば、ボンヤリとした車の様なものが猛スピードで爆走している様なものだ、後日暴走幽霊タクシーの都市伝説が町を駆け巡る様になるがそれはまた別の話である。


 そして、そんなタクシーの上に衣服をはためかせながら2人の男が立っていた。


「HAHAHA、りんたーろう。YOUも厄介な人物にめをつけられたようでーすねー」

「けっ、うるせえよ。テメェの差し金じゃねぇだろうな」

「Oh! 心外でーす。わたーしは、清く正しく心優しい拝屋さんでーす。そんな面倒くさいことは真っ平ごーめんでーす」


 チッと倫太郎は舌打ちを一つ。ザビエルの言っていることの真偽は定かではないが、取りあえずこの場に現れたと言う事は敵であることに相違ない。


「まぁいい、降りかかる火の粉は払わせてもらうぜ」

「Oh! 全く野蛮人はこーまりまーす。でーすが、わたーしもお仕事はお仕事、足止めさせてまーらいまーす」


 ルーフを挟んで、ボンネットとトランクカバーで会話を続けていた2人の緊張感が、ピークに達する。そして、その火ぶたを切ったのは焦りに苛立つ倫太郎だった。


「おい! 幽霊女! 義明に気にせず走ろって伝えろ!」

「はっはい!」


 倫太郎は、二人のやり取りをこっそり聞いていた美紀にそう言うと、ボンネットに手を突きながら逆風を突き抜ける中段蹴りを放つ。


「HA―HA!!」


 ミシリとザビエルの持つ錫杖が、蹴りを受け止め悲鳴をあげる。

 倫太郎は、蹴りの勢いのまま、ボンネットへと移動する。


 こうして、ボンネットと言う極小のリングで2人の戦いが幕を開けた。





「しゃッ!」


 倫太郎の閃光の様な右手刀を、ザビエルは錫杖で反らしつつ、返しの突きを放つ。

 それを倫太郎は、左手の内に滑らし膝蹴りを叩き込む。

 だが、ザビエルはその膝に膝を合わせ相殺。そして反らされた手を錫杖に戻して軸足を狩りに掛かる。


「ふッ!」


 倫太郎は、左手を廻しザビエルの肩口を掴みながら短く跳び、錫杖をかわしつつザビエルの顔面に肘を叩き込む。

 シャンと咄嗟に挟み込まれた錫杖が清浄な音を鳴らし環がはじけ飛び、あっという間に後方に飛び流されていく。


 拳、反らし蹴

 肘、受けて肘

 膝、弾いて頭


 超接近戦、互いに互いの足を踏みあう間合いで、一進一退の攻防が繰り返される。この間合いに置いては術など使う隙間なし。互いに純粋な体術のみの勝負だった。





「チッ! 倫太郎は大丈夫なのかよ!?」


 義明はハンドルを握りながらそう叫ぶ。

 眼前、フロントガラスの向う側で行われている戦闘は忍者速度の超高速戦闘であり、一般人の彼にはどちらが優位どころか、何が行われているかも分かりはしない。彼に分かるのは、ボンネットの上で恐ろしく早い何かが動いていると言うだけである。


「落ち着いて下さい義明さん。私が何とかしてみます」


 義明の焦りに反応したのは、美紀である。彼女は覚悟を込めた瞳で義明を見つめた。


「何とかって、お前は倫太郎たちにさわれもしねぇだろ!?」

「大丈夫、任せてください!」


 彼女はそう言って、助手席から立ち上がりフロントガラスを突き抜けていった。






 幽霊である美紀でさえ、忍者戦闘速度についていくことは不可能だ。忍者とはそれ程の存在なのだ、しかし肉体と言う枷から解き放たれた存在である彼女には幽霊センサーとでもいうべきもので争う2人の魂ははっきりと捕えられていた。

 

 錫杖を中心にグルグルと回る様に戦う黒スーツと黒人の2つの黒。

 彼女はその2人から良く見える様な距離を取り驚愕の行動に出た!


「うっ……うっふ~~ん」


 美紀渾身のセクシーポーズである!

 彼女は腰をくねらし、組んだ腕で胸をアピールする。青年よ武器を捨てよ!平和の一歩はエロから始まる。

愛と美の女神ゆうれいが深夜のタクシーに降臨した瞬間であった!


「何やってんだお前?」「HAHAHA年増に興味はないでーす!」

「うっふ~~~ん!!」

「良いから、邪魔だからすっこんでろ」「HAHAHAあと10歳若返ってから来てくださーい」

「うっ……」


 よく分からない邪魔が入った、さて戦闘を再開するぞと2人が仕切り直した瞬間だ。


「うッふーーーーーーーーんッ!!!!」


 指輪やネックレスと言った宝飾品の数々が、散弾銃が如き勢いで2人に放射された!


「おわッ!?」「OH!?」


 説明しよう、元宝飾デザイナーである幽霊女の秋月美紀は、テンションマックスになると生前制作した宝飾類を投影することが出来るのだ!

 今回は彼女の羞恥心が最高潮に達したため。乙女の怒りと平和への祈りのとか何とかのため、大変不本意ながら武力介入と言う手段に出ることになってしまった!


 そしてそれは大当たりする。


「OH!NOooooooo――――――」


 狙いを定める事無く、音速を超え放たれた彼女の作品によりバランスを崩したザビエルは、制限速度+友情速度で走行するタクシーから、慣性に従いはるか後方へすっ飛んで行く。

 乙女の祈りの前には、凄腕のエージェントでさえ無力になると言う事が証明された瞬間だった。


 そして傷だらけの倫太郎(ザビエルとの戦闘3割、美紀の指輪7割)を乗せたタクシーは一路カッパファームへ突き進んでいったのであった。


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