第263話 お任せで!
ペインとアンネは鞍馬に案内され、信濃の元へ向かう。アリーは余程疲れているのか、まだアンネの腕の中でぐっすりと眠っているようだ。
3人が一際豪華な装飾が施されている襖に近付くと、音も無く開いて灯りが溢れて来た。
「よう来たなお二人さん、うちはリリスんとこ程広くは無いんやけどゆっくりしてってな」
「邪魔するのである」
「信濃様、お元気そうで何よりでございます」
ペイン達が室内に通されると、正面奥で寛いでいる黄金色の髪を持つ美女・・・魔王信濃がニコニコと笑いながら手招きをした。
そんな信濃を見た鞍馬があからさまに大きなため息をつき、ペイン達を振り返る。
「な?アホやろほんま・・・」
「誰がアホや!?聞こえてんで!!」
「危なっ!?徳利投げんといてくださいよ!」
「やかましい!言うに事欠いて自分の主をアホ呼ばわりする副官が何処におんねん!?」
「信濃よ、それならば清宏が居るであろう?」
客人そっちのけで言い争いを始めてしまった信濃と鞍馬は、ペインの言葉を聞いてピタリと止まる。
「あれはまあ・・・例外やろ・・・」
「ほら自分以外にも居るやないですか、このくらい普通ですよ普通!」
「あの男を基準にすんなや!」
「何と言うか、向こうとは違う意味で騒がしい所であるな・・・」
「こ、これはこれで賑やかで良いのではないでしょうか・・・」
信濃達はまたもや客人そっちのけで言い争いを始めてしまい、呆れたペインとアンネは苦笑しつつ侍女の案内で席に着く。
信濃の配下達は皆慣れているのか、主と副官の取っ組み合いを止めもせず、客であるペイン達をもてなし始めた。
2人を案内した侍女は一度その場を離れ、子供用の小さな布団を用意し、アンネはお礼を言ってアリーを布団に寝かせた。
アンネが戻ると、先程の侍女が優しい笑みを浮かべて頭を下げる。
「うちは本日皆様のお世話をさせていただく初加勢と申します。御要望等ございましたら、いつでも遠慮せずお申し付けください」
「おお!ならば、何か食うものは無いのであるか?我輩、昨日から飛び回っていて腹が空いたのである」
「ではすぐにご用意いたします。主菜は肉、魚どちらがよろしいでしょう?」
「うーむ・・・今ならばどちらでも美味しく食べられそうであるな」
「では両方ご用意いたします。アンネロッテ様はいかがなさいますか?」
「へっ?わ、私ですか!?そうですね・・・お任せでお願いいたします・・・」
「かしこまりました。では少々お待ちください」
信濃と鞍馬の喧嘩を見ていたアンネは、初加勢の急な問い掛けに慌てて答えてしまい、恥ずかしそうに俯く。
「アンネよ、貴様は何故そんなに恥ずかしがっているのであるか?」
そんなアンネの様子を見ていたペインが首を傾げて尋ねると、アンネは快く頷き去っていった初加勢の後ろ姿を見ながらため息をついた。
「リリス様の元で清宏様に習いながら本格的に料理をするようになってからと言うもの、皆様に献立の希望を伺った際に私が一番困ってしまう事が『お任せで』と言われる事なんです・・・」
「ふむ・・・ならば適当に作ってしまえば良いであろう?」
ペインが何げなく答えると、それを聞いたアンネは目を見開いて立ち上がった。
「それはなりません!良いですかペイン様、もしお任せでと言われて作った料理を残されたらどう思いますか!?食材もタダでは無いのですよ!?」
「お、おぉ・・・た、確かに貴様の言う通りであるな・・・」
「残された時のあの言い様の無い虚しさ、そしてお残しを許さない清宏様の刺すような視線、それに気付いた時の皆様に走る緊張感・・・本当に胃が痛くなります・・・」
「う、うむ!我輩の質問が悪かった!アンネよ落ち着くのである!!」
「ご理解いただけて安心いたしました・・・。
良いですかペイン様、料理を用意する者にとって『お任せで』とか『何でも良い』と言う言葉は敵なのです!!これだけは絶対に覚えておいてください・・・」
拳を握りしめ珍しく力説したアンネの迫力に、ペインだけでなく喧嘩をしていた信濃と鞍馬までもが気圧されて静まり返る。
肩で息をしていたアンネは、自分に向けられた視線に気付いて冷静になったのか、耳まで真っ赤にして座むと、膝を抱えて顔を埋めた。
「申し訳ございません・・・」
「えっ・・・あぁ、うん・・・うちらも何かごめんな・・・」
「自分等も次から気をつけるわ・・・」
消え入りそうな声で謝罪し、恥ずかしさのあまりシクシクと泣き出したアンネに対し、居た堪れなくなった信濃と鞍馬は対応に困りながらも少しも慰めになっていない言葉を掛けた。
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