45 競技会二日目です
競技会の会場は、王都の中心から少し離れたところにある。
前世で画面の向こうに見たコロッセウムと似ている気もするが、共通しているのは楕円形で、高さに傾斜のついた外壁があるところだろう。
そして、コロッセウムとは違い、ひな壇になった観客席で囲まれているわけではない。
石壁の中は「ステージ付きの広場」という感じで、野外フェスの会場が近いかもしれない。残念ながら両方ともエイミは行ったことがないので、あくまでイメージだが。
大人の背ほどの高さの大きな舞台が、敷地の中心から三分の二ほどの位置にある。それを挟んで広いほうが観客席……とはいえ、固定された座席や屋根などはない。
貴族専用のスペースが設けられる場所が一部あり、残りのほとんどは一般市民達の観覧席になっている。
反対側の狭いほうには屋根のついた建物が何棟かあり、それぞれが回廊で繋がれている。ほとんどが平屋で、エイミ達がいる救護室や関係者の詰所、出場者の控室などのいわゆるバックヤードだ。
舞台近くには目立つ多層造りの建物がある。
こちらは一番上の階は国王はじめ王族の方々が、その下の階は高位の貴族達が使う専用棟になっている。
普段、この競技場は軍や警邏の訓練場として使われるほか、野外劇場として公演が行われたり、月に何度か開かれる大規模な市場としても使われている。
そうはいえど、三年に一度の競技会は、この会場で行われる一番大きな催しなのだった。
初日の昨日行われた個人戦は、大きな盛り上がりを見せた。
地方から出てきたばかりの平民の青年が、優勝候補と思われていた騎士を破ったのだ。
惜しくも準決勝で負けてしまったが、無名の一平民の大活躍に多くの観客は熱狂し、直接会場が見えない救護室にもひときわ大きい歓声が届いたほど。
そして、その彼もほかの出場者も、勝っても負けても試合の後は全員がこの救護室に来る。
「怪我人が出ませんように」という願いは空しく、一人残らず治癒魔術が必要な状態なのだ。
そんなわけで、ディオン卿らと一緒に朝から大勢に治癒魔術をかけたエイミは疲労困憊。帰宅するなりティガーを抱きしめてベッドにダイブして競技会の初日を終えたのだった。
そして翌日。
ぐっすり眠って朝ごはんもしっかり食べて、すっかり元気な顔でエイミは競技場に到着した。
競技開始を控え、助手達に交ざって包帯などの準備をしながらパタパタと動き回っていると、兄弟子のフィネアスに声をかけられる。
「エイミ、殿下やご家族のところに行かなくていいのか?」
「え、でも……」
「競技が始まるまで、まだ時間がある。今なら控室か練習場にいるだろう、顔くらい出してきたらどうだ」
家族など関係者は、届け出をしておけばいつでも出場者控室に入れる。
さらに、よくあることだが「恋人や伴侶からの激励は勝利をもたらす」といった言い伝えが昔からあり、験を担ぐ意味でも歓迎されていた。
婚約者候補とは名前ばかりであり、実際は伴侶でも恋人でもないエイミではご利益はないだろう。だが、競技が始まると治療で手一杯になるので、会いに行くなら今しかない。
それに、昨日の深夜に王都入りしたハロルド達はギルドの宿舎に泊ったので、実家には来ていない。
出場者達よりも早い時間に救護室に入るエイミは、誰とも顔を合わせていなかった。
――エド様に会いに。……だ、だいじょうぶ、大丈夫。エド様も気にしてないって! それにほら、アレク様とか、ほかの方とかもいるしね。
瞬時にまた蘇った記憶に反応した時分を、強引に落ち着かせる。友人として応援に行くだけだ、なんの問題もない……だろう。
ちらりとディオン卿を窺うと、いいんじゃないかというように頷いてくれる。
「半時くらいなら大丈夫だ。ああ、一人で歩くな。そこの護衛を連れていきなさい」
「は、はい……それじゃあ、少しだけ行ってきます。スコットさん、お願いできる?」
「もちろんです、エイミ様」
救護室に護衛騎士がいるのは、警備の一環だ。
負けた出場者が腹いせに治癒魔術師に暴力をふるったり、暴れて器具を壊したりなどが過去にあったらしい。
まあ、今回に限ってはディオン卿に返り討ちにされるのが目に見えているが、基本的にエイミを始め治癒魔術者は攻撃系の魔術は苦手なのだ。
それに、魔術による攻撃なら避けられるが、物理でこられたら太刀打ちできない。
というわけで、早速、救護室を後にした。
コツコツと靴音が響く狭く薄暗い回廊を、エイミは護衛のスコットに先導されて歩く。彼には先日、王城で丸一日世話になっている。アリッサもいないが、特に緊張することもなかった。
エイミ達のいる救護室は、王族が使う棟の一階の離れ部分にある。
間もなく陛下方もお見えになるのだろう、警備の騎士が緊張した面持ちで何人も立っているし、職員達も急ぎ足で二人を追い越していく。
昨日は部屋から出なかったので、外がこんなに物々しい様子だとエイミは知らなかった。きょろきょろしてしまいそうになるのを堪えて、息を潜めるようにして進んでいく。
何度か角を曲がり回廊を渡って、出場者達の控室の棟に到着すると、エイミは詰めていた息をようやく吐いた。
「はあ、なんだか緊張した……それに、私一人だったら迷っちゃいそう」
「回廊が複雑ですし、慣れないと同じように見えますからね。私も新人の頃は苦労しました」
頼りなさそうに眉を下げるエイミに、スコットは何年か前の自分を思い出して苦笑した。
本当に、このお嬢様は表情が分かりやすい、とスコットはこっそり思う。
雰囲気が柔らかいのは、ふっくらした体型の影響もあるかもしれないが、ほかの貴族達と違って傍にいる相手を委縮させることがない。
それが護衛としての緊張感の欠如につながるのだが、周囲に警戒をさせないというのは稀な気質だろう。
じきに成人すれば、本音と建て前を使い分ける普通の貴族女性らしくなるのだろうが、それを残念に感じてしまうほどだった。
「この中を覚えるの、大変だった?」
「仕事ですので出来ないでは済まされないのですが、はい、何度か迷いました」
「ふふ、そうよね。大丈夫、誰にも言わないから!」
楽しそうに人差し指を唇に当てるエイミを、まるで妹でも見るようにスコットは眺める。
渡ってきたこちらの棟は、エイミがいたところとは雰囲気が違った。
ざわざわしているのは一緒だが、漂っているのは緊張というより興奮で、活気に満ちている。
開口部が多くなって回廊に入る日差しも増え、猫の目のようにも見えるエイミの金色の瞳が、明るさに安堵したように細められた。
出場する者達は控室で待機したり付属の練習場に行っているようだが、空いたスペースでウォーミングアップをしている者もいる。
国内外から集まった人達と、飛び交う各国の言葉……もともと他国との交流が多いルドゥシアだが、エイミは自分が異国のバザールに来た旅行者の気分になった。
そんなところを通り抜けて、他よりも人気の少ない棟に入る。通路奥側の扉前に、エイミは見知った顔を見つけた。
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