第6話 魔王家の問題

 目がオイヴァから離せない。顔をそらす事も出来ない。魔法で固められてしまったのだろうか。


「婚儀まであと二ヶ月だし、いろいろと話し合っておいた方がいいな」

「は、はい」


 眼光の鋭さがあまりにも怖く、麗佳はそれしか言えない。


 オイヴァは麗佳のその答えに満足そうに頷くとパウリナを呼ぶ。そして、先ほどのお茶を、それぞれに大振りのポットで用意するように命じた。これは人払いする合図だ。


「大丈夫だよ。お話するだけだから」


 にっこりと微笑んでくる。でも目はまったく笑っていない。もう完全にヘビに睨まれたカエル状態だ。


 予想通り、お茶の支度が終わると、侍女や女官達は全員部屋を出て行く。オイヴァはそれを満足そうに見送っていた。


「さ、お茶は沢山あるからいっぱい話せるよ。良かったな、レイカ」


 よくない! と怒鳴りたいが、先ほど怒らせた事もある。静かにしておいた方がいいだろう。


「レイカ、何故私が今まで独身だったか分かるか?」

「え、えっと……勇者退治で忙しかったから?」

「今の話の流れで、出てくる答えがそれか?」


 どうやら外れたようだ。それにしても、睨んで来るのは怖いからやめてほしい。


 先ほどまで話していたのは、ヴェーアル王国が腐敗しかけていたという話だ。

 そういう話はよく小説で読んでいた。となると、答えは大体出てくる。


「未来の国王の祖父として実権を握ろうとした魔族がたくさんいる、とか?」

「そう。その通り。だからこの間まで誰も選べなかった。特に二大公爵家の当主は、どちらも野心家だからな。だからこそ、逃げ回るためにヴィシュに必要以上に長期滞在していたというのもあるけど」


 そう言ってからお茶を一口飲む。きっと心を落ち着かせる為だろう。


 でもそれは大丈夫なのかと心配になる。少なくとも先代はオイヴァがヴィシュに滞在する事をよくは思ってはいなかった。

 上層部がこれでは、きっと誰も王に報告しなかったのだろう。オイヴァ王太子が危機に陥れば陥るほど自分たちの身分が高くなっていくのだから。

 そしてその原因がオイヴァの独断なら、彼らにお咎めはない。


「人間も魔族もあんまり変わらないんだね。そういう事は」

「まあ、そうだろうな」


 多少なりとも人間の血が入ってるし、と言う。確かにこの間の説明ではそんな事を言っていた。


「もしかして、だからどこの家とも関係のない私を?」


 麗佳の言葉にオイヴァは頷いた。


「だからどこの養子にもしなかったんだよ。お前を政治目的で使うのは私だけで十分だ」

「そっか……」


 それもどうだろうと思うが黙っておく。オイヴァはそれを見透かしたかのように笑った。


「でも、そうやって魔王家の問題に巻き込んでしまったからこそ、大事にしてやりたい、とは常に思っているんだよ」

「でも信用はしてないんでしょ」


 そんな言葉が出て来た。


「私を信用していないのはお前も同じだろう?」


 すぐに言い返される。そう言われると、麗佳には何も言えない。


「だったら……」

「でも私は少なくとも歩み寄ろうとはしているよ。なるべく楽しく過ごせるように気をくばったり、わざとはしゃいでみたり。なのにお前は何もしていない。私が忙しい合間をぬってこの交流の場を作ったのは何のためだと思っているんだ」


 仕事の話ばかりしやがって、と不満そうに言われる。これはプチ会議ではなかったのだろうか。オイヴァは本当に『婚約者同士の交流』として毎日お茶をしてくれていたのだろうか。

 そうだったらかなり悪い事をしていた気がする。


「ごめんなさい」


 素直に謝ると、オイヴァは苦笑で返して来た。


 とりあえず、今日もリアナについての大事な話があるのだが、お茶が終わってからにしようと決める。


「で? 今日は何?」


 そんな事を考えていると、いつのまにか顔をのぞかれる。麗佳は気まずくて目をそらしてしまった。


「えっと……」

「先に聞いてやる。そしたら遠慮なくお喋り出来るだろう? 二人きりになれる時は今しかないんだから」


 さっきの今でこんな重要な事を話していいのだろうか、と心配になる。でも、間違いなく今日中にはオイヴァの耳に入る話だ。麗佳からではなくとも、パウリナに報告をお願いするつもりなのだから。


 そんな事を前置きとして話すと、オイヴァが納得したように『ああ……』とつぶやいた。


「私がお前を罠にかけた時のリアナへの手紙の行方だな。誰が読んで、そしてどうリアナを動かし、お前と相打ちさせようと企んだのか」


 こっそりと調査していた内容をあっさりと言い当てられる。麗佳はつい口をぱくぱくさせてしまった。

 オイヴァはどうして知ってるの! と叫びたいが言葉が出て来ない。


「『勇者』の行動内容を『魔王』である私が把握していないとでも思ったのか?」


 そう言って明らかに麗佳を馬鹿にするように冷酷に笑った。この冷たさは久しぶりだ。


 情報源はパウリナだろうか。仕方のないことなのだろうが、何となく悔しい。


 頬を膨らましている麗佳を見て、オイヴァは小さく笑う。そうしてまた頭を撫でて来た。


「レイカ、私は『王』だ。それも魔族の王だ。もちろん敵も多い」


 それは知っている。


「その中にはお前やリアナを利用して私を消そうと企んでいる者もたくさんいる。お前みたいな単純な性格をした小娘ごときに私を害せるとは全く思えないが、お前と接触した者の事は知っておきたい」


 だから常に監視をつけているんだ、と何でもないように言う。それでも何でもなくはないだろう。王族はそれだけ厳しい立場にいるのだ。


 それにしても酷い言い草だと思う。思い切り馬鹿にされているのは気のせいではないだろう。


 このオイヴァの話から考えると、リアナにも監視がついているのかもしれない。確認の為に尋ねると、あっさりとうなずく。


「そんな危険な状態の私が調査をするのを放置したの?」


 勝手に調査をしたのは自分なのだが、ついつい責めてしまう。オイヴァは厳しい目で麗佳を見た。


「お前は私の妃になるんだ。そういう経験も必要だろう。それにお前が調査を命じたのがパウリナだったから心配ないと思って。彼女なら調査をしていると気づかれにくい。私が表立って動くと目立つからな」


 それはそうだ。きっと調べるのに麗佳が動いた方がちょうどよかった。だからパウリナを使って麗佳を動かしたのだろう。


 それにしてもあんな事があったのに、オイヴァは冷静だ。この事を知ったらもっと逆上すると思っていた。


 考え事をしている事が表情で分かるのだろう。どうした? と尋ねられ、正直に答える。オイヴァはため息をついた。


「あっさり罠にかかるリアナもリアナだからな。兄としてはあいつらに腹が立っているが、王としてはリアナに厳しく言わなければいけないと思っているんだよ」

「そうなんだ」

「生まれながらの王族であるリアナもそうなんだ。お前にも似たような事が起きないとも限らない」


 だから監視をつけているという。それなら分かる。分かるがいい気はしない。


「それより報告を」


 さらりと命令され面食らう。この様子なら、オイヴァはとっくに知っているはずだ。


「まあ、主犯は分かってる。でもお前側の話も聞きたいんだよ、『勇者殿』」


 そう呼ばれるのは久しぶりだ。


 隠す事など何もないので、麗佳は正直に話した。


 多分、リアナはオイヴァの手紙を読んでいない。あの様子なら署名など見ていないだろう。麗佳に会った時のリアナはオイヴァが死んでいる事を覚悟していたのだから。


 話している間、オイヴァの怒気が漏れているのが分かる。麗佳も調べている間腹が立っていたから気持ちは分かる。


 とりあえずリアナは立派に麗佳と対峙をしていたからあまり叱らないであげて欲しいと付け加えておく。


「多分、今、手紙持っているのは主犯だよね。指紋認証とか出来れば一発なんだけど……」


 指紋についてオイヴァが知らなかったので実物を見せて説明する。人間はそんなやり方で個人を特定しているのか、と感心された。ただ、魔力がないと大変だな、という言葉は余計だ。


 つまり、ここに指紋認証はないのだ。だったらどうやって特定すればいいのだろう。


「触った奴の魔力なら分かるけど?」


 どうやらあの手紙には触った者の魔力がほんの少しだけ吸い取られる機能があるらしい。魔力認証機能とでも言うのだろうか。便利だ、と素直に思う。


 早速オイヴァが詠唱を始める。すると、見覚えのある封筒と便せんが現れた。とはいえ、便せんの一部は破り取られ、おまけに破り取った部分はびりびりに引き裂かれている。最後の部分だから署名だろう。


「証拠隠滅に破ったのか。愚かな……」


 オイヴァが怒りを込めてそうつぶやく。そして破れた紙に魔力を注いだ。あっという間に便せんは元の形を取り戻す。魔法というのはすごい。


 確認しろ、と手渡される。まず、署名をチェックした。そこにはきちんと『ヴェーアル王国 第一王子にして王太子 オイヴァ・ヴェーアル』と記されていた。


 四ヶ月前はこれが読めなかったのだ。その時の事を思い出し、しみじみとなっていると、オイヴァが不思議そうな顔をする。隠す必要はないので正直に話した。


「今なら読めるんだな?」

「はい」

「きちんとお勉強をしているようで何より」


 また頭を撫でられた。オイヴァは頭を撫でるのが好きらしい。


 手紙の内容は簡単な事だった。魔術特化型の勇者が王城に侵入しようとしている。至急対策をし、出来るなら尋問もしておくように、というものだ。


 分かっていたが、悪意が強すぎる。それほどあの時の麗佳は怪しく見えたのだろうか。

 まあ、今はそんな事は問題ない。


 オイヴァに手紙を返すと、続けて新しい詠唱が始まる。すぐに複雑そうな文字が目の前に現れた。オイヴァが一言呪文を唱えると、それは日本語に変わる。


 出た名前は予想通りのものだった。プロテルス公爵令嬢、その一番の取り巻きの一人である伯爵令嬢、そしてオイヴァと麗佳だ。


 オイヴァはそれを見ながら冷たく黒い笑みを浮かべる。


「これを証拠に厳重注意くらいは出来そうだな」


 麗佳もそう思う。これでプロテルス公爵家を潰す事は出来ない。でも、少しだけ力を削げそうだ。


「それにしても、私、しっかりと魔王陛下に操られてたんだね」


 ぽつりとつぶやくとオイヴァが訝しげな顔をした。


「だって、パウリナに命じて私が調査に動くようにしたんでしょ?」


 そう指摘すると何故か首を横に振られる。


「そこまではしていない。お前が何かの調査を始めたら邪魔をしない事、私にもきちんと報告をする事は命じたが」


 どういう事だろう。オイヴァは手紙がリアナに渡っていない事など考えてもいなかったのだろうかと不安になる。オイヴァの答えは『その通り』だった。


 王族宛の手紙を勝手に開封し、おまけに内容をきちんと伝えない事は立派な罪になる。だからこそ、そんな事をする愚か者がいるとは考えてもみなかったのだそうだ。


「それにしても……手紙の事もそうだけど、勝手な婚姻話とかもあったみたいだし、あの家の魔族達は王族への忠誠心はないの?」

「ヴィシュと組んでいるらしい公爵家に忠誠心もクソもあるものか」


 オイヴァの口からとんでもない言葉が出て来た。

 そういえば、麗佳は前に、先代と間者について少し話した事がある。その間者がプロテルス公爵なのだろうか。


「いずれ突き止めて潰すから問題はない」


 オイヴァは気にしていないように見える。悔しくはないのだろうか。


 でも、そんな事をして、彼らにどういうメリットがあるのかはさっぱり分からない。


「おおかた、ヴィシュと組んでヴェーアル家を滅ぼしてから、新魔王家を名乗って親ヴィシュの同盟でも組むつもりなんだろう。それで勇者はいなくなるし、自分は王になれる。そういう事だ」

「あの俺様王がそんなの守るとは思えないけど」

「ああ。私も同意見だ」


 ものすごい問題のある家だ。ここは間違いなく対策しておいた方がいい。オイヴァも同意見のようで強くうなずく。


「さあ、今日はもう気分の悪い公爵の話はやめにしよう」


 オイヴァは、ぱんっ、と手を叩いて話を切り上げた。つまりプチ会議は終了という事だ。


「じゃあ今日は午後いっぱい一緒に過ごそうか、レイカ。授業もお休みにしてあげるから」

「え?」


 思いがけない言葉につい面食らう。


「え? じゃない。さっき歩み寄るって言っただろ? 私はまだあまりお前の元の世界での生活の事を聞いていない。お前の趣味すら知らないんだよ」


 そういえばそうだ。そして同様に麗佳もオイヴァの事を知らない。それで仲良くなれるわけがないのだ。


「だから思いっきりお喋りしよう。分かったな、レイカ」


 麗佳は黙って首を縦に一つ振った。

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