第30話 小心者

 ……気が付いた……


 ……薄く目を開く……


 ……明るい……もう朝か……否……


 ……どうして起きた……


 頭を上げて、校長室の扉を見る。

 定規は落ちていない。

 頬に違和感、左手で頬を拭う……液体???判らない……袖が黒色の為?或いは液体の量が少ないのか?

 何か付いていたのか不明瞭……


 晩御飯の残りでも付いていたのか?

 まさかとは思うが、毒物なんて事は……


 ……


 確認出来ない事は、考えない。

 その解決しない思考に引っ張られたら終わる。

 先ず、結論が出せる事を判断して決断する。

 有限な時間を無駄にしない。


 周囲を再確認する。


 ◼️校長室

|ーー出入口ーーーーーーーーー|

|              |

|         ソ    |

|   テーブル  フ    |

|         ァ    |

|     事務机      |

|ーーーー窓窓窓窓窓ーーーーー|


 ※僕はソファの『ァ』の所に頭をのせて寝ている。



 僕は顔を動かさずに、視線だけで周囲を確認する。

 前方、側方は視覚にて、後方は聴覚にて気配を探る。


 ……どうにも、気配無し……何故?僕は起きたのだろう。

 先程の頬の違和感だろうか……或いは他に理由が……


 LED照明が付いたままだった……

 消灯しないままに寝てしまったのだ、だから明るい。


 ブラインドの向こうは暗い……朝ではない。


 今は……何時だ……


 腕の小型PCを見る、省電力モードの為、液晶の大半は暗くデジタル時計の文字だけが浮かんでいる。


『03:18』


 深夜も深夜だ……もう一度考える、どうして起きたんだ。


 プロテクタージャケットを着たままだったから……

(万が一に備えて、脱がなかったんだ……)


 LED照明が付いたままで明るかったから……

(万が一に備えて、暗闇には出来なかったんだ……)


 右手の金属ボトルが冷たかったから……

(万が一に備えて、鈍器が欲しかったんだ……)


 僕はホタカを明確な理由も無しに、恐れている。

 そういう事だ。


 彼の言動が信用出来ない……僕は彼を単純に、とても陽気、楽観的、正真正銘の善人とは思えなかった。


 これは僕が彼を穿った見方で観ているからだ……間違いない……僕は、素直に彼を観ていない……『何かあるんじゃないか?』そう穿って観ている。


 ホタカの提案を断り、校長室入らない事も選べたが、あの時点ではホタカの思惑は分からなかった。

 いや、普通に考えれば、只の優しいお兄さんなんだけど……


 校長室に入った、その時から疑惑が膨れた。

 袋小路だった……囲われたと思った。

 これも考えすぎ、ただ、快適な睡眠空間を僕にくれたに過ぎない……とも思える。


 これは僕の生存本能から来る、常に『自身の安全』を担保する為に行われる思考。


 臆病でも、気が弱いでも、何とでも言えば良い……僕はこうなんだ。


 その時、扉が少し動いた……そして止まった。

 定規は落ちない……この程度では……


 向こう側に居るのは誰だ……恐らくホタカ。

『ヤツら』じゃない……ホタカは『ヤツら』は排除したと言っていた……その言葉を呑気に信じる訳じゃないが、『ヤツら』はこんなに繊細に扉を触る訳が無かった。


 さっきの扉の動きは鍵が掛かっていないことを確認した?

 そんな疑惑……また考えすぎ。


 扉はアレ以降、ピクリとも動かない。


 相変わらず、校長室は静かなままで、それでも何かしら監視されているような……まぁ、防犯カメラ位、設置されていても何もおかしな事は無い。


 目が覚めた事が理解出来ない位、相変わらず辺りは静寂で、何を原因に僕は起きたのか?


 周囲を確認した僕はもう一度ソファに横になる。

 天井に視線が向く……そこに縦横30センチの換気口がある……メッシュ形状の換気口の奥は暗くて何も見えない。


 首と肩を揉みながら、上半身を起こす。

 それとなく、ソファの足元を見る。


 ソファの足が動いた形跡がある。

 数センチ……床の埃と汚れが、動いた証拠を僕に教える。

 丁度、換気口の下にソファの肘置きが来る様に移動してある。


 ……偶々か?


 この校長室の侵入口は目の前の扉だけだ……窓にはベランダも無く、空を飛ばない限り侵入出来ない。

 だから警戒するなら、出入口扉を見れる換気口下の肘置きを枕にすると思う……反対側の肘置きを使えば、出入口に背を向けて寝る事に成るからだ。


 ……あくまで可能性だが……


 肘置きに水滴の跡……『涎が垂れた演技をしながら……』口元を拭う……涎で無い事は判っている。


 欠伸をしながら周囲を見る。

 それと無く……天井……換気口から漏れている……多分……よく見れば、細いホースの先端らしきもの……かもしれない……暗くてよく見えないが、何かが有る。


 天井裏で直接僕の口に向かって、液体を落とした可能性は低い……いくらなんでも、扉を触ろうと屋根裏を動けば、擦過音位するだろうし(扉を触ったのが、ホタカでは無い可能性も勿論あるが……)、ホースをセッティングする意味も無い。

 だから恐らくは、小型カメラで 僕の動向を探りつつ、ソファの肘置きを枕にしたのを確認して、液体を垂らした。


 まぁ、いずれにせよ事前に計画して行われた行為……これらが、彼の故意で行われているとするならばだけど。


 万が一、彼を純度100%の善人と規定するならば、これから朝まで鼾をかいて寝ても良いが……


 思考を整理する。


 偶々、袋小路の部屋で、

 偶々、ソファが換気口の下まで動いていて、

 偶々、換気口から夜露が落ちて、

 偶々、その後に扉を触るナニモノかがイル。

 その可能性……


 それ信じて死ぬより……疑って生きる可能性を増やしたい。


 眠気が覚めた振りをして、伸びをして起き上がる。

 小型PCをサスペンドからレジュームさせる。


『彼はどう来る……』



「ドカッ!!!」扉が大きな音を立てて開く……

 定規など反対側の壁まで飛んでいった。


 ……!!!……


 開いたドアから半身を隠して右目だけで僕を見る……


 右目の下の口は、頬を裂かんばかりに大きく開いている……


 嗤っているのかホタカ???……


 あの優しそうな微笑は、狡猾な冷笑に変わっていた……

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