第12話 魔王の秘密の思惑
先ほど届いた報告書に目を通す。ヴィシュに行っているレイカの近況を知らせる手紙だ。
実際はそんな事をしなくてもいいだろう。レイカ本人に通信用の魔道具を渡して彼女自身に定期報告を命じてあるのだ。
だが、他人から見た王妃の様子も知っておくべきだと思ったのだ。レイカが無理をして、いい事だけを報告する可能性もあった。
ただ、その心配は杞憂だった。レイカは毎晩きっちりと自分のされた事を報告してくれた。それでも他の者から出される報告書をきっちり読むのは大事な事だ。
それにしてもあまりにひどい境遇に腹が立ってくる。
『あの方々はヴェーアル王家を王家と思っていないんだわ』というのがここ最近のレイカの口癖になっているが、それにはオイヴァも同感だった。
「認めずとも、表面だけでもある程度取り繕うべきだと思うのだがな」
怒りを込めてひとりごちる。彼らは『魔王』であるオイヴァの事は怖がっているようなので、なおさらそう思う。
きっと、オイヴァがレイカに付き添っていれば、あんな対応は受けていなかっただろう。メイドの手が恐怖に震えて膝にお茶をこぼされるくらいはあるかもしれないが、宿泊先の主人や奥方に嫌みを言われる事はないはずだ。
そういう点ではその屋敷に務めている使用人の方が自分の立場を分かっている。
ウティレによると、どうやらレイカの泊まる全ての屋敷の主人宛にヴィシュ王アーッレから彼女を苦しめるように通達が送られているという。
どうやら彼はレイカに怪しい薬や下剤でも仕込めばいいと思っているらしい。
そうして弱った魔王妃をじっくりなぶり殺す計画なのだろう。
だが、使用人は魔王妃の後ろに間違いなくいるであろう魔王に怯えて、そんなに恐ろしい事は考えないという。
おまけに料理人の中にウティレが紛れ込んでいるので、彼の誘導で他の地では珍しい食材や調理法を見せ、無知を馬鹿にすればいいという結論に行き着く。
おかげで、変なものを仕込まれる事もなく。レイカは毎日美味しい食事にありつく事が出来ている。ありがたい事だ。
彼女に着けている女官のイリーネからの報告書は大体レイカが何を食べたのかという食事日記になってしまっている。
レイカの報告でも食事の事は出て来る。先ほどの理由で風土に根ざした食材が出て来るのを楽しんでいるようだ。今日は何を食べられるのかしら、とワクワクしている所がある。
でも、それは裏を返せば、この旅には食事しか楽しい事がないという事だ。側付きを邪険に扱われたり、王族扱いをされず、馬鹿にされたりするのだから当たり前だろう。
レイカにつけた侍僕からは『ブラックリスト』という形で、レイカに嫌がらせをした貴族と、そのやり口を書いた手紙が送られて来る。本当に事細かな事まで書いてあるのでありがたい。
きっとイリーネやウティレ達を含む同僚ともきちんと話し合った上で書き送ってくれているのだ。多分どういう報告を出すかの係でも決めているのだろう。
もちろん、嫌がらせをする者ばかりではない。親魔族のゼンゲル伯爵や、レイカを『魔王に捕らえられ苦しめられている可哀想な元勇者』と思い込んでいただけのコレル男爵夫妻は、もちろん『ブラックリスト』には入っていない。
コレル男爵はゼンゲル伯爵を通してオイヴァに書簡を送って来た。滞在中の王妃への非礼を詫び、出来ればあの王妃の助けになりたいと言って来たのだ。
最初は疑った。そして当然しっかりと裏の者に調べさせた。その結果彼は白だという結論が出た。
とはいえ、これからヴィシュの王族に利用されない、または親魔族になった事を咎められ、一族抹殺をされないとも限らないので連絡は最小限にして欲しいと言っておいた。
レイカは着々と人脈を作っている。それは貴族だけでなく使用人達も含めてだ。
一般家庭出身だった彼女は貴族特有の平民への差別心がまったくない。だから彼らに笑顔で接する。もちろん滞在している屋敷の使用人にも、だ。
だから、彼女が泊まっている屋敷の主人夫妻が傲慢であればあるほどレイカの評価が良くなるのだ。『あたし、あんなワガママ奥様じゃなく魔王のお妃様に仕えたかったぁ!』などとこっそり愚痴をこぼす者もいたらしい。
確かにレイカなら熱いお茶を『まずい!』と投げつける事はない。もたもた掃除する新人メイドを箒でぶつ事もない。
今日、子爵家の茶会で子爵夫人達を言い負かしたようだが、それも何故か使用人達の間では『しっかりしたお妃様』、『いじめにも負けないで戦うなんて、何て凛々しい方なのでしょう!』と思われているようだ。
おまけにその使用人を通した平民の噂にヴェーアルから送った隠密が便乗して、『そんな魔王妃様を魔王はしっかり評価して何よりも大切にしているそうだ』と水面下で上手く噂を流した。
それがまた平民の心を打ったのだ。
アーッレ王が愛妾を囲っている話は民も知っている。
ヴィシュの敬虔なフレイ・イア教徒の中で、その真実は当然快く思われてはいなかったようだ。その気持ちはオイヴァにもよくわかる。
フレイ・イア教徒は、『何よりまず配偶者を、そして家族を大事にしなさい。身近なものを大事にするのは、他のものを大切にする心を育むものだ』と書かれている教典をまず間違いなく読んでいるのだ。
だから『愛妾』など、まともなフレイ・イア教徒なら認めるわけにはいかないのだ。
そんな当たり前の事を自国の王が守らず、敵国の、それも『魔王』が自然にきっちりと守っている。彼らの中で魔王家への株が上がるのも無理のない話だった。
ヴィシュの平民の間で魔王家の評価が変わっていく。それをオイヴァは手紙を通して目の当たりにしていた。
それはオイヴァにとっては満足のいくものだった。同時にやはりオイヴァはヴィシュの王家を許せないのだと改めて自覚する。
もし、レイカと結婚していなければ、ヴィシュの地は魔族の魔法で焼け野原になっていただろう。それか、ヴィシュの民の目の前で、『決闘』という形を使ってアーッレ王とその王太子がオイヴァの手で消されるかのどちらかだった。
それほど『ヴィシュ王国』が憎い。あの国がなければ弟と母は死ななかった。オイヴァが孤独に勇者殺しをする事もなかっただろう。
でも、そこまでの憎しみをオイヴァはレイカの前で吐露した事はない。言ったら軽蔑されるかもしれないという不安があるのだ。
軽く『憎んでいる』と言ったことはある。でもきっとレイカは『嫌い』の延長戦くらいにしか思っていないだろう。
レイカの彼の気持ちに対する認識はそれでいい。そうオイヴァは思っている。
だからレイカに見えない形で少しずつヒビを入れていくつもりだった。まずはヴィシュの周りのいくつかの小国を味方につけるべくこっそりと動いている。
もちろんこんな事は
なのに、レイカが自然に、それもヴィシュ国民にヒビを入れ始めている。
これで少しは変わり始めるだろうか。オイヴァは少しだけ希望を持った。
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