第259話 ルート

 「痛い痛い痛い痛い!ちょっ、マジで痛いって!!あんた達も無視してんじゃないわよ!!」


 集会所の中にドリーの悲痛な叫び声が響く。

 いまだご立腹なアリーは蔦を器用に操り、ボロ雑巾の様になっているドリーを休む事なく攻め立てている。

 あまりの騒がしさに嫌気がさしたペインは立ち上がってドリーに近づくと、軽くデコピンを喰らわせた。


 「きゅう・・・」


 「やっと静かになったのである・・・ほれ、アリーもそろそろ落ち着くのである!」


 デコピンを喰らい、ドリーが奇妙な声を上げて気絶すると、ペインはアリーを抱き上げて席に戻る。

 アリーは気絶してしまったドリーを睨み付け、最後にもう一発だけ鞭打ちつと、ペインに大人しく抱かれたまま寝息を立て始めた。


 「なんと言うか、本当にアルラウネなのか疑いたくなりますね・・・」


 「そうであろう?まあ、普段此奴の訓練相手になっているのは我輩とアルトリウス、そしてアッシュと言う狼人であるからな・・・例えドライアドであろうと易々と勝てはせんであろう」


 「英才教育ですか・・・」


 ペインの言葉に呆れたハミルは苦笑して項垂れ、他の者達も乾いた笑いを漏らした。

 アリーはこの世界でも有数の実力者達から直々に訓練を受けているのだから、皆が呆れてしまうのは無理もないだろう。

 ペインはしばらくの間皆が静まるのを待ち、咳払いをする。


 「さて、ではドリーも静かになった事だし、我輩達の話を聞いて貰いたいのである・・・アンネよ頼むのである」


 「えっ、私がですか?」


 「貴様の方が上手く説明出来るであろう?頼むのである・・・」


 「それは構いませんが・・・」


 「何であるかその目は・・・」


 「いえ、やはりいつも通りのペイン様だと安心しただけです」


 「?」


 可笑しそうに笑うアンネを見てペインは首を傾げ、アンネは立ち上がって皆に深々と頭を下げた。


 「それでは、誠に僭越ながら私からご説明いたします・・・」


 アンネはハミル達の前に立ち、清宏が東櫻で手に入れて来た情報を皆に説明する。

 ハミル達が住んでいるこの森は、周辺に住む人々からは「迷いの森」と呼ばれて昔から恐れられており、あまりに広大なため正しい道を進まねば抜ける事はおろか、元居た場所に戻る事すら出来ない様な危険な場所と伝えられている。

 この森は、これまでにも手負いのワイバーンの襲撃など何度となく危機的状況に陥った事はあるのだが、強力な魔物も数多く住み着いているため、人族が侵攻して来る事など滅多に無かった。

 だが、今後アガデールが東櫻に攻め入ろうとした場合、魔王メンデス・ヌニェスが支配する「死海の森」、山脈に作られたトンネル、ハミル達が住む「迷いの森」、そして船で海を渡る4つのルートが考えられる。

 ただ、隣国に攻め入る前に魔王が支配する領域を抜ける様な無謀な真似をする可能性は限りなくゼロに近く、トンネルは大軍では通る事が出来ない上、通行中に落とされてしまえば多くの兵を失ってしまうし、出口で待ち伏せされてしまえば手の打ちようがない・・・よって、侵攻するとして一番可能性が高いのはこの森を抜けるか海を渡るルートになる。

 アンネの説明を聞き終えたハミル達は静まり返り、不安に押し潰されたかの様に項垂れた。


 「本当に攻めて来るのでしょうか・・・」


 消え入りそうな程の声でハミルが呟き、顔を上げてペインを見る。


 「それは解らぬ・・・もちろん奴等の出方次第ではあるが、清宏曰く一番リスクが少ないのが海とこの森を抜けて東櫻を挟み込むルートだと言っていたのであるよ。

 そして、城を出る際に清宏はこうも言っていたのである・・・もしも大軍を率いてこの森を抜けるとすれば、徴兵によって無理矢理集めた民達に木を切らせるか森を焼き払い、魔物には冒険者を雇って戦わせるはずだとな・・・さすれば本命である騎士達は被害を最小限に抑えたまま東櫻に入れるであろうからな」


 「確かにその通りですね・・・では、私達は避難した方が良いのでしょうか?」


 「いや、それには及ばぬのである!」


 不安気に尋ねたハミルに対し、ペインは不敵に笑い答えた・・・説明を終えてペイン隣に戻ったアンネも、何故か小さく微笑んでいる。

 ハミルと他の者達は、それを見て皆揃って首を傾げた。


 「アガデールが其方達の生活を脅かす・・・あの清宏がそんな事を許すはずが無かろう?

 そもそも、奴はその様な事態になった場合、我輩の身に何があってもこの森を死守しろと威圧してきたのであるからな・・・えらいおっかなかったのであるぞ!?其方達にも一度見せてやりたい恐ろしさなのである・・・きっと心に傷をつくる事になるであろう」


 「確かに、あの時の清宏様は普段にも増して鬼気迫る表情でした・・・あれは魔眼と言われても疑わない程の眼力でしたから」


 アンネは震えて小さくなってしまったペインの背中を慰めるように優しく撫で、苦笑する。

 それまで不安に押し潰されそうになっていたハミル達は、そんな2人の姿を見て安心したのか小さな笑い声を漏らした。


 「ははは・・・何と言ったら良いのか、清宏殿がそう仰っているのであれば不思議と安心出来てしまうのが恐ろしいと言うか頼もしいと言うか・・・」


 「我々は清宏殿にはまだ一度しかお会いしていましぇんが、彼の自信に満ち溢れたしゅがたを思い出しゅと、私も不思議と何とかなるのではないかと思えてしまいましゅなぁ」


 「彼奴は、何とかなるのではなく何とかするのが自分の仕事だと常日頃から言っているのである。

 彼奴には何か策があると言っておったし、この件に関しても何とかするのであろう・・・まあ、その分我輩やアルトリウスが馬車馬の様にこき使われる事になるのであるが、其方達の為とあらば致し方あるまい・・・それにこの森の危機とあらば、そこで気絶しているドライアドにも働いて貰ったら良いのであるからな!」

 

 そう言ってペインは床に転がっているドリーを見ると、清宏顔負けの嫌らしい笑みを浮かべる。

 その笑顔を見たハミル達は、自分達が住まわせて貰っている森の管理者に対し心底同情したが、何も言わずただ見守っていた。

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