第39話(陽菜編)後編
片付けも終わり時間も時間なのでお開きとなった。志穂はバイクで、アタシは真帆のおじさんの車で送ってもらうことになった。正直歩いて帰れるほどの距離なんだけど、みんなからそうしろと説得されたのでそうさせてもらった。
「――うわ、今日冷えるね」
玄関から一番に出た真帆が肩を震わせる。
「ほんとだ。昼と全然違う」
買い出しに行ったときなんか少し暑いぐらいだったのに、今は風が吹いているせいもあって結構寒い。
「早朝と夜はもう冬並みだよ」と志穂が上着を着込む。
「これからの時期は配達大変じゃない?」と真帆。
「そうでもないよ。配達中は体動かすからそこまで寒くないし。天気良いと流れ星とか見えるから私的には楽しい」
そう言って志穂が顔を上げ、みんなそれに釣られる。
「――お」
澄んだ空気の上。夜の中には満月でも半月とも言えない中途半端な形をした月が浮かんでいた。
「……」
形は悪いけど、綺麗な光を放つそれに少し見惚れる。風が強いせいか脇にある雲の流れが早い。でも月はそれに付き合わず夜空をのんびりと漂っている。それがいいと思った。
月を見るのは久々な気がした。志穂が言わなければ今日も気づかずに家に帰っていたかもしれない。
そうしていると車の走る音が聴こえてくる。「きたっぽい」と真帆が門の方を見る。一台の車が家の前で停止した。
「じゃあ帰りますか」と、志穂がバイクに跨る。綾と愛海とはここでさよならだ。
「愛海。夜更かししないようにね」
バイクのエンジン音が閑静な住宅街によく響く。
「わかってるって。帰り道気をつけてよ」
「うん。じゃあね綾」
「志穂。今日はありがとう」
綾に向かって微笑んだ志穂がヘルメットのカバーを下ろして振り返る。車に乗り込んだ私達に軽く手を振ると、バイクを走らせた彼女はすぐに消えてしまった。
「それじゃあね」
アタシ達も二人に手を振ってその場を後にする。二人供私達の乗った車が完全に見えなくなるまで見送っていた。
「……」
綾の家から離れても、車の中でアタシは追うように綾の顔を振り返っていた。
綾のおじさんが今日仕事でいないせいだろうか。
大丈夫かなと彼女を心配して、いやいや愛海いるじゃんと自分につっこむ。
――心配し過ぎ。
大丈夫だからと、そう自分に言い聞かせた。
真帆のおじさんにお礼を言って、今度はアタシが車を見送る。
そして車が見えなくなったタイミングだった。スマホがヒューイと鳴る。
『綾のこと心配?』
覗き込んだ画面にそう表示される。鳴らせたのは真帆だった。
「……」
少し考えたけど、正直にいこうと『顔に出てた?』と返信。
『私にはそうみえた』
『違った?』
『今日はおじさんがいない日だから』
『うん』
『愛海だけで平気かなって思って』
『心配し過ぎた(笑)』
『なんだそっちか』
『へ』
『なんの心配だと?』
『愛海が綾の寝込みを襲う心配』
「ぶっ!」と一人吹き出す。一瞬だけ想像して顔が赤くなる。
慌てて周囲を確認する――よし、誰もいないなよし。
『アハハ♪』
『アホか!』
『その心配じゃない!』
『冗談冗談(笑)』
『そんな心配少しもしたことないって』
『だよねー』
『ってか真帆って下ネタ言うんだなーいがい』
『言うよー』
『郁美とはハードなこと話すよ』
『え』
『そうなの?』
『ヨゆーで』
『SMとか?』
『SMとか♪』
絶対嘘だと思いながら家へ戻ろうとする。でもそれを止めるようにまた真帆がスマホを鳴らした。
『綾少し明るくなった』
『陽菜と愛海のおかげだね』
『はずれ』
『アタシじゃなくて志穂だよ』
『そうなの?』
『この前志穂と綾が二人で一緒に帰ったんだ』
『詳しくは知らないけど』
『そのときに志穂が何かしてくれたんだと思う』
『だから今日があったんじゃないかな』
『へー』
『絶対陽菜かと思ったのに』
『いやいや、そんなんじゃないよアタシは』
『なーんもできてないから』
二人が一緒に帰ったことしかアタシは知らない。
そのときどんな会話を交わしたかはわからない。
でも、そのときに志穂が綾の背中を押す何かを言ってくれたんだと思う。
だから綾は動いたんだ。
……アタシは。
アタシはただ傍にいるだけだ。それだけしかしてやれることがない。
何をしてやればいいか。どうすればいいのか。
それがわからなくて、呆然としてしまうことが多い。
ずっと綾の傍にいるというのに。
情けないくらい動けない。
「……」
今夜は愛海が綾の傍にいてくれる。
だからアタシの心配はいらないし、いつも伝えるおやすみを送る必要もない。
アタシの代わりに愛海がしてくれる。
だからいいんだと、そう思っているとまたスマホが鳴る。急に大きく聴こえたせいか少しびっくりする。
のぞき込んだ画面に『陽菜ー』と表示された。
『いいかげんさ』と一文が送られた後、ポンポンと彼女からのお叱りラインが届く。
『自分が何もできてないって思うのやめな』
『そういうのも顔に出てる』
『陽菜のそういうところ嫌いだな』
全部見終えた後で「しまった……」とひとり言が出る。
うっかり弱音を吐いていた。
なにやってんだアタシと『ごめん』とまずは謝る。それでも真帆は止まらない。
『あのね陽菜』とお叱りは続いた。
『陽菜より綾のこと大事に想って行動してる人なんていないからね』
その後にスタンプが送られてくる。腕を組んで鼻息を鳴らす犬のスタンプだった。
「……」
少しの間、時が止まったようにじっと見ていた。
そしてようやく動けるようになると、画面を見ながら一度深く息を吸い込む。
上を見上げ、星の少ない黒い空を見た。
そこに向かって、はぁーっと静かに吐き出す。
十分寒いのに吐き出した息はまだ白く映らない。こんなに寒く感じるのにまだまだ秋の空なんだと思った。
画面を見下ろし、そして手を動かして『うん』と送る。
『自信もってよ』
『ありがと真帆』
『自信持った』
『じゃあ言ってみー』
『アタシ以上に綾を大事に想っているやつはいない!』
『アタシが一番!』
また白い犬のスタンプが送られてくる。今度は目をハートマークにさせキャーと叫んでいた。
それに既読だけ付けて、月を見上げる。
「……」
さっきよりも位置が少しだけズレているけれど、光の強さは変わらない。
家に戻ればそれはもう届かない。
位置的にアタシの部屋の窓からあれは見えてこないだろう。
そのせいか月光を吸い込むように見上げてしまう。ジッと見つめて満足するまで目の奥へ吸い込み続ける。
満足した。もういいかと目を閉じる。
そうすると
「……」
強すぎる光のせいだろうか、目の奥が少しだけ熱い。
「――うん」
決めた。やっぱり今日も綾におやすみを送ろう。
そしてようやくアタシは家の中へと入ろうと動く。
動かす足が軽くなったような気がした。
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