第2話(綾編)前編
私を好きな女の子について知っていること。
一つ。可愛い顔立ちをしている。
簡単に言ってしまえば童顔で同世代の私達よりも幼く見える。大人になっても少女のような顔立ちと言われると思う。
髪は志穂よりは短いけど、私よりも長いストレートヘア。学校ではいつもおでこを見せないようにして前髪をかけているけれど、休日の彼女は前髪を分けておでこを見せるようにしている。どっちも好きだけど、どちらか選ぶとしたら私は今の方を選ぶ。特別を見せてくれているみたいで少し嬉しい。
二つ。小柄で私とは結構な身長差がある。
私の隣を歩く彼女は目測でも私と10センチくらいの差がある。
いつも学校で一緒にいる志穂や陽菜が彼女の隣に並ぶと20センチくらいの差になってしまう。そのせいか、一度二人に左右から腕を取られて宇宙人ごっこと遊ばれていたのを見た(その後二人は愛海から鉄拳制裁を受けた)。
彼女がいつも背筋をピンと伸ばしているのは、そうすれば一年後には1センチ伸びると信じているからだとか。最近では柔軟をすれば背が伸びるというどこから流れたのかよくわからない情報を信じ、お風呂上がりの柔軟体操を日課にしているらしい。志穂いわく、この宗教に入れば背が伸びますよと言われれば即入会するほどのレベルなのだという。すごく心配だ。
三つ。禁止用語や禁止トークが多い。
今のところ志穂から聞いた禁止用語は背の低さを表すようなあだ名。チビちゃん、チビ助、チビザウルス(?)とか。他には数学の点数を尋ねる。雪合戦で負けた話をするなどいろいろある。
中でも小学生の頃のあだ名である『まなみん』は彼女にとって特に嫌いなワードだった。由来が気になるところではあるが、なぜかそれは謎に包まれている。
四つ。友達の誕生日や記念日を大事にする。
「――これどうかな?」
そう言って愛海がワインレッドのヘアクリップを見せる。羽を閉じた蝶のように見えるそれは。ヘアゴムでまとめた髪を隠すポニー専用の髪飾りだ。
今月志穂が誕生日を迎える。九月は彼女の誕生月だ。
駅で待ち合わせると、愛海から志穂の誕生日プレゼントを買うから一緒に選んでほしいと頼まれた。志穂が9月生まれなのを初めて知ったと同時に、愛海の誕生日を知らないことに気づく。後で志穂にこっそり聞こうと思った(過ぎてなければいいけど……)
愛海は何を贈るか事前に決めてあったので、駅ビル二階にあるヘアアクセサリーを大量に取り扱ったこの店へと迷わず入った。問題はどれにするかなんだよねーと言いながら、豊富な種類の中からひとつを探すのに目を光らせ、今のヘアクリップへと決まる。
「いいと思う。色もそれがいいね」
同じもので別のカラーを手に持ってみた。重さも軽くシンプルなデザインだから、コーデの邪魔にもならないのでどんなときにも使える。彼女にも合っていると思った。
「私も色はこれでいいかなと思ったんだけど、あいつ白が好きだからなー」
どうしようかなと愛海は悩む。
本人の好きな色にすべきか、愛海が合うと思った色にするか。
私も悩んでみる。
白のヘアクリップを持って想像してみた。志穂の黒髪ポニテに白の髪飾りはどうかと。そして浮かんだ彼女の髪と手の上にあるヘアクリップを重ねる。
答えはすぐに出た。違う、ちょっと合わない。
「――ワインレッドがいいと思う」と愛海の選択を支持。やっぱそうだよねと返ってきた。
「よし。これに決めた」とレジへ向かう愛海を見ながら、私も志穂の誕生日プレゼントを買おうと思った。彼女が喜びそうなものを想像してみたけど、頭に浮かんできたのは学校の購買部のパン、コーラ、棒付きの飴玉にオムライスとわかめスープぐらいしか浮かんでこない。食べ物ばかり。
愛海が去年はニワトリのアラームを贈ったと聞いて、志穂のスマホが何度かコケコッコーと鳴っていたことを思い出す。毎朝の目覚ましにも使っているらしく、志穂が贈り物を大切にするタイプだということがわかる。
「お待たせ―」
レジから戻って来た愛海に何がいいかと相談すると、お菓子がいいと思うと言われたので、一階のフロアにあるお菓子専門店へと行ってみた。
「――見てるだけで口の中が甘くなるね」
店内は国内だけでなく、海外のメーカーが出しているお菓子まで豊富にそろっている。国外のお菓子はカラフルでおもしろい形をしたものが多い。どれにするか迷う。
――あれ? 愛海?
隣にいたはずの愛海がいつの間にかいなくなっていた。どこへ行ったんだろうと見回すと店内の壁に飾ってある黄緑色の何かを見上げていた。いつの間にあんな所へ。
結構な距離を一瞬で移動したような気がする。何を見ているのだろうと彼女の隣に並んで見上げたそれはブーメランの形をした巨大な黄緑色の飴だった。飾ってあるだけかと思えば、ちゃんと値段まで書かれてある。信じられないことに売り物だ。
6600円もするんだ……。
への字タイプのブーメラン飴を見ながら、誰が買うんだろうと思った。そしてなぜか黙って見上げる愛海。
「……」
どうしたんだろうと思いながらも、とりあえず彼女をこのままにして店内を軽く見て回る。
志穂の好きな棒付きキャンディーを見つけた。
棒の先にまん丸な飴が付いているそれは専門店だけあって味の種類が豊富に揃えてある。
普段コンビニとかで見かけるときと違う。全部で50種類ぐらいかなと予想したけど、キャンディー売り場の脇に飾られてあるボードには全130種類という文字があった。そんなにあるの!?
想像以上に豊富なそれらを見ていると別のボードに『12個セットでブーケ状にして販売もしています! カワイイですよ!』と書かれているのを目にする。
これにしようと思った。
愛海の情報では志穂が好きなのはいちごミルク味。12個全部同じものにしようかと思ったけど、全部同じは飽きるかと思って他の味もひとつひとつ見ることにした。
とりあえずいちごミルクだけ二本選び、コーラ味を加えて次はメロン、パイン、グレープ、オレンジと見ていく。こうした普通な味が一番なんだとは思うけど、なんとなく見送って次のパッションフルーツ味、台湾バナナとぶつかるがこれも見送る。
え……ドリアン味?
「……」
ジッと、それを見つめる。
恐ろしい未来しか待っていないそれに異様に惹きつけられる。けど誕生日プレゼントにこういうのはダメだと思ったので流す。
次に日本限定の味を発見。抹茶オレ、焼き鳥にたこ焼き味。納豆味にすきやき味って……。
変なのしかない。しかも最後に唐辛子味ってあった。そんな飴があることに驚く。
「……」
余計なことは考えず、無難に残りは人気ランキングの上位から順番に選んだ。
全て決まった後、ついでに愛海と私の分も一本ずつ買うことにした。なんていうか、これを口に含んだ彼女の顔が見たいと思ってしまったのだ。
愛海はなんとなくさくらんぼ味。私は抹茶オレに挑戦してみることにした。
そしてレジへ行こうとすると、呼び止められたかのようにドリアン味と唐辛子味の方に視線が引っ張られる。
「……」
ドリアン味は人気がないせいか、他の味と比べて数が一番少ない。
どうにも気になる。
ここはやめるのが正解なんだろうけど、一本ずつ抜き取りレジへと向かった。食べたらとんでもない顔をしてしまうだろうから、必ず家の中で食べることにする。
店員の女性が作ってくれたキャンディーのブーケは思った以上に可愛い。これなら志穂も喜んでくれる。形が崩れないようにと紙袋に入れてもらった。
レジから離れ、愛海を捜すとまだ飴ブーメランの下にいた。……多分あれから一歩も離れていない。
「……」
気に入ったのかな。愛海は無言で腕を組みながら熱心に見上げている。少しも目を逸らそうとしない。
「――愛海」とおそるおそる声をかける。「ん?」と、ようやくこっちを向いた。
「待たせてごめん。決まったよ」
「そうなの? 選ぶの早いね」
真顔で言ってる。結構選ぶのに時間かかってたと思うんだけど……。
見上げたこの飴ブーメランはなにか危険な匂いがする。愛海を引き離した方がいいと、外へ連れ出す。すると店を出た瞬間に愛海のスマホがコケコッコーと鳴る。
「お昼のアラームだ」
もうそんな時間かと愛海はアラームを止める。時刻はもう11時半。確かに時間の経過が早い。
五つ。割りとハッキリ言う。恋愛面ではそうではないけれど、それ以外だと愛海はあまり本心を隠さない。
「――ゴハンにしよう。綾は何か食べたいものある?」
そう言われ、何でもいいと答えそうになって慌てて飲み込む。本当に何でもいいのだけど、それは良くないと少し前に陽菜に言われたことがあるので、この前愛海と一緒に遊んだ際、何を食べたか思い返した。
「――この前はお蕎麦だったから、今日はパスタとかピザがいいかな。愛海は?」
「私は回転寿司だ」
「おっと。意見が別れたね」
「んーでもピザもいいね。なんかオシャレな女子って感じするし」
「そういう理由?」
あっさりと回転寿司を候補から外す。私に合わせているとかではなく、本当に自分の意見で言っている。
「久々だからってのもあるよ」
「じゃあ今日はオシャレな女子目指してパスタ&ピザでいいかな?」
「そうしよう。ここからだとハナコ電機の5階が近い」
「お昼前だし急ごっか」
早目に駅ビルの真ん前にある家電量販店へと向かう。5階にあるレストランフロアは土日だとすぐに混んでしまう。
5階フロアに着いて最初に見えた回転寿司店の入り口にはもう人の列が見えた。隣のステーキ屋にも列ができている。この分だと目的の店も混んでそうだ。
「うわー! やっぱり並んで――ない?」
列があることを予測して言った愛海は空振った。確かに意外にも列がない。
「ほんとだ。やったね」
すぐに入店し、案内された席に座ってメニューを開く。ピザもパスタも豊富なのでどれにしようか迷うけど、この後観る映画のことを考えるとあまり食べられない。
「このあと映画だから、私は控えめにしとこうかな。眠くなっちゃいそうだし」
「私はそもそもあんまり食べれないからなぁ、ピザもパスタも両方は食べれない」
「そういえばそうだったね」
「そうなんだよ。気持ち的にはピザもパスタも両方食べたいんだけどねー。私の胃袋ちっさいから」
というわけで、私も愛海もピザのサラダセットドリンク付きにした。ピザは分け合えるように別々のものを選ぶ。愛海はマルゲリータにして私はツナとキノコを使ったピザにした。
私達が注文し終えると、続々と客が入ってきて静かだった店内もすぐに賑やかになった。
「――ピザ久しぶりって言ってたけど、最後に食べたのはいつ頃?」
「去年のクリスマスのとき」
「ホントに久しぶりなんだね」
「うん。去年は志穂の家で二人で過ごしてた。そのときは恋愛イベントなんて私全然なかったから、志穂と二人で寂しく身を寄せ合ってたんだ」
「なるほど」
そのときは? というツッコミはしなかった。言ったら多分慌てる。
私も去年のクリスマスは陽菜と過ごした。
イヴの日は陽菜が金本君とデートだったから私は家で一人だったけど。次の日は陽菜の家で一緒にケーキとケンタッキーを食べながらテレビを観た。好きな人と一緒にクリスマスを過ごすというドラマみたいなことはまだ一度も経験したことがない。
……ちょっとだけ、愛海と二人でクリスマスを過ごす光景を思い浮かべてみる。でも想像の中の私達は恋人という感じはしない。陽菜と私の関係と変わらなかった。
「――本当は郁美と真帆も来る予定だったんだけどね、郁美は急な家の用事で真帆は風邪ひいたで来れなくなっちゃったんだよ」
「あらら」
「だから宅配の人に寂しい女って思われないようカモフラージュするはめになった。そうしたら志穂がめんどうくさがってさ」
「カモフラージュ?」
「玄関にたくさん靴を並べて志穂と二人でピザを受け取ったんだよ。女二人で食べるんじゃありませんよアピールってやつ」
「あーなるほど」
「クリスマスイヴを女二人で過ごす女子高生のささやかな抵抗。それなのに志穂はそんなのしなくていーじゃんって文句言うんだよ」
志穂だって似たようなことするくせにさーと、愛海は腕を組んでここにいない志穂へ不満をつぶやく。
「似たようなこと?」
私の知っている志穂にそんなイメージはない。キャンプも一人で行こうとするし私の中の彼女は何事も堂々としている。
「コンビニとかでごはん買うときなんだけどさ。志穂は結構食べるからいつも1.5人分くらい買うんだけど、店員の人に箸いくつですか? って言われたらふたつって答えるんだよ」
「全部一人では食べませんよアピールってこと?」
「そうそう」
確かに人のことは言えない。というか意外。
「そのせいか志穂はコンビニの箸つけますかシステムはいらないって豪語してた」
「お箸とスプーンはそこにあるのでご自由にどうぞシステムがいい、みたいな?」
「そうそう! 全く同じこと言ってた」
……なんていうか、二人共よく噛み合わないって言い合っているけど、行動は凄く似ていると思う。
私も似たようなことしたかなと、過去を振り返ってみる。
……ない。忘れているだけかもしれないけど。該当するエピソードは今のところ思い浮かばない。
なんだろう……なんか悔しいな。
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