第257話 バイブレーションジジイ

 休憩を終え、ペインはラフタリアの故郷がある迷いの森の上空をゆっくりと飛び、村の門の前に着地した。

 ペインがアンネとアリーを降ろし、人の姿になると、門が開いてハミルが出迎えた。


 「ペイン殿、ようこそおいで下さいました」


 「おお、ハミルではないか!約束を果たしに来たのであるぞ!!」


 「こんなにも早く来ていただけるとは思っておりませんでした・・・皆も喜びます。

 ところで、今日はラフタリアは一緒ではなかったのですか?」


 ハミルはペインの背後にいるアンネとアリーに優しく微笑んで会釈すると、娘の姿が見えない事に首を傾げた。

 それを見たペインは苦笑すると、わざとらしく肩を竦めた。


 「残念ながら、彼奴は報告書を提出するために今は王都に居るのであるよ・・・今までサボっていたツケが回って来てしまったのであるな。

 取り敢えず後ろの2人を紹介しよう・・・吸血鬼のアンネとアルラウネのアリーである。

 今回はアリーに森の修復をさせる事になるのであるが、アリーは見た通り子供故、お目付役としてアンネにも来て貰ったのである」


 「そうでございますか・・・残念ではありますが、仕事をサボっていたのであれば自業自得ですから仕方ありません。

 アンネ殿とアリー殿、私はラフタリアの父のハミルと申します・・・皆様には遠路遥々御足労いただき申し訳なく思っております」


 寂しそうに笑ったハミルは、アンネに深々と頭を下げると、まだ寝ぼけているアリーの頭を撫でた。


 「ここまで他人に懐いているアルラウネは初めて見ました・・・余程大切に育てていただいているようですね」


 「はい、私達にとってこの子は家族でございますから。

 ハミル様、私もラフタリア様とマーサ様にはお世話になっておりましたので、及ばずながらお力添えさせていただきたく思います」


 「ははは!貴女の様な美しい女性に協力していただけるならば、長も喜ぶことでしょう!

 では、作業に入る前に少々お話ししたい事がございますので、集会所へお越しいただけますでしょうか?」


 ハミルはペインとアンネに改めて頭を下げると、2人を集会所へ案内する。

 集会所への道すがら、ペインは歩きながらハミルに話しかける。


 「皆変わりは無いのであるか?」


 「はい、ローリエは買い付けの為に東櫻へ行っておりますが、他の者達は元気にしております」


 「ふむ・・・彼奴が居らぬのであれば、さぞ静かであろうな?」


 「そうですね、ローリエはエルフ族の中では珍しく人見知りをしない性格ですので、定期的に外に行って貰っているのです」


 「ならば、買い付けだけでなく情報収集もしているのであるか?」


 「はい、森で暮らす我々には外の情報はなかなか入って来ないですから、彼女には本当に感謝しております・・・」


 「であるか・・・ならば、我輩からも話したい事がある故、集会所に着いたら少しだけ時間を貰いたいのである」


 「それは構いませんよ」


 「あの・・・マーサ様はその後どうされていらっしゃいますか?」


 ペインとハミルの会話に遠慮がちに割り込んだアンネは、申し訳なさそうに頭を下げる。

 ハミルはそれに気付くと、立ち止まって振り返り苦笑した。


 「妻の事まで気に掛けていただきありがとうございます。

 今のところはまだ大きな変化はございませんが、たまに困惑した様に周囲をキョロキョロと見回している事がありますので、少しずつ異変に気づき始めている様に感じます」


 「そうですか・・・早く回復してくれたら嬉しいのですが・・・」


 アンネが心配そうに呟くと、ペインが軽く肩に手を置き笑った。


 「焦る必要は無いのである・・・いきなり効果が現れては、逆に身体に障る事もあるであろう。

 それよりも、ゆっくりでも効果が現れて来たと言う事は、いずれ元通りになる可能性が高まった証拠であろう?ならば、喜べば良いのであるよ」


 「ペイン殿の仰る通りです!私は皆様に感謝しているのですよ・・・再びあの頃の妻の元気な姿を見る事が出来るかもしれないのですから!」


 ハミルはアンネを気遣うように笑うと、再び歩き出した。

 アンネは、逆に気を遣わせてしまい申し訳なそうに頭を下げると、嬉しそうに語るハミルとペインの会話を聞きながら後を追った。

 しばらく村の中を進み、ハミルは集会所の前で立ち止まって振り向く。


 「既に皆集まっておりますので、どうぞお入り下さい」


 「急に来たと言うのに早かったのであるな?」


 「物見をしていた者がペイン殿に気付き、すぐに報せてくれたのです」


 「そうであったか・・・急がせてしまいすまなかったのである。

 では、失礼するのであるよ・・・」


 ペインは苦笑しながら扉を開き、集会所の中に集まっていた面々を見て笑顔を浮かべた。


 「ナハルよ、久しくはないが健勝であったか?約束を果たしに来たのであるぞ!」


 「これはペイン殿、ようこしょおいで下しゃいました!見ての通り変わらじゅ元気でごじゃいましゅぞ!!・・・しょれにしても、ペイン殿は相変わらじゅボン!キュッ!ボンのナイシュバデーでごじゃいますなぁ?

 むむっ!?ペイン殿の後ろに居られるうちゅくしいお嬢しゃんは一体誰でごじゃいましゅか!?」


 ヨタヨタと覚束ない足取りで駆け寄ったナハルは、わざとらしくよろけてペインの胸に飛び付くと、アンネに気付いて更にテンションが上がる。

 ペインの背後に居たアンネは、ナハルの熱い視線に身の危険を察知して後退り、ドン引きした目で様子を伺っている。


 「ナハルよ、貴様は相変わらずであるな・・・良いか、間違ってもその娘に手を出してはならぬぞ?其奴はあのアルトリウスの配下であり、清宏からも信頼されている娘であるからな。

 もし貴様が其奴を泣かした場合、流石の我輩でもあの2人相手では庇い切れぬぞ・・・」


 「にゃんと!?しょ、しょれはおしょろしい限りでごじゃいますな・・・。

 しゃて、ではハミルから聞いていらっしゃるでしょうし、しゅこしばかりお話しをしゃしぇていただきましゅ・・・」


 ペインの言葉を聞いたナハルは、プルプルと震えながらペインから離れ、自分の席に戻っていく。

 恐怖だけでなく、老いから来る震えも相まって、ナハルは釣り上げられた鯖の様に震えている・・・凄まじいバイブレーションだ。

 そんなナハルに苦笑したペインは、まだ警戒しているアンネの手を引いて席に着いた。


 


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