第28話(真帆編 中編)


「――いつから気づいてたの?」

 しばらく抵抗していた愛海だったがようやく観念した。そのせいか、またぶすーっとした顔に戻ってる。

「随分前から変だなーとは思ってたよ」

「え、ホントに?」

「だっていきなり榎本さん榎本さんって言い出したかと思えば、いつの間にか連絡先交換して下の名前で呼び合うほどの友達になってし。だから花火大会の日に愛海のことをじーっと観察してたんだよ。そうしたら割と早い段階であーこれは間違いないってなった」

「そんなに顔に出てた?」

「完全に恋してる女の子の顔だったよ。志穂の動きもいつもと違ったから、愛海に協力してるなって気づいた」

「だからあのとき不気味なくらいニコニコして口数少なかったのかー」と頭を抱える志穂。

 彼女の目には私がそう見えていたようだ。確かにニコニコしていたかもしれない。

「てっきりネット麻雀で国士無双でも出したのかと思ってたよ」

「その読み間違え過ぎ。しかも出たとしてもそこまで喜んでないよ」

「出したことあるの?」

「ないない。一年間毎日やってたとしても出ないやつだし」

「じゃあ嶺上開花リンシャンカイホウとかもそうなの? 漫画だとあんなに出てるけど」

「志穂。麻雀のルール知らないで漫画読んでるタイプでしょ?」

「いや、ちょっとは知ってるぞ」

「そんなこともーどうでもいいよ!」と愛海が遮る。

「真帆。絶対誰にも言わないでよ? 志穂が一つだけ何でも言うこと聞くからさ」

「おい、勝手に取り引きするな」

「大丈夫だよ。言わない言わない」

「頼んだよ。もうホントに死活問題なんだからさー」

「あーでも。今日は二人のケンカに巻き込まれたわけだし、二人には何か一つお願い聞いてもらおうかな。そっちの報酬はいただきます」

「うっ――」と二人は押し黙る。

「愛海は待ち合わせたときからプリプリしてるし、わざわざキャンプ場にまで来て二人の仲を取り持つのは大変だったなー」

 反論もなく二人はガックリと項垂れる。

「ケーキ二つ」と志穂がピースマークを作って交渉。

「郁美なら喜ぶけど私はいいかな。太るし。まあ何にするか思い浮かんだら言うから、気長に待ってて」

「うわー。真帆のお願いとか嫌な予感しかしない」

「これで実は郁美も気づいてたとかだったらおしまいだ。もう近くの崖から飛び降りるしかない」と愛海は崖のある方向とは逆の方を向いて言った。

「それはないと思う。花火大会のときは屋台に夢中だったし、私も何も言ってないし」

 後日、郁美と二人で遊んだ際彼女は特に何も言わなかった。

 気付いたことがあればすぐに口に出すタイプなので、あのとき何も言わなかったのなら、彼女は何も気付かなかったのだと思う。

 それよりも問題はあの二人だと、綾と陽菜を思い浮かべる。

 綾は判別がつきにくかった。見た感じはいつも通りにしているので、おそらく気づいてはいないと思う。気づいているとしたら……。

「――陽菜はどうかなー」

 あくまで私の予想なので断定はしないでおくが、花火大会の日に愛海を見つめていたときの彼女の様子を見る限りでは、気づいているような感じはした。

「ぬあー! ヤバイ!」と愛海が慌て出す。

「陽菜は黙ってくれるタイプだから大丈夫だよ」

 彼女は中学時代に綾を支えていた人だ。言いふらすような空気の読めないことはしない。

「……でも知られてるってだけで恥ずかしい」

「大丈夫だよ。陽菜は彼氏いるし、恋する女の子の気持ちはわかってくれるって」

 破局寸前らしいけどねと心の中でつぶやく。少し前にそんな噂を嫌いなクラスメイトから聞いた。

「そうだった。金本君と付き合ってたね」

 いいなー、と愛海。羨ましそうな顔だ。

「二人っていつから付き合ってたのかな?」

「一年前。付き合ったときの話は学年中に知れ渡ってたと思うけど聞いてなかった?」

「聞いてなかった。付き合ってること知ったのも今年だったし」

「志穂は? ――って聞くまでもないか」

「おい、どういう意味だそれ」

「だって興味ないだろうし、例え聞いてたとしても翌日には忘れてる感じがするんだもん」と愛海が説明する。

「――そういえば、綾の名前も自己紹介し合ってたのに忘れてたよね」

「それは凄いね」

 志穂らしいと思った。

 一度でも綾の姿を見れば最後、未来永劫その名前と姿を脳にインプットさせられるという伝説が流れるほどだというのに。

「新聞配達ってあれも暗記なんでしょ? 最初憶えるの大変じゃなかった?」

「あれはどっちかっていうと配達先の名前を憶えるんじゃなくて、配るルートをおぼえるからね。もちろん最初は苦労したよ。でもバイクに乗ってるのが楽しかったからさ、そのおかげで覚えられた」

「なるほど」

「人名地名だけを憶えるってのは、なんか昔っからダメなんだよね。徳川の将軍様の名前なんか学校で数時間かけて暗記させられても翌日には忘れてたし」

 そのおかげで中学時代志穂に恋していた男子を本人が気づかない内に失恋させてしまったというエピソードがあったことを、以前愛海からこっそり教えてもらったのを思い出した。

「――金本君と陽菜。どっちから告白したのかな?」と愛海は腕を組む。

「多分金本君だと思うけど。なんで?」

「……参考にしたいというかなんというか」と愛海は俯く。自分で言っておきながら恥ずかしそうにしている。

「参考にする必要ある? 難しいことは言わずにストレートに言うのが一番だと思うけど?」と志穂。

「え? そうかな? 経緯とかいらないかな?」

「経緯って?」

「まずは初めて対面したときのエピソードから――」

「いらない」「いっらない」と二人一斉に否定。

「貴方のことが好きです。付き合ってください、でいーんじゃない?」と志穂。少し言いにくそうにしている。興味ない彼女でもこういうセリフは恥ずかしいようだ。

「真帆もそう思う?」

「うん。経緯とかはそんなにいらないよ。時間にして30秒以内で締めた方がいいと思う」

「そうか。30秒以内か……」と愛海は渋い顔。

「真帆。意地悪しないで。愛海マジに考えちゃうから」

「冗談かよ!」

「でも全体的に短めがいいのは間違いないよ。要は伝わればいいだけの話なんだし」

「……だよね。最後の好きですが大事なんだし」

 そこで私はあることを思いつきニヤリと笑う。

「よし! それがわかったのなら近い未来の為に今から練習してみようよ。志穂で」

「そうだね」

「うん」と二人が言った後、少ししてから二人一斉に「え!?」と言って私を見る。息ピッタリだねぇ。

「な、なにいってんの?」と言われるも無視して続ける。

「まあ身長は大分違うけど志穂を綾だと思って告白してみなよ愛海。なんなら勢いでチューもありだ」

「いやいやいや! なんでそうなるの!」と二人は慌て出す。冗談で言ったつもりだったのだが結構な慌てようだ。

「まあまあ、まずは立って立って」

 ここは冗談で終わらせず、無理矢理やらせようと二人の腕を取る。志穂が抵抗するのは意外な反応だ。

「――いや、私より真帆の方が絶対いいじゃん。身長同じくらいなんだし」

 さっき愛海のほっぺに無理矢理キスしていた人とは思えない態度だ。

「いやー私より綾の方が大きいからさー」と私は強行する決意を示す。ちなみに志穂の言う通りで綾とは同じくらいだ。

「ほら! 私のお願い何でも一つ聞いてくれるんでしょ? 早速叶えて」

「えっ!? そんなことに使うの!?」

「うん。だから早く願いを叶えておくれ」

「うええぇー!」っと、一斉に声を出す二人。

「ほら、愛海もスタンバイ。まずは向かい合って」と二人の背中を押した。

 なんとかして二人を向かい合わせ、私は離れる。

「はい! スタート!」

 バンと手を叩く。焚き火を間に挟んで向かい合っている二人は途端に黙り込む。

 愛海は俯き、志穂は明後日の方向を見ていた。そして気まずくなったのか口笛を吹き始める。

「告白の練習しないと寝れま10《 テン》!」

 手を叩いて二人に喝を入れると、ようやく顔を合わせるようになった。志穂が見下ろし、愛海が見上げる形は身長差があり過ぎるせいか、一見すると男と女にも見える。

「――え、えっと……あのね、志穂」

 最初に口を開いたのは愛海だった。告白する側から最初に口を開くべきなのでそれはいいと思った。

「その……私……」

 志穂は若干後ろに下がり気味なせいかヒヤヒヤしてしまう。ちょっとしたキッカケでダッシュで逃げてしまいそうだ。

 そして口火を切ったはずの愛海は口を閉ざすと、両手をもじもじとさせていて先に進めなくなる。

 焚き火の爆ぜる音がやたらと大きく響いた。

「前から……志穂のことが……す――」

 ようやく口を開いたと思いきやそこでなぜか止まってしまう。

 対する志穂は一言も発しない。

 愛海はそれ以上先が言えないのか『す』から先が出てこない。

 すき焼き一緒に食べませんか? 等と漫画みたいなことを言おうものならペナルティを加えると私は心を鬼にして黙って待つ。

「ううぅぅ……」

『す』ではなく『う』に変わった。愛海は唸り始める。

 これはダメかなぁ、と私が思いかけていたそのときだった。

「――好きです!」と、急に愛海は一気に吐き出す。

 目を瞑ってもうなるようになれと、恥ずかしさを声でかき消すかのように、志穂に向かって思いっきりぶつける。

「――志穂のことが、初めて会ったときから好きでした! ――わ、私と付き合ってください!」

 そしてどうだ! 言ったぞ! といった気持ちを顔いっぱいに出した愛海はジッと志穂を見つめる。焚き火の明かりとは関係なしの赤い顔と上目で志穂をジッと見つめている。

 それが予想外の不意打ちとなってしまった。

 私も志穂もあ然として、沈黙してしまう。

「……」

「……」

 情けない私達の反応に堪らなくなった愛海が口を開いた。

「――え? ねえ、なんで黙るの? なんかおかしかった?」

「あ、いやその……」と何て言えばいいのかわからなくなってしまった私。

 志穂は俯いていた。

 いや、俯いたというよりも赤くなった顔を隠しているのだと思う。おそらく私も同じような顔をしているに違いない。

「ええぇっ!? ねえ、どうしたの二人共」

 私と志穂の反応に狼狽える愛海。

 おかしくはなかった。愛海は何も間違ってはいない。

 ただ、私達が彼女の可愛らしさに赤面してしまったのだ。

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