第31話(真帆編 梅の宿編)


 パチンパチンと、目の前で音が鳴る。

 とても天気の良い休日の真っ昼間。部屋の中にいる。

 何をしているかというと、マウス片手にパソコンとにらめっこしている。

 家の用事は予想以上に早く終わった。お婆ちゃんのお見舞いもその後のことも午前中で全て終わった。

 それから少し早目のお昼を家族で食べて帰宅。もう用事はないから後は自由だとお父さんから言われ、私と弟は解放されたのであった。

 弟はすぐに友達へ電話すると、ゲームのコントローラー片手に慌しく出掛けて行った。

 私は特になにもやることがない。

 だからこうして部屋にいる。引きこもって、外気をシャットダウンするかのごとく部屋中のドアと窓を閉め切って、パソコンの前でじーっとしてる。

 ――でも、私の視界に映るのは画面だけではなかった。

 どういうわけか、視界の端に映る窓の向こうがチラチラと入ってくる。パソコンを載せた机が窓側に配置されたのはもう三年くらい前。それから今日にいたるまでそんなことは一度もなかったというのに、なぜか今日はその青空がチラチラと私に主張してくるのだ。

 その青い一角に雲は一つも通らない。午前に見上げた快晴の空が午後も引き継いでいるようだ。

 ……つまり絶好のイベント日和。梅の宿はさぞ綺麗な花を見せているだろう。

「……」

 そして今度はチラッと画面の右下を見る。

 小さくデジタルに表示される現在時刻。それを見てはぁーっとなる。

「集中できてない」

 そう自分に言ってからパソコンの音量を上げる。音が足りないからだと理由をつけた。

 スピーカーから流れてくる祭囃子まつりばやしみたいなポンポコポコポコポン、ピーヒャラピーがだいぶ大きくなる。

 そこにカチコチとマウスのクリック音をお邪魔させ、ぐっと画面中央を凝視する。

 画面に映し出されているのは雀卓で、その上をサッ、ササッと牌を置く人の手や猫の手が流れていく。


『ポンなの』


 画面の中で赤いベレー帽を被る女の子がそうつぶやく。私の操作で動いた彼女が私の代わりに画面の中で言ってくれている。

「ポンなの」と、私も真似してみる。けれど画面の中の女の子と違ってやる気なさそうな声が出た。


『チー』


 続けてお隣の和傘を肩に掛けた妖艶な和服美女が鳴く。

 それからパチリ、パチリと牌が置かれて私のターン。倣うようにパチリと音を立ててチーピンを置く。

 その瞬間――。


『ロン』

『ロン』

『ロン』


「でぅぅぅうぇぇぇーいぃぃぃ!!」

 変な声が出てバタンと机の上に勢い良く突っ伏す。ガタッとマウスが落ちた。

「ト、トリロン……」

 ドバーンとリザルト画面が表示される音が頭の上で鳴る。

 それからこっちの心的ダメージなど知らんわといった風に集計する際のチロチロ音が鳴り始める。私の身ぐるみを全て剝がすこの音が部屋中に反響するのをうな垂れながら聞く羽目となった。

 チーンと鳴って、部屋がシーンとなる。

 ……受け入れよ。

 そう自分に言って最終結果を見るためにおそるおそる顔を上げる。

 画面に映し出された現実。

 おそろしい結果。

 二度見してから「ぬあー!」っと愛海みたいな声を出して頭を抱えた。

「もーやめよ! だめだこれは!」

 さっきから普段以上にろくでもない結果が起こってる。ランクダウンしてすごくいらない称号を貰った私のステータス画面から逃げるようにログアウトした。

 気を紛らわそうと始めたわけだけど、逆に泣きたくなることばかり起こる。スタートから集中力が散漫してたのはわかっていたとはいえ、まさかここまで落ちてしまうとは……。

 別に上級者ってわけではない実力だけどそれでも無心のままやり続けるべきではなかった。いつもの私だったらたとえボロ負けしても集中してやった結果ならいーやと思えるのに、まさかこんなに陰鬱にはなるとは……。

 はぁーっと、ため息をつきながらパソコンの電源を切る。

 気分変えてネットサーフィンしようか一瞬思ったけどやめた。なんか変なもの買っちゃいそうでこわいからやめる。

 それから何をしたかというと何もしてない。

 机から離れることもせず、椅子の背もたれに体を預けたまま、首だけ俯くというか項垂れる姿勢でいた。

 これでボケーっとできたらどんなにいいか

 落ち着かない。

 頭の中が無心にならない。部屋の中はシーンとしているのに、全然何もかもを忘れるようにボケーっとすることができない。

 顔を少し上げて真っ暗な画面をじーっと眺める。

 そして気づいた。暗い画面に薄く映る自分は表情からも落ち着きがない。体の中にあるじっとできないものが暴れて、顔に滲み出てしまっている。

 ……朝からずっとこれだ。

 おばあちゃんのお見舞いへ行ったときも、家の用事中も鏡や窓に映った自分はこんな顔をしていた。

 椅子をくるっと回し、顔を上げる。壁に掛けてある時計を見た。

「……」

 ――これで何度目かな。

 現在時刻を確認する回数は両手の指で数えられないほどになっていた。昨日まではカレンダーで今日は時刻。

 はぁーっとため息を吐く。


 ――行かないって言ったんじゃん。


 いいかげんにしろと心の中の自分に向かって言う。

 でもそう自分に言い聞かせても、それではいそうですかと自分は納得してくれない。おそらく夜までこれを何度もやるのだろう。


『――気が向いたら連絡してくれよ』


 そう言っていた郁美を思い出す。

 いかないと言った私の招待状を愛海に回しても彼女はそう言ってくれた。

 おいしいお肉もいっぱい食べられる。だから気軽に来いとか言っていた彼女。まるで今の私の心情を読んでいたかのようだ。

 今日一日。いや、午後六時を過ぎればもう間に合わない。

 そうなればもう諦められるはず……。

 それまで別のことをして過ごそうとベッドに転がる。

「………………」

 それから小一時間。部屋で無意味に過ごした。

 眠気もない。疲れてもいない。ただモヤモヤとした一時間は過ぎるのがとても長かった。

 とうとう堪えられなくなって、むくりと起き上がる。

 ――外に出よう。

 インドア体質なせいか、つい部屋で過ごそうと考えてしまう。天気良いのだから気晴らしに街中でも散策してこよう。

 というわけで家を出た。



 そしていつの間にか映画館の前にいる。

 入り口前にはレディースデイと書かれた看板が置いてあるここは休日祝日をレディースデイにしているおかげで女性からの支持が熱いというのをnoozok《ノーゾク》レビューで見たのを思い出す。

 ――でも今日は行かない。

 モヤモヤするからそれを晴らすための散策だ。じっと何かに集中する系はやめておく。たぶん頭の中に入らない。

 ということでここから離れ、ゲームセンターもやめてふらふらと右へ左へと当てもなく歩いていく。

 少しすると、郁美の言っていた新規オープンのお店を思い出した。

 ――確か映画館近くって言ってたな。

 足を止めてスマホを開く。ラインを開いて郁美とのトーク履歴からお店の名前を探し出してnoozokuアプリで検索。noozokuマップに切り替えると歩いて五分もしないところにあった。

 ――暇だし覗こう。

 一人で入る気にはなれないけど、どんな雰囲気かは見てみたい。

 というわけで方向転換して歩き出す。

 するとすぐ手前を歩く女の人の背中に目がいく。隣のお友達らしき人と比べてわかるけどかなり背の高い人がいた。

 広い背中だな――ってあれ陽菜じゃん。

 よく見るとお隣は綾だ。

 そして思い出す。金曜ぐらいに学校で二人から今日街へ遊びに行こうと誘ってくれたのだった。そのときは無理だったから断って、他のみんなも無理だったことから、二人だけで遊んでいるようだ。

 気づかれないように息を殺しながら近づき二人の様子を見てみる。方向からもしやと思っていた予想は当たる。二人が足を止めた先は私と同じ目的地。

 ――声掛けよーっと。

 二人と一緒にいればこのモヤモヤも晴れるだろうと思った。

 見ててお邪魔な雰囲気でもない。だから二人の肩を一斉に叩いてみた。

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