第46話 case7 追憶編 3
中忍試験は、学科1、実技(対戦)1、総合1の計3つの合計で行われる。とは言え、学科試験は忍者の歴史、基本的な心得、そして忍者法から出される比較的簡単な適性試験のようなものだ。
これは各流派によって教えが極端に異なる中、何とか中道を探っていたら無難な所しか残らなかったのが原因である。
そんな訳で、本番は次の実技試験からなるのだが。
「勝者! 西方、河童倫太郎!」
皆が皆、各流派伝統の忍び装束を着込んで挑む中、あまりにも場違いな黒スーツが勝ち名乗りを受ける。
そう、今試験において、色々な意味で注目の的である倫太郎である。
かれは忍術を使うことなく、回し蹴り一発で、対戦相手を秒殺したのだった。
「へぇ」
その体術の冴えに、晴彦は笑みを強くする。対戦と言っても、
それにこれは勝ち抜き戦ではなく、あくまで技の習熟度を審判にアピールするための総当たり戦。そんなセオリーなど全く無視する倫太郎はますます
(残念ながら後半のブロックでも彼との対戦は無いようね)
翔子は、張り出された対戦表を見て、少しばかりの口惜しさを滲ませる。
自らが誇りをもって歩んでいる忍者道を、真っ向から否定するような発言をした、あのコスプレ男に対して、なあなあで済ますにはいかないと言う熱き思いが滾っていた。
(彼とは別ブロックか、となると次の試験で絡める確率が上がるかな?)
晴彦は、張り出された対戦表を見て、ニコニコとほほ笑む。
自分たちの流派は、裏の治安維持組織の面が強い、必然的にルールに縛られたお堅い人材が良く集まるところであるが故に、彼の様なユニークな人材とはぜひコネクションを取っておきたいところだと、密かに思っていた。
「勝者!――」
3人は順当に勝ち星を積み上げ、1日目の試験は終了した。残るは2日目の実戦形式で行われる総合試験だ。
「くそ、あのクソ親父。着の身着のままで試験会場に放り込んだくせに、宿の手配をしてないってどういうつもりだ」
1日目の試験が終わり、皆がそれぞれの宿泊先へと散っていく中、独り試験会場に取り残された倫太郎は途方に暮れていた。
寝込みを襲われた倫太郎は勿論財布なぞ持っていない、完全まっさら素寒貧だったのだ。
そんな倫太郎に声を掛ける者がいた。
「やあ、河童倫太郎君。始めまして」
ニコニコと偽善者スマイルを絶やさない、晴彦である。
「あ? なんだてめぇ」
晴彦とは対照的に、やさぐれ藪睨みの倫太郎は、不機嫌オーラを隠さずにそう返す。
「そう怖い顔しないでよ。僕は芦屋晴彦、君と同じ受験生だよ」
「ほーん、こんな馬鹿げた試験に好き好んで参加している酔狂者か」
「あはははは、この会場で君以上に愉快な人はそういないと思うけどね。
そんな事はともかく、こんな所でぼうっとして何してるんだい?」
「うるせー、テメェに関係は無いだろ」
「うふふふ、当ててあげようか。今晩の宿が無くて途方に暮れているんだろ?」
悩みの種をズバリと言い当てられた倫太郎は、絞り出すようにこう言った。
「……ちっ、テメェは俺のストーカーか何かか?」
「いやいや別に、今日の君の態度を見てれば簡単な推理だよ。
君の忍者嫌いは誰が見ても分かる。そんな君がこの会場に留まっているのは次の予定が定まっていない、つまり今夜の宿が無いからだってね」
「うっせー、余計なお世話だ。そうだったらどうだってんだ」
「うふふふ、君だって野宿よりもベッドの方が好きだろう? 今夜の宿ぐらい僕が工面してやろうかい?」
胡散臭さ100%、善意の皮を被りに被った裏を感じ、倫太郎は慎重に答える。
「……何が目的だ?」
「なーに、情けは人の為ならずって言うだろう?単に君と知り合いになりたいだけさ」
「……只より高い物はないともいうぜ?」
「それが嫌だったら、後日宿代を送ってくれればいいよ。僕は純粋に君と友達になりたいだけさ」
ただでさえ細い目を、糸の様に細めて晴彦はそう言った。
まぁ別に、ここでこいつにはめられようとどうにでもなるかと、倫太郎はそう思い、その提案をありがたく受けたのだった。
辺鄙な場所で行われる試験なので、当然近辺の宿泊施設も限られる。倫太郎と晴彦が向かったホテルは翔子も利用しているホテルだった。
倫太郎が、晴彦に連れられてホテルのロビーを通った時に、何の因果か丁度翔子と鉢合わせをした。
翔子は、憎き相手に鉢合わせたことでついつい、鋭い眼光を倫太郎に向けてしまう。
「おい、晴彦。お前なんかあの嬢ちゃんに睨まれてるぞ?」
「いやー、睨まれてるのは君だと思うよ。
彼女は由緒正しき天狗忍者の一人娘だ、君は、そんな彼女の前で忍者を足蹴にする様な事を口走っちゃったからねぇ」
「はっ、そんなもん知った事か。俺が忍者を嫌うのと、あの嬢ちゃんが好きに思うのは別もんだ。
そんなもん個人の好きにさせてくれや」
「全く君って人は、内心の自由は内心で留めておくからこそ自由なんだよ、それを口に出してしまえば、どんな摩擦が起きても文句言えないよ」
「うるせー、言いたいことを言うのが俺のハードボイルドだ」
「ちょっと! 私に何か文句がおありなんですの!」
自分の事について目の前で噂されるのに我慢できなくなった翔子は、我慢できずについつい突っかかる。
もちろんそれは、晴彦の予定通りだった。
「いやあごめんごめん。可愛い君の笑顔が歪んでいるの見ていると、ついつい我慢できなくてね」
ぞわりと、そのあまりにもなおべんちゃらに二人が引いているのを構わずに、晴彦は話を続ける。
「そうだ、折角こうして集まったんだ、明日の前祝に今から3人で食事にでも行かないかい?」
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