第24話(愛海編)
日曜の午前5:30。
「ぬあーーっ!」と歓喜の声が出る。
「うるへー」と、私の声とは正反対のうんざりボイスが隣から飛んでくる。
早朝から私は両手を上げたガッツポーズ。その隣で砂羽さんはぐびぐび野菜ジュース。
どこにいるかは言うまでもない。
でもなんで喜んでいるかは言っておこう。
たった今、因縁のスプラッタンハウスを終わらせたのだ。私の手腕でエリックをヒロインのいるところまで無事に運び切った。
「最高難易度を攻略サイト攻略動画一切見なかったぞ! どうだみたか!」
パチパチパチと横から拍手。からの「はやく帰れ」と冷たい声。
「おっし! 帰ります!」
祝福されてない拍手だったが私のテンションはそれぐらいで下がることはない。嬉しいものは嬉しい。例え外がUFOの襲来で戦場になっていたとしてもこの嬉しさは消えることはない。
「閉めるぞー」とジュースの缶を捨てた砂羽さんが体を伸ばしながら立ち上がる。
そして「手伝え」と言われた私に拒否権はない。へーいと返事して掃除用具入れからほうきをとってその辺を掃いていく。
「ふわわわー」
作業中ほわほわと砂羽さんが何度かあくびを飛ばす。それを聞く度に横目でチラチラと彼女の様子を盗み見る。
――今日は大丈夫そう。
そう決断する。弟の雄二さんから泥酔してるか眠気でフラフラしてるようならすぐに連絡してくれと頼まれているのだ。
過去に二回。砂羽さんはここから自宅へ帰る途中の田んぼに落っこちて怪我をしたことがある。一回目は泥酔状態で歩いて突っ込み。二回目は眠気に襲われ乗っていた自転車ごとダイブしたらしい。
二回とも大怪我ではなかったとはいえ、雄二さんはかなり心配している。見た目は強面だけど砂羽さんと違って姉想いで優しい人だ。
「愛海。これ外に出しといて」
それに比べてこの人は……。
人使い荒いし怖いしめんどくさいしで弟さんとは正反対だ。
「よし。帰るぞ」
「はーい」
一通り終わったので二人で店を閉めて外に出る。帰り道は完全逆方向なので店の前でお別れとなる。
「愛海――」
そしてバイバイしたかと思いきや呼び止められた。
「――志穂と何があったかわかんねーけど。ケンカなら早く仲直りしろよ」
「……うす」
ケンカではないんだけどなぁと思いながらも、そういうことにして砂羽さんと別れてトコトコと田んぼだらけの道を歩いて行く。
さっき店に志穂がやって来た。
おそらく配達終わりに私がいるかどうかを確認しにきたのだろう。店内の雑音のせいでバイクの音には気づかなかったけど、私には志穂が近くにいる場合に気づける特殊能力がある。背中がザワザワしてなんかこう前髪がビビッとくるというかなんというか(ただし、何かに集中しているときにはその能力は発揮されない)。
さっきはゲームする前だったので気づけた。そして砂羽さんが「お、志穂が来た」と言ったのですぐに身を隠した。
「――あれ? 珍しいですね」
店内に入ってきた志穂は砂羽さんを見てそう言った。こんな時間に砂羽さん一人なのだから当然と言えば当然だ。そして私がいるんじゃないかとキョロキョロしているのを物陰からドキドキしながら見ていた私は随分前に志穂と一緒に観たゾンビ映画を思い出していた。
追って来るゾンビを息を殺してやり過ごそうとするのはこんな心境なのかと思うと心臓音は勢いを増す。
「あたししかいないぞ」
身を隠す私の心中を察して砂羽さんがフォローしてくれたおかげでその場はなんとかなった。志穂ゾンビは自販機でホットココアだけ買うとすぐに店を出て行く。それからたぶんバス停の方へ向かった。
「なんで隠れたんだよ」
砂羽さんからそう言われるのを「いや、ちょっと……」と濁すだけで済ませた。ため息をつかれたが砂羽さんはそれ以上何も追求しなかった。してくれなくて助かる。真実を伝えるのはちょっとっていうか、なかなか出せることではない。
衝撃的な出来事が一昨日あったのだ……。
「……」
ああ……ほんと、どうしようかな。
トコトコ歩きながら一昨日のペロンモールでの出来事を振り返る。
全く気づかなかった志穂の気持ちにようやく気づいた。
別れた後は一切の連絡をしていない――っていうかできない。梅の宿の招待状ないのにどうやって夜に行くんだよとかツッコミたかったけど、できずに今日まで引き延ばしていた。
引き延ばして何をしていたかというとずっと過去を振り返っていた。
いつからあいつ私のこと好きになったんだろうってなことを考えてた。
あのときか? それともあのときか? 等と散々探ってはいたものの、どのタイミングかは結局わからなかった。
――当たり前か。
そうだ当たり前だ。そんなもんわかるわけない。
人の恋した瞬間なんて、恋された側がわかるわけないのだ。
わかるわけのないことをわかろうとしていた。
そうじゃなくて志穂の事を本気で考えてやらなければならないのに何をしているのだろうか。どうにもペロンモールでの一件が私の頭にエラーを起こして正常に機能できなくさせている。
いいかげんにしなければと首を左右にコキコキ振る。
気分転換にやったスプラッタンハウスのおかげで頭は冷静さを取り戻しつつある。さあて、これからのことを帰り着くまでちょっと考えてみるかと火照った頬を両手でパンパンと叩く。
あと二週間ぐらいで私は志穂に告白される。
どうするか。なんて答えるか。
まずはイエスかノーのどっちかだけど、正直わからない。
わかることといえば嫌ではないということ。
でもそれは小さい頃からずっと一緒にいたから、好きと言われることに抵抗がないだけなのかもしれない。
じゃあ例えば――付き合ったとして志穂と手を繋いで歩くのはどうだろうか?
「……」
妄想してみたが全然抵抗はない。
今までに志穂と手繋いで街を歩いたことはなかったけど、これからそれができるかというと余裕でできる。
『じゃあその後は?』
急に心の中でもう一人の自分に尋ねられた。その後?
『そう。その後だよ』
あーなるほど。その後つまり……チュッチュするのはどうかってことだよね。
『そうそう』
うーむ……。
「……」
というわけで妄想してみた。
『志穂。チュッチュするぞー』
『いいよ』
『はーいチュッチュ。ムチュー』
『チュッチュチュッチュー……チュッチュ!』
自分で妄想しといてなんだが殴りたくなるぐらいあり得ない会話だな。おまけに最後がこの前お父さんがお土産に買ってきてくれた静岡名物のCMみたいになったし。
でも妄想の中でやっている行為は嫌だとは思わなかった。むしろ全然へーき。緊張くらいはするとは思うけど抵抗は一切ない。
じゃあ志穂のこと好きなの? って尋ねられれば好きだけど、その好きではないような気はする。
……じゃあ断るしかないのかな?
恋愛的な意味で好きじゃなければ断った方がいいのか。本気で相手のこと好きじゃないとやっぱダメだよね……。
「……」
そう思っているとなぜか周囲の音が聞こえなくなってくる。
頭の中もからっぽになった。
シーンとしたまましばらくして、告白を断った後のことを考えていた。
「あ、なんかヤだ」
一瞬でやめた。そしてなんでかよくわからんけど気分悪くなってくる。あまり眠れなかったからか。
とりあえず家に着いたのでひと眠りすることにした。後のことは起きた後に考える。
そして眠ってからの数時間後。唐突にスマホが音を鳴らした。
「んー?」
うっすらと目を開け、夢か現実どっちだろうと思いながらもぼんやりした視界でスマホを開く。誰だろー綾かなとか思ったら志穂だった。
画面を見てガバッと起き上がる。薄い水を貼ったような視界は一発で晴れていつの間にか正座になっていた。
『ちょっとでいいから今日会えない?』
しまった。うっかり既読つけちゃった……。
まさかこんな時刻に志穂から連絡がくるとは思わなかった。今日は配達があったはずなのに10時前とは随分早起きだなーおい。
そんなことよりどうする。マズイマズイマズイマズイマズイよー。
――どうする?
→たたかう
にげる
どうぐ
まほう
まほうってなんだよと思いながらとりあえずにげるを選択。
逃げてどうするって感じだけど、今はすげー顔合わせづらい。できればちょっとインターバルが欲しい。
よし。ちょっと用事があってすぐには会えないってことにしよう。
でもやつのことだから一分でいいからとか言って急に家にやって来るかもしれない。念には念を入れて出掛けることにする。
ってなわけで大慌てで準備し急いで出掛けていった。お母さんに掴まりそうになったがなんとか逃げ切る。
そうして移動しながら心の中で志穂に謝る。
ごめん志穂。ちょっとだけ心の準備させて。
今はその……昔ケンカしたとき以上に顔を合わせづらいんだ。
「――お? 日曜に来るなんて珍しいな」
というわけで本日二度目の砂羽さんと顔を合わせる。バッティングセンターに志穂が来ることはほぼないのでここになった。
「ちょっと打ちたい気分なんで……」
完全な嘘をついて80キロコーナーへ向かう。まあとりあえずやるかとワンコインだけやってみることにした。やらないで帰ると砂羽さん怒るし。
――っていうかなんでやらないとキレるんだろ。
完全脅迫だよな。よく商売続けられるなーとか決して本人に向かって言えないことを思いながらバットを振るって一球ずつ打っていく。
結果はそこまで悪くはなかった。しばらくやってなかったせいか当たりはあまりよくないものが多かったけど、一球だけホームランは出せた。
思ったよりも悪くない自分の出来栄えと軽い運動に少し気分がスッキリしてくる。寒いけど今日の天気が悪くないのも気分を晴らせてくれたようだ。
外に出て正解。今なら志穂にも余裕な顔して会えそうな気がする。
――って思ってたところで体がヤツの気配を察知した。続けて聞き覚えのあるバイク音を耳にする。ドキリと心臓が動いたのを合図にスーパーダッシュで砂羽さんのいる部屋(砂羽さんが事務所と呼んでいる場所)へ退避した。
「……だからなにやってんの」
「あと頼みます」と一言だけ伝え裏口から出て行く。案の定駐輪場に白いクロスカブがあるのを発見した。あっぶねー。
――やっぱもうちょっとだけ時間ちょうだい志穂!
というわけで今度は映画館へ逃げていく。
時間的にお腹も空いてくる頃だしなんか食べながら映画でも見ることにした(この際一人映画でも気にしない)
一応キョロキョロと周囲を確認。まさかここまで来るなんてことはないとは思うものの念のため。なんせやつの脳味噌は私には理解不能なのだ。いきなりここへ現れて『あれー? なにやってんの?』なんて言われてもおかしくはない。
安全を確保し、さて何を観るかなと映画のラインナップを順に見ていく。
これから一番早く始まるのは『巣立としまうま』か。
放映開始まであと10分ぐらいだし観たいと思ってたやつだから丁度いい。これにしよう。
そして小腹対策にチェロスを買ってしまおうと売店の列に並んだときだった。
「あれー? なにやってんの?」
ドキリと心臓が跳ねた。
まじか! と思いながらギギギと音を立ててゆっくり後ろを振り返る。
そこにいたのは――。
「――あ、綾?」
まさかの綾登場。偶に志穂の真似することあるのは知ってたけどなぜこんなときに……。
「おー愛海だー」とその隣に立つ陽菜。のんびりした彼女の声をもらいながら志穂はいないなと周囲を確認――いない。いないなよし。二人だけだよし。
あーびっくりしたと二人の前でホッと息を吐く。
今日だけで寿命が大分縮んだ気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます