第25話 dungeon Seeker 3
やんわりとエスカレーターの踏面を歩く。
『成るべく音を立てない様に……』祈る。
静かに、僕は5階に到着した。
エスカレーターの手すりに隠れて周囲を見回す。
薄暗いが仕方無い、ライトを点けて自身の居場所を知らせたくない。
視界に動体は居ないと思う。
猿だから、天井や壁面も注視する……木登りが得意なんだからぶら下がっていてもおかしくない。
しかし、暗闇では限度がある……
頭の後ろでまだ、「カチャカチャ」と音がした。
前方の安全を確保して、振り返る。
薄暗い遠方に『ヤツら』が1体……多分……
僕に背を向けて、売場の棚に向かい前進している。身体が棚に当たって鳴らしている音だった。
『僕には気が付いていない……』当たり前だ、『ヤツら』はそんなもんだ、五感は人間より衰えている。
身体の正面に僕を捉えない限り、あの無意味な前進を諦めないだろう。
新型でも無い限り……
エスカレーターから売場を見渡す、回収や写真を撮るに値する物品は有るか?
……飲料の保温・保冷出来るボトル
……暖房器具?空気清浄機の類い
……冷蔵庫や電子レンジの家電製品
こんな程度……僕はライトを最小限で光らせ、小型PCを使い写真を撮る。
多くが持って変えれないほど大型だし、正常に作動するか甚だ疑問……但し、保温・保冷ボトルは小型な為に持ち帰れそう、そして僕の旅に役に立ちそう。
エスカレーターから左側に歩く、棚の裏側に猿や「ヤツら」が居ないか?慎重に索敵しながら……ボトルに近付く、500CC位のサイズの金属製のボトルが並んでいる。
サンプルで置かれているものは劣化が激しい、箱は劣化しているが、せめて梱包されているヤツを拝借する……2個掴みバックパックに放り込む。
まだまだ周囲を探索したいが……今は6階を目指す、ここで戦闘になれば6階探索どころでは無くなるからだ。
中腰でエスカレーターに戻り、6階へ進む……多少、破片が少ない為、音を立てない様に進む事が出来る……つまりは6階荒らされている可能性が多少は低いという事か……甘い期待だが……
6階はどうやら雑貨兼書籍の店舗の様だ……暗く奥は釈然としないが、パンデミック前は至る所に賑やかな装飾が施されたいたのだろう……歩く隙間も無い程雑多な商品か?装飾か?今となっては判断のつかない物体が雪崩を起こしていた。
音を立てない事自体が困難な場所だった。
……嫌すぎる……
……僕の知る出入口は一つ、このエスカレーター……つまり退路はここしかない。
そりゃ、当然非常口等がある筈だが、崩れかかった店舗案内図からは判読できなかった。
所々に赤暗い灯りがついている部位が在る、その下に必ず非常口が在りそうだが、確定ではないし、万が一入った通路が塞がっていたり、逃げたつもりで扉を開けたら、猿や『ヤツら』と御対面という事も考えられる。
BGMも鳴らない店内では、僕の鳴らす音が酷く響き渡る……臆病な僕はそれだけで心拍数が上昇する。
『何にもないよな……多分……もう帰ろう』ろくに周囲を見ないまま帰ろうと考えるメジャーな僕と……『いや、確認しなきゃ』と律儀な考えをするマイナーな僕とのせめぎあい。
……深呼吸……
……落ち着け……
……前を見る、パーティーグッズらしきものが床に散乱している。
猿に弄ばれたのか裂かれ破かれ……原型と留めていない。
その奥には書棚が在るが、虫歯の様に本が抜き取られ……破かれ……見るも無惨だった。
僕の好きな漫画も見える……大半がブリブリに破れている……そして破れている紙が白い……最近広げられた様に見える……猿だよね……『ヤツら』はこんな事に執着して破らない。
『ヤツら』の興味はお食事だけだからだ……遊んだり……暇潰しをしたりしない。
『ヤツら』はお食事を探して、歩き回り、そして見つけたら、その他の事は一切無視して噛みついてくるだけだ。
エスカレーターの踊り場に立つ、腰を落として立つ不測の事態に備える様に……
その元々本屋か雑貨屋かわからないお店に向かう……
「もう良いじゃん、本なんか今の荒地じゃ役に立たないよ~」僕はここから帰る合理的理由を捻り出そうと一心。
本当はそうじゃない、おっさん先生にも言われた筈だ、知識は大事だ、知識が要らないなら『ヤツら』と同じ。
暗闇に目を凝らしながら進む。
カサカサという音を立てながら僕は店の中を探索する。
なんか、僕の好きそうな漫画が棚から溢れ落ちて新しい床に成っている、それを静かに踏んで進む。
目に留まる、この漫画や小説だらけの店内に不釣り合いな……
……愛知県、名古屋市内の観光案内図……
これは、良いかも……宝物の地図を見つけた気分……さっきまで帰ろう、帰ろうとしか意識が向いていなかったのに……
書籍の状態が比較的良いのは、やはり紫外線をほぼ浴びていないからだろうか……
……なるだけきれいなヤツをバックパックに入れようと背中からバックパックを下ろす。チャックを開けて本を入れる。
入れる時にふと表紙を見る、劣化が進んでいるが何かの商店を写した写真が「商店街食べ歩き」と書かれた文字の後ろで大写しになっている。
賑やかな風景、今のスラム街ではなく、往来を行き交う人の群れ……観光客。
こんな、時代が在ったんだ……僕の知らない……多分おっさん先生やサクマさん位の年齢の人しか知らない栄えていた頃の人類。
暫しの間、その写真に憧れる、こんな時に生まれていたら、楽しい人生も在ったのではないかと……人殺しをする事も、闇に怯えることも無かったのでは無いか。
『ダメダメ……』僕は顔を振り現実を思い出す。
本を仕舞う。
本を凝視していた視線を前方に戻す。
目の前に二本の直立した棒が見える……
ゆらゆら揺れている……
それが脚だと気が付く迄、数刻……
「イッ」と「フンッ」の間の様な音を出して後方にでんぐり返し……声ではない……急に動こうとした際の呼吸。
あぁ、背中のバックパックに入れた本やドローンが痛んでなければ良いけど、ドローンは無理そう、なんか背中の方からパキパキ音がしたから……
それは一時忘れる、目の前の物体を見る。
やはり、というか、『ヤツら』が1体……
何故、動かない……
僕に興味が無い……何故なら『ヤツら』の顔は僕を視ていない……本を見ている、じっと……そして骨が剥き出しになった人差し指で、興味深そうに本の背表紙を引っ掻けては本を引きずり出している、しかし本を開ける事は出来ず、そのまま床に落としては、新しい本をまた、骨で引っ掻けて取ろうとする。
『何だコイツ』僕は後退りしながら観察する。
……生前の生活行動をなぞっている……
そんな事は在るのか?『お食事』のみに興味があるから『ヤツら』じゃないのか……
一瞬、屋上で殺した『彼』思い出す、しかし感傷に浸る暇は今はない……頭の妄想を振り払い、『ヤツら』を観察しながらも後方のエスカレーターに逃れようと動く。
その変わった『ヤツら』は僕を無視してその本の作業に没頭している。
『ヤツら』はまた、新しい本を指で引っ掻ける。
引き出された本がバランスを崩してコトリと棚から落ちる。
今度は『ヤツら』はその本の落ちた先をノロノロとした視線で追う。
本は、コロリと、倒れて僕と『ヤツら』の間に転がる……
『ヤツら』の視線が本に届く……その視線の先に僕が居た。
『ヤツら』の視線が僕に……
止まる……僕を見る……口が開く……唇の端から液体が垂れる……ズルズルと僕の方に前進してくる。
やっぱり、『彼』とは違う……頭の芯まで『ヤツら』だった……
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