第261話 致命傷以外はかすり傷
木々が薙ぎ倒され、無残に拓けてしまった森を見つめていたアリーはおもむろにしゃがみ込むと、体育座りの様な体勢から両手と両足を勢いよく開いて立ち上がる。
「ん!」
「・・・何の儀式であるか?」
「さあ・・・今は黙って見守っていた方が良いと思います」
「ふむ・・・まあ、変化があるまではアリーのやりたい様にやらせておくのである」
ペインとアンネは心配そうな表情を浮かべながらも大人しくアリーを見守る。
ナハルやハミル達も、どの様にして森を元に戻すのか固唾を飲んで見守っているようだ。
皆の注目を浴びていたアリーが同じ動作を繰り返していると、静まり返っていた森に不穏な音が響き始めた。
「なあ、アンネよ・・・何やらメキメキと妙な聞こえるのは我輩だけであるか?」
「残念ながら、私にも聞こえています・・・」
「んっ!!」
ペインとアンネの2人が周囲を見渡し始めたのと時を同じくして、アリーが一際気合いを入れて立ち上がった。
ズボッ!!
アリーの気合いに応えるかの様に、一瞬にして皆の目の前に人間の胴体程の太さの幹を持つ木がいくつも姿を現した。
「なんと!?」
「本当に木が生えましたね・・・」
「えっへん!」
目の前の光景に呆気にとられている大人達をよそに、アリーは得意気に胸を張っている。
それに気付いたアンネはアリーの前にしゃがみ、優しく頭を撫でた。
「凄いですよアリー、後でご褒美をあげますから期待しててくださいね。
では、後少し頑張れますか?もし疲れたなら、少し休憩しますか?」
「大丈夫!頑張る!」
アンネの言葉に元気よく答えたアリーは再度森を振り返り、先程と同じようにしゃがんでは立ってを繰り返し始めた。
アリーは要領を掴んだのか、思いの外先程よりも早いペースで木を生やしていく。
その様子を見ていたハミルは、苦笑しながらペインの隣に歩み寄る。
「このペースなら、夕方までには終わりそうですね・・・まったく、末恐ろしい子です」
「魔召石様々であるな!これで貴様達も安心出来るであろう!」
「ペイン殿、一つお聞きしたいのですが、魔召石と言う物を食べれば、魔物やそれに類する物達は皆あの様に強大な力を発揮するのでしょうか?」
ハミルに尋ねられ、ペインは唸って首を振る。
「すまぬが、正直我輩にもそれは解らぬ・・・何せ魔召石は魔王にしか造り出せぬ特別な物であるからな。
そもそも魔召石とは、いくつかの魔石を魔王の魔力によって凝縮し固めた物でな、魔王の魔力をふんだんに吸収しているため魔力含有量は作製時に使用した同量の魔石とは段違いなのだ。
魔王自身も魔石はいざと言う時のために蓄えておかねばならぬし、魔召石を造るのは召喚を行う場合に限られる・・・そんな貴重な物を配下に食わせようと考えるなど、清宏くらいのものであろうな」
「そうですか・・・今後、魔召石を食べた魔物が現れた時のためにと知っておきたかったのですが、ペイン殿にも解らないのでは仕方ありませんね」
ハミルが残念そうに呟くと、それを聞いたペインは苦笑して優しくハミルの肩を叩いた。
「そう心配せずとも良いのである!我輩が思うに、その様な事態が起こる事などそうある事ではないのであるからな!!」
「そうなのですか?」
「うむ!」
ペインは自信満々に頷くと、笑顔でハミルを見た。
「我々竜族や魔族が食料として魔石を食す事は貴様も先程アリーを見ていたので知っているな?
我々は、本来ならば種族に合った物を食している場合には魔石は必要無いのだが、アンネのように血を吸わない者にとっては生命線となる・・・だが、魔石ならば何でも良いと言う訳ではないのだ。
本来魔石とは、魔族や魔物の体内で余分な魔力や魔素が結晶化するか、魔王城やダンジョンなどの魔族や魔物、人族の冒険者が多く訪れるような特別な場所でしか取れぬ・・・言ってしまえば、どんなに純度の高い物でも結局は吸収されなかった余り物か出涸らしみたいな物なのであるな。
だが、属性を付与された物や魔召石は違う・・・この二つは、他者の高純度の魔力を吸収してしまっているからである」
「それに何の問題があるのでしょうか?」
説明を聞いていたハミルが首を傾げると、ペインは腕を組んだ。
「ならば聞くが、貴様は火属性の魔物が水属性の魔石を食えると思うのであるか?」
「あぁ、そう言う事ですか・・・」
「そうであろう?我々は属性を付与された魔石を食すにしても、相性と言うものがあるのである。
その上、魔召石ともなれば更に話は別であるな・・・あれは魔王の尋常ならざる魔力をふんだんに吸収しているのであるから、もし他者が食した場合拒絶反応が出てもおかしくはないであろう。
これは我輩の推測でしかないが、我輩とアリーが強化されたのは、召喚主である魔王リリスが造った魔召石だったからではないかと思うのである。
召喚した側と召喚された側にはある種の契約や絆の様なものが結ばれるため、我々は食す事が出来たのではというのが我輩の考えであるな」
「まさか、清宏殿はそこまで考えて・・・!?」
説明を聞き終えたハミルがハッとして顔を上げると、ペインは勢いよく首を振った。
「そんな訳無いであろう!?貴様は奴を買い被りすぎであるぞ!!どうせ魔力含有量の多い魔召石を食わせれば効率が良くなるとか、そんな感じのくだらない考えしか無いのである!!」
「そ、そうでしょうか・・・」
ペインの勢いに気圧されたハミルが横目でアンネを見ると、アンネも苦笑しながら頷いていた。
だが、そんな男に惚れているのは彼女自身である事を忘れてはいけない。
話を終えたペイン達が再びアリーの様子を見ると、既に半分を超える範囲の森が復活しており、流石のアリーにも疲れが見える。
「アリー大丈夫ですか、少し休憩しましょう?」
「まだなの!」
「あまり無理をしてはいけませんよ?」
「そうであるぞ・・・」
アンネとペインが心配して話しかけたが、アリーは頑なに拒否をして作業を続けている。
2人はそんなアリーをしばらく見守る事に決め、少しだけ離れようとしたその時、集会所のある方向から何者かの怒鳴り声が聞こえて来た。
「ちょっとあんた達!私抜きで始めてんじゃないはうん!?」
「・・・はうん?」
怒鳴り声の主が奇声を発し、ペインとアンネは振り返って首を傾げた・・・振り返った2人の目の前には立派な木が生えている。
「何であるか?」
「さあ?」
2人は顔を見合わせ、奥に居たナハル達を見ると、ナハル達は皆一様に空を見上げていた。
「空に何かあるのであるか?」
「あっ!何か降ってきます!!」
ナハル達に倣って見上げると、目の良いアンネが空を指差した。
青く晴れ渡る空から何やら奇妙な物体が落ちてくる・・・それは何か叫んでいるようだ。
「ぎぃゃぁぁぁぁぁあああああ!へぶっ!?☆$<×:〆○÷€!!」
それは落下地点に生えていた木にそのままの勢いで突っ込み、枝をへし折りながら地面に激突した。
土煙が晴れ、落下地点に現れたズタボロの物体に近づいたペインは、それを指で摘み上げる。
「な、何で私ばっか・・・」
「ドリーであったか・・・貴様は呆れる程に頑丈であるな、本当にドライアドであるか?」
「致命傷以外はかすり傷と言いたいところだけど、流石に痛いものは痛いわ・・・ねえ、ちょっと降ろしてくれないかしら?このままじゃ回復出来ないわ」
ピクピクと痙攣しているドリーに頼まれ、ペインは優しく地面に降ろしてやる。
すると、みるみるうちにドリーの傷が癒え、あっという間に完全回復をして立ち上がった。
「凄いであるな・・・」
「でしょでしょ?森の木々から生命力を分けて貰えば、この程度の傷なんか即回復よ!!」
ドリーは素直に感心しているペインに胸を張って答えると、何かを感じ取って挙動不審になり始めた。
「な、何よこの凄い殺気は・・・!?」
「ドリー様、恐れながら早く謝った方が良いと思います・・・もう手遅れな感じもしますが」
「へっ?何がよ!誰に謝れっ・・・て・・・」
アンネの忠告を受けたドリーは、視界の端に怒りのオーラを放つ幼女を見つけ、滝のように汗を流し始めた。
「わ、悪いけど、私ちょっと用事を思い出しちゃったわ・・・ひいっ!?」
早足で逃げ出そうとしたドリーの目の前に、またもや木が生えて行く手を遮る。
ドリーは青ざめた表情でゆっくりと振り返り、背後に仁王立ちしている幼女と生命力を吸われて枯れ果てた木々を見て顔を引きつらせた。
「わ、私は悪くないわよ!?森の木達だって私の役に立てて光栄に思ってるわよ!!」
「めっでしょ!!」
「ひでぶ!」
見苦しい言い訳をしていたドリーは、またもや空高くへと打ち上げられた。
その後命からがら何とか戻って来たドリーは、アリーの容赦なく扱き使われ、自身が枯らしてしまった木々を無理矢理元通りにさせられる事になった。
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