第262話 穀倉地帯

 無理矢理ドリーに手伝わせて何とか陽が落ちる前に作業を終えたアリーは、糸が切れた操り人形の様にその場にしゃがみ込み、寝息を立て始める。

 それを見たアンネがアリーを抱き上げ、ペインはハミル達を振り返った。


 「さて、森も元に戻った事であるし、我輩達は次の目的地に向かうのであるよ」


 「それはまた大変ですね・・・今日くらいゆっくりされて行かれたらどうです?」


 ハミルが心配そうに尋ねると、ペインはため息をついて首を振った。


 「それがそうもいかぬのであるよ・・・既に1日無駄にしてしまった故、急がねば清宏にどやされるのである」


 「そうですか・・・またいつでもお越し下さい」


 「うむ!貴様達の計らいもあり、こうして村の目の前に我輩が降りれるだけの広さを確保して貰ったのであるからな、今後もアガデールの偵察ついでに寄らせて貰うのである!!」


 ペインが嬉しそうに笑って竜の姿に戻ると、アンネはアリーを抱いたまま背中に飛び乗り、ハミル達に頭を下げた。


 「では皆さま、私もまたお会い出来る日を楽しみにしております。

 今回はマーサ様にお会い出来なかったのが心残りではありますが、よろしくお伝えください」


 「はい、必ず妻に伝えます・・・ではお気をつけて」


 ハミル達に見送られ、ペインは空高く飛び立つ。

 どんどん小さくなっていくハミル達の横に、緑色の生物兵器の自爆に巻き込まれたかの様な姿で干からびているドライアドが見えたが、ペインは敢えて無視してそのまま東櫻へ向かう・・・まあ、また森の生命力を吸われては困るため、一応ハミルにポーションを渡しているから大丈夫だろう。

 森の上空を抜け山を越えると、眼下に広大な穀倉地帯が現れ、それに気付いたアンネが身を乗り出した。


 「ペイン様、下に広がる土地は何なのでしょうか?」


 「む?ああ、あれは清宏の好物である米を育てている土地であるよ」


 「では、あの高い場所に床がある建物は何なのですか?」


 「あれは倉庫であるな。床を地面から離す事で風通しを良くして湿気対策をし、更にはネズミなどの害獣を防ぐためにあの様な形をしているらしいのである」


 初めて見る光景を前に物珍しそうに質問をしてくるアンネに対し、ペインは可笑しそうに笑いながら説明する。

 普段は皆から馬鹿だ馬鹿だと言われているが、やはり長年蓄えた知識は豊富らしく、こうして説明する姿はなかなか様になっている。

 眠り続けるアリーをそっちのけで景色を楽しむアンネの姿は、吸血鬼とは思えない程に可愛らしく、そして生前の年齢相応の幼さが垣間見える。

 ペインはしばらくの間、質問責めに付き合いながら飛び続けていたが、一際高い山を目にしてアンネを振り返った。


 「あの山の頂に信濃の城があるのである」


 「もう着いたのですか!?」


 「もう着いたも何も、貴様が質問をしまくっている間に完全に陽が暮れているのであるぞ」


 「す、すみません・・・あまりに楽しくて、全く気が付きませんでした」


 「まあ貴様は吸血鬼であるし、夜目が効くためこの時間でも昼間の様に良く見えるのであろうから、気にする事は無いのであるよ」


 ペインがフォローをするとアンネは恥ずかしそうに俯き、それを見たペインは小さく笑いながら信濃の城を目指して速度を上げた。


 「よし、ではこの辺りで降りるのである」


 「はい、流石に直接乗り込む訳にもいけませんからそれが良いと思います」


 信濃の城の近くまで来たペインは、門から少し降った場所に手頃な広さの空き地を見つけて降り立ち、アンネとアリーが背中から降りるのを待って人の姿になる。

 その空き地から門まで30分程掛かる距離にあるのだが、人では無い2人にとってそれは困る程の距離ではない。

 2人が特に警戒する事も無く談笑しながら門の前に近付くと、それに呼応するかの如く音を立てて巨大な門が開き、中から1人の烏天狗が現れて2人に手を上げて笑った。


 「見張りの連中から呼び出されてもしやと思うたら、やっぱりあんたやったか」


 「数日ぶりであるな鞍馬よ」


 「ほんま忙しいな自分等・・・今日はいったい何しに来たんや?」


 「それは後程信濃も交えて話すのである。だが、そんな事よりもまずは何か食わせて欲しいのであるぞ・・・腹が減っては話に集中出来ないのであるからな!」


 「図々しいにも程があるやろ・・・まあ良えわ、この前はこっちが世話になったし、今日はゆっくりして行ったら良えわ」


 鞍馬が苦笑して2人を招き入れると、アンネが困った表情で立ち止まった。


 「信濃様の許可を得てからの方がよろしいのではないでしょうか・・・」


 「なんや自分、清宏はんとこの子とは思えんくらう真面目やな・・・良えか、自分は何も気にせんとついて来たら良え、どうせお嬢に確認したところで結局は入れて良え言うんやから手間やろ?」


 「そ、そうなのでしょうか・・・」


 「アンネよ、鞍馬の言う通り我輩達が気にする事では無いのである・・・どうせ何か言われるのは彼奴であるのだからな」


 「うーわ、見捨てんの前提かいな・・・」


 ペインの発言にわざとらしく項垂れた鞍馬の姿に、アンネは清宏に似た親近感を抱き苦笑すると、門を通って城内に入った。


 


 

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