第54話 case8 探索編 4 

「影も形も無い、音だけのネズミねぇ」


 姫と合流した、倫太郎は事のあらましを聞き、そう漏らした。

 心当たりはあるか、翔子と話を振られた彼女は、少し考えた後こう話した。


「そうね、海外の小説で読んだ記憶があるわ。まぁお国柄の違い、建築様式の違いでしょうね。

 彼方の住宅は昔から壁が厚いのに比べ、日本の住宅は板か土壁、その中をネズミがはい回るって想像が働きにくかったのでしょうね」

「比較なんちゃら学に興味はねぇよ。そいつの正体と退治法は知ってんのか?」

「まったく、倫太郎君はせっかちねぇ。けど残念ながらわたくしが読んだ作品には退治法なんて乗ってなかったわ。元々解体予定の古びた洋館に現れたって話だったから、家を解体すれば解決するんじゃないかしら」

「奴らは街中にはびこってるにゃ、解体するんなら島ごと更地にする必要があるにゃ」


 姫は、翔子の発言に、逃走劇で乱れた毛並みを繕いながらそう答える。


「そんな派手な事をされては困るのう。恨みの矛先が儂ら化け狸に向きかねん」


 マミ蔵は眉を顰めてそう答える。何も知らない狸としての立場ではOKだが、遠巻きに人と暮らしている化け狸としてはNGと言った所だ。


「ふーむ。おいマミ蔵、この島に外人は居るのか?」

「おぅ、確か昔越してきたやつがおったかのう。じゃが儂も物珍しさで見物してきたことがあったが普通の人間じゃったぞ?」

「そっちは問題じゃねぇ、そいつはどんな建物に住んでやがった?」


 それを聞いたマミ蔵は、これは迂闊とばかりに額に手を当てて答えを述べる。


「そうじゃそうじゃ、そ奴は洋館を建ておった。それも随分古めかしい建物を態々海を越えて移転して来たそうじゃ」


 それで決まりだと、皆が天を仰いでいるマミ蔵に視線を向けたのだった。





「で、そいつは今どうしてんだ?」


 件の洋館へ向かう道すがら、倫太郎はマミ蔵にそう尋ねる。


「んー、確かもうとっくに無くなって、今は無人の屋敷になっておるんじゃなかったかの?」

「そいつは結構。最悪ぶち壊しても誰も文句入って来ないって所か」


 倫太郎はニヤリと口をゆがめるが、翔子がそれにストップをかける。


「何馬鹿な事を言ってるの、倫太郎君。そんな犯罪計画にわたくし達を巻き込まないでもらえるかしら。日本では他人の家を勝手に破壊するのは犯罪ですわよ」

「いえ、翔子様。多分どこの国でも犯罪だと思います」


 わいのわいのと騒ぎつつ、緊張感のない一行は件の洋館の前にたどり着いたのだが。





「チュチュチュ、よくぞここを嗅ぎ当てたな人間ども」


 倫太郎たちが無造作に敷地に入った時点で、既に彼らは罠の中、周囲をネズミの鳴き声に取り囲まれていた。

 全方位から敵意を投げつけられて、人型となった姫は髪の毛を逆立て威嚇の声をだし、明は護符を構え、鈴子は震えながら倫太郎に縋り付く。


「嗅ぎ当てたなもくそもねぇよ。所詮知能はネズミ並みか、この馬鹿ネズミども」

「そうだにゃ! ネズミも鳴かねば狩られないにゃ!」


 先ほど不意を打たれて追い回された姫は特に殺気だってそう返す。


「くっ! この化け猫め! やはり貴様を始末しておくべきだったチュウ!」

「貴様! 人間の手先になんぞなりおって! 野生の誇りを忘れたのチュウ!」


「ちゅーちゅーちゅーちゅーやかましいにゃ! 儂は売られた喧嘩は買ってやるにゃ!

 おい! 倫太郎! それで奴らを倒す手段は思いついたのかにゃ!」

「ふっふっふ、まぁまて姫。人間様の持つ最大の能力は知性だ。こいつ等の言い分を聞いてからでも遅くはないだろう」


 倫太郎は余裕たっぷりにそう言うと周囲に向けてこう話した。


「おい、先ずはお前たちの目的を聞かせろ」

「それを聞いてお前はどうするつもりだチュウ」

「種族が違うとはいえ何も喧嘩ばかりが能じゃないってこった、平和的に解決できるならそれが一番とは思わねぇのか?」

「……チュウ」


 余裕たっぷりの倫太郎の態度が功を奏したのか、ネズミ達は暫し話し合った後こう話した。


「我らは帰るべき場所を無くしてしまったチュウ」

「我らはここに長く居続けてしまい、この土地に縛られてしまったチュウ」


 それは、悲哀の言葉だった。

 それは、哀愁の言葉だった。


「もはや、この家が元の土地に戻ったとしても我らの半数はこの島に縛り付けられてしまうチュウ」

「この島は我らの土地となってしまったチュウ」


 それは、人間たちの都合で生活環境をコントロールされる野生の生き物の嘆きであった。


「そんな中で、開発計画の話を聞いてしまったチュウ」


 折角馴染んできた生活を破壊する圧力にネズミ達は憤った、しかも開発計画にはこの屋敷もその範囲に加わっていると言うのだ。


「ネズミさん」


 鈴子は、人間の都合に振り回されるネズミに同情の念を抱く。


「駄目だ! 駄目だチュウ! こんな身勝手許される訳ないチュウ! こんな開発計画なんて絶対反対だチュウ!」


 島のリゾート計画では日本の夏をイメージとした開放感のある古民家風のリゾート施設が多数建築されると言う、キーワードはお婆ちゃんの家で過ごす夏休みだそうだ。


「……人間の都合に振り回されるのが我慢できなかったんですね」


 明は構えていた護符を下げ、ネズミ達の訴えを心にうつす。


「そうだチュウ! どうせリゾート施設を建てるならディズ〇ーランドにすべきだチュウ!」

「「……は?」」


 鈴子と明は同時に声を漏らす。


「そうだチュウ! ネズミわれらが主役のネズミの王国! ディズ〇ーランドにならこの島を開け藁してもよいのだチュウ!」

「そうだチュウ! そこで我らは影のマスコットとして、濡れ手に粟の生活を送るんだチュウ!」

「そうだチュウ! ホーンテッド・イグザム修道院を建設するチュウ!」

「チーズを! 朝昼晩のお供え物にチーズを要求するチュウ!」


 チュウチュウ、チュウチュウとネズミの大合唱が巻き起こる。皆それぞれ『僕の考えた最強の二つ島』について語り合う。


「これは、交渉は不成立ね」


 そして、判決は下ったのだった。

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