第16話 捕われ(?)の勇者
頭の中に何かもやがかかっている気がする。『どうして!?』と心のどこかが悲鳴を上げている。
どうして魔王が死ななくてはいけなかったのだろう? どうして自分は魔王を助けられなかったのだろう。どうして誤解されたオイヴァに攻撃されなければいけないのだろう。どうして自分ばかりがこんな重荷を背負わなければならないのだろう。どうして自分はこの世界に召喚なんかされてしまったのだろう。
もう目覚めたくなんかない。もう楽になってしまいたい。麗佳にはもう耐えられない。
それでも意識は少しずつ覚醒してくる。麗佳は思い切って目を開けた。
最初に目に入ったのは周りを囲っている布だった。そして頭の下に枕らしきものがある。
これは『天蓋付きベッド』というやつだろうか。そういえば布団も妙にふかふかしている。おまけに麗佳はオシャレなネグリジェを着せられていた。
何故自分がこんな夢のような寝台で眠っているのだろう。本当に夢でも見ているのだろうか。
確か、自分は死んで行く魔王を助けられなくて、その罪でオイヴァに攻撃を受けたはずだ。
だとしたら、ここはあの世だろうか。自分はあの攻撃で死んでしまったのだろうか。それにしては天蓋ベッドなど現実的な物がある。だったら麗佳は生きているのだろうか。
それにしても少しずつ気分がスッキリして来ているのはどうしてだろう。心はまだ悲鳴を上げているのに、その苦しさも何かが優しく受け止める。『大丈夫だ』と言われている気がする。これはどういう事だろう。何かの魔術か魔法だろうか。
カーテンから部屋の中を覗き込んでさらに瞠目してしまう。そこにはベッドに負けず劣らず豪華な部屋が広がっていた。
この待遇は何だろう。麗佳はそんな豪華なもてなしを受けるような事はしていない。結局、魔王の事は助けられなかったし、オイヴァも相当怒っているだろう。
一瞬、自分はもう『加藤麗佳』ではないのだろうかと考える。もちろんすぐに否定した。そんなラノベみたいな事が起こるはずがない。
そう考えていた麗佳は『勇者召喚』というのも十分『ラノベっぽい』という事を失念していた。
とりあえず、この部屋を見て回る事にしようと決める。そうすればこの部屋に自分がいる理由も分かるかもしれない。そう麗佳は考えた。
起き上がってベッドから出るとドアの向こうで何か物音がする。見張りだろうか。
緊張で体を固くしていると、ドアがノックされる。
「はい」
反射的に返事をする。すぐにドアが開いて見知った女性が入って来た。それが誰か気づいて麗佳は目をぱちくりさせる
「……パウリナさん?」
『お久しぶりでございます、レイカ様』
つい声をかけてしまう。だが、パウリナの口から出た言葉は麗佳の知らない言語だった。魔族の言葉だろうか。
パウリナがいる、という事はここはまだヴェーアル王国なのだ。こんな豪華な部屋があるという事はまだ魔王城にいるのだろうか。
だとしたらやはり待遇がおかしい。『勇者』である麗佳が、それも魔王を助けられなかった麗佳が、こんな豪勢な部屋に泊まらせてもらえるはずがないのだ。
確認したいが、言葉が通じない。そこで自分がまだ通訳魔術を使っていない事を思い出した。使えば彼女が何を言っているか分かるだろう。
だが、麗佳の魔力が動かない。何度試してみても同じだった。
「……どういう事?」
思わずひとりごちる。パウリナがすまなそうな顔をしている。
『申し訳ございません、レイカ様。魔王陛下が魔法でレイカ様の魔力を封じているのです』
またパウリナの口から知らない言語が出て来た。かろうじて自分の名前が呼ばれたのは分かる。だが、それ以上は分からない。
困っていると、パウリナが身振りで教えてくれる。何度もいろんなジェスチャーを見せてもらってやっと意味がわかった。どうやら『オイヴァ』が『レイカ』の『力』を『閉じ込めた』らしい。つまり『麗佳の魔力はオイヴァによって封印されている』のだろう。
「オイヴァ様は、私に対して、怒って、いるんですか?」
麗佳もジェスチャー 混じりで話しかける。パウリナは首を振った。
『いいえ。ただ、オイヴァ様は、レイカ様が、つけあがらないようにしろと、安易に、通訳魔法を使う事を、禁じた、のです』
どうやら『オイヴァが麗佳が必要以上に喜ぶのを良しとしないで、言葉を通じないようにしている』らしい。不便な状況で慣れろという事だろうか。
「……やっぱ怒ってるじゃない」
ついつぶやく。パウリナが不思議そうな顔をした。何でもない、と日本語で返しながら首と手を振る。
怒って当然だ。父親の死はオイヴァにとってとんでもない事だろう。それを防げなかった麗佳は相当怨まれているはずだ。
そう考え、魔王の姿を思い出す。守ろうとした人間に裏切られた可哀想な魔王。死の床にいても、他人の事ばかり考えているお人好しの魔王。最期にこの国の事を麗佳に託して逝った魔王。麗佳の命の恩人の一人。
なのに、麗佳は彼の命を救う事が出来なかったのだ。
自然に涙がこぼれる。
「魔王様……」
一度その言葉を口にした途端、涙が堰を切ったように溢れてくる。口からは『魔王様』以外出て来ない。今の麗佳自身、それ以外の言葉は必要としていない。
パウリナがそっと頭を撫でてくれる。麗佳はずっとパウリナにすがって泣き続けた。
***
リアナ王女が麗佳の部屋を尋ねて来たのは次の日の事だった。
「久しぶりね、レイカ」
言葉が通じないのは困るので、パウリナに魔族語の基本的な挨拶を教えてもらっていると、日本語が聞こえて来た。驚いて顔を上げると、上品な黒いドレスと白い宝石のついたネックレスに身を包んだ『王女様』が立っている。
「え、えーっと?」
「魔王陛下の命令で、あなたに伝言があってまいりましたの。私がいる間は言葉が通じるわ。安心して頂戴ね」
『魔王陛下』と聞いて、真実が分かっているのに目が勝手に期待に輝く。リアナはそんな麗佳を寂しそうに見つめた。
「いえ、あの……兄上が……」
「あ……」
気を使わせてしまったと分かる。麗佳はすぐに謝った。リアナは小さく微笑んで『いいのよ』と返してくれた。
態度がどこか軟化しているように見えるのは、麗佳が魔王を殺さなかったからだろうか。
「でも、どうしてリアナ様が?」
「どういう意味かしら?」
リアナもこれには気分を害したらしい。きつい目で睨まれる。ただ、敵意はないようだ。
「リアナ様は王女様ですよね? そして今の魔王様の妹さんなんですよね?」
「そうよ! だから兄上は一番信用しているあたくしに命じたんでしょう? 何を当たり前の事を言ってるの? あなた馬鹿なんじゃないの?」
それで麗佳は理解した。当たり前だが、魔王城の魔族達はまだ麗佳の事を信用していないのだろう。
そのリアナは『あたくし』という言葉遣いをパウリナに注意されていた。どうやら子供っぽく聞こえるらしい。日本語で聞くぶんには違和感はないので麗佳にはよくわからない。
ついでに麗佳に『馬鹿』と言った事も叱られている。リアナはつんとそっぽを向いて聞こえないふりをしている。その態度もパウリナを怒らせる。
「王妹殿下! 反省しないようなら、陛下にご報告いたしますよ!」
「え? そんなの嫌よ!」
兄上には言わないで、と慌てる姿がかわいらしい。そう考えてから、年上の女性に対してそんな事を思うのは失礼かもしれない、と思い直す。
そのリアナの必死の願いはあっさりと打ち壊されている。どうやらオイヴァはこの部屋でのやり取りを聞いているらしい。当然彼女の『あたくし』も聞かれているだろう。
念には念を入れるタイプのオイヴァらしいといえばそうなのだが、なんだか盗聴器をつけられているような気がして気分はよくない。でも、麗佳はいわゆる『捕虜』だ。仕方がないだろう。
そこまで考え、そういえば昨日、先代の魔王の事で号泣してしまった事を思い出す。あれを聞かれていたのだとしたら恥ずかしい。
突然考え込んだり、慌てだしたりする麗佳が怪しく見えたのだろう。リアナが訝しげな目で見てくる。
だから理由は伏せた上で、昨日泣いてしまった事を聞かれたと気づいて恥ずかしいのだ、と説明すると、パウリナがくすくすと笑った。
「問題はありませんよ。あれで警戒を解く事はあっても気分は害されないでしょう」
「でも恥ずかしいんです」
「そんな事を言っていると、陛下に笑われますよ。このやり取りもきっと聞いていらっしゃるんですから」
それは分かっているのだが、恥ずかしいものは恥ずかしい。うつむいているとまたパウリナはおかしそうに笑った。
「あ、そうそう。兄上で思い出したわ」
リアナが唐突に話を変える。というかこれが本題らしい。
「明日か明後日あたりの都合のいい時間に兄上からお茶のお誘いがあるのだけど、いつがいいかしら?」
「お茶……ですか?」
「くつろいだ状態でお話がしたいんですって。最初は昼食を考えてたみたいだけど、側近に止められていたのよ」
よく分からない。どこの世界に『捕虜』とのんびりお茶をする王がいるのだろう。
ただ、麗佳に拒否権はない。結局、次の日の午後のお茶をオイヴァと一緒にする事で話がまとまった。
「じゃあ、用事が終わったから行くわね」
「待ってください、リアナ様」
慌てて呼び止める。まだ大事な事を聞いていない。
リアナは困った顔で振り向いた。
「何かしら? あなたのお仲間の事だったら言えないのだけど」
先回りされて否定されてしまった。きっと予測した上で口止めをされているのだろう。オイヴァはそういう所が抜け目ない。
明日は何としてもオイヴァに聞かなければいけない。ただ、ハンニとは反目しているようなので不安だ。
それを聞き出すためには礼儀をきちんとしなければいけない。
リアナが出て行った直後に、麗佳がパウリナに『国王への挨拶の仕方』を教えて欲しいと詰め寄ったのは言うまでもないだろう。
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