第253話 アビシニアと清宏

 オーリックとジルに連れられてリビングに向かった清宏は、ソファーに腰掛けて小さくなっている。

 清宏はリンクスが用意した紅茶をちびちびと飲みながら存在感を消す努力をしていたのだが、アビシニアは目の前に居座っているため全く成果が無い。

 そんな清宏の様子を見ていたジルは笑いを堪えるのに必死なようで、時折顔を逸らしては口元を押さえて震えている。

 アビシニアから幾度となく視線を感じていた清宏は、耐え切れずにため息をつき、居住まいを正して咳払いをした。


 「アビシニアさん、私に何か御用でしょうか?こうも先程から見られていては、正直落ち着かないのですが・・・」


 「これは失礼致しました・・・用と言う程の事ではないのですが、どの様なお方か気になりましたものですから。

 ですが、皆様とも親しいご様子ですし、話に聞いていた通りのお方なのでしょう・・・」


 「そうですか・・・」


 清宏が遠慮がちに答えると、アビシニアはカップをテーブルに置いて微笑んだ。


 「清宏様は今日はどの様なご用件で王都へ参られたのですか?お帰りになられてからまだ数日しか経っておりませんが、何か至急の案件でもあったのでしょうか?」


 「そ、それは私からは何とも・・・陛下にご確認いただいた方が宜しいかと」


 「貴方様からではなく陛下から直接と仰ると言う事は、あまり良い話ではない・・・と、言う事でございますか?」


 清宏はアビシニアの言葉に一瞬身体を強張らせたが、苦笑して受け流す・・・すると、リビングの扉が開いてラフタリアが現れ、震えている清宏を見てため息をついた。


 「トイレに行こうと思って降りて来たら話が聞こえて来てみたんだけど、何あんたらしくもなく縮こまってんのよ清宏・・・話してやんなさいよ、その人にも関係無い話じゃないんだからさ」


 「わたくしにでございますか?」


 「ほら、しゃんとしなさいよ!あんたが話した方が早いでしょ!!」


 アビシニアに聞き返されたラフタリアは清宏の背中を叩いた。


 「分かったよ・・・それじゃ、今から話す内容は陛下から達しがある迄誰にも言わないでくれよ?」


 清宏は渋々と了承すると、ゆっくりと皆を見渡した。

 全員が頷いたのを確認した清宏は、声を抑えてオライオンに話した内容を皆に伝える。


 「アガデールがそんな動きを・・・」


 「てか、ダンナ達はこの短期間で東櫻まで行ってたのかよ・・・そっちの方が驚きだわ」


 オーリックとジルが清宏を見て呟いていると、アビシニアは深刻な表情で俯いた。


 「それは、我が家に入り込んでいた密偵が原因でしょうか・・・」


 「それはどうでしょう・・・運悪くタイミングが重なってしまっただけかもしれませんし、その密偵を見つけて聞き出さない事には何とも言えません。

 ただ、おかしな動きを見せているのは確かなようですし、陛下にはこの機会に東櫻との同盟を結んだらどうかと持ち掛けました」


 清宏がフォローをすると、アビシニアは目を伏せて頭を下げた。

 リビングに重い空気が流れ始めたのを察したラフタリアは、笑顔を浮かべて清宏の肩を叩く。


 「まあ、あんまり深刻に考えなくて良いわよ!だって、何かあったら清宏達が片を付けるって陛下に豪語してからね!!」


 「それは本当ですか?」


 ラフタリアの言葉を聞いたアビシニアが驚愕して尋ねると、清宏は自信満々で頷き笑った。


 「先程、アガデールに目に物見せてやると陛下と意気投合したばかりですよ。

 これは我々とこの国の和睦の条件にもありましたが、他国が攻めて来た際には我々が責任を持って対処いたします・・・約束は守らなきゃいけないでしょう?」


 「これは・・・私はアガデールが不憫に思えて来ましたよ」


 「勝ち目は無いだろうな・・・」


 オーリックとリンクスは呆れて天井を見上げ、ジルは笑いながら清宏を見る。


 「まあ、それは奴等がこっちに攻めて来た時の話だろ?」


 「いや、奴等が東櫻に攻めようとした場合も、俺達は信濃を守る為に支援するつもりだ」


 「こ、ここまで始まる前から勝ちの見えない侵攻は例がないのでは・・・?」


 アガデールの未来を案じてオーリックが苦笑していると、またもやリビングの扉が開いてペインが現れた・・・入って来たペインは、何やら神妙な面持ちで清宏に近付くと顔を寄せた。


 「どうした?顔近いんだけど・・・」


 「清宏よ、貴様は何か忘れているのではないか?確か、他にも何かあったであろう・・・」


 ペインの言葉を聞いた清宏の顔が見る見る青くなっていく・・・それを見たオーリック達は、皆首を傾げた。


 「ヤッベ・・・マジで忘れてたわ・・・お前が思い出さなかったら、確実にそのまま帰ってたわ」


 「どうするのである、もう一度行くならば早い方が良いのではないか?」


 「どうかなさいましたか?」


 2人がヒソヒソと話をしていると、アビシニアが訝しげに尋ねて来た。

 清宏はペインとの話を打ち切って顔を上げると、咳払いをした。


 「いえ、他にも陛下にお伝えしたい事があったのですが、先程お会いした時に忘れていたものですから・・・」


 「そうでございましたか・・・ですが、陛下にお会いするならば、もう少し待たれた方が宜しいかと思います」


 「陛下は何かご予定でも?」


 「はい・・・」


 「でしたら、夕方にでも行ってみようかと思います・・・」


 清宏が残念そうに肩を竦めると、ジルがニヤニヤと笑いながら肩を叩いた。


 「で、どんな用事なんだよ?」


 「ジル、陛下より先に聞こうとするとは何事だ・・・」


 「いや、皆んなの意見も貰いたいし、出来れば聞いてくれるか?」


 オーリックがジルを諫めていると、清宏は苦笑しながら資料を取り出してテーブルに置く。

 全員が資料に目を通し終えると、清宏は真剣な表情で見渡した。


 「これは昨夜ルミネとシスに協力して貰ってまとめた物なんだが、何か気になる事とか不備は無いか?」


 「この草案は何方が考えた物なのですか?」


 「私です・・・いや、正確には私が住んでいた所にあった制度を基にまとめた物です」


 清宏が答えると、アビシニアは俯いてもう一度資料に目を通し直す。

 しばらく資料と睨めっこをしていたアビシニアは、考えがまとまり顔を上げた。


 「これは大変興味深く、実現すれば非常に良い制度になると思います・・・ですが、わたくしには実現は難しいかと思います。

 まず、この制度を実現するまでの間、現在医者として働いていらっしゃる方々の生活をどうするかについて何かお考えはおありですか?」


 「私の考えとしては、国が無利子無担保で生活費を貸すのはどうかと考えております・・・そうすれば、医者は生活費を考える事なく診療を行えるため、浮いたその分で患者の負担額を減らせるのではないでしょうか?

 返済に関しては、月々の収入に応じて金額を決め、無理の無い範囲で回収してはどうでしょう?」


 説明を聞いたアビシニアは、真っ直ぐに清宏を見つめる。


 「ふむ・・・ですが、生活費を貸すのは良いとして、それをどう管理しますか?もし借り逃げをされてしまった場合、回収が出来なくなってしまうのではないですか?」


 「その質問にお答えする前に、一つお聞きしたい事がございます」


 「何でしょう?」


 「彼等は何をもって医者を名乗っているのでしょうか・・・何か認定書の様な物があるのでしょうか?」


 「はい、一応診療所などには試験に合格した証を提示し、医師会に登録する決まりになっておりますが・・・」


 「証明書が偽造される可能性はありませんか?」


 質問を聞いたアビシニアの表情に影が差し、清宏はそれを見てため息をついた。


 「過去にはあったと言う事ですか・・・」


 「はい、非常に残念ではありますが・・・」


 アビシニアが小さく答えると、清宏はアイテムボックスからミスリルの板を取り出してテーブルに置く・・・皆は清宏の意図が読めずに首を傾げた。


 「では、新しく偽造が不可能な認定書を作成し、既に医者の資格を持つ人達と、これから医者になる人達に配ったらどうでしょうか?

 一応、今から私が原型になる物を造りますので、良かったら意見をいただけますか?」


 清宏はそう言うと、トランプと同等のサイズに切り抜いたミスリルの板を2枚用意し、何やら書き込んでいく。

 まず1枚目には自分の名前と番号、裏には魔術回路を書き込み、2枚目にも別の魔術回路を書き込んだ後、それを隠す様に合わせて接着した。


 「では説明します・・・まず、表面には誰が見ても分かる様に名前と登録番号を、2枚合わせた内側には本人確認の為の魔術回路を仕込み、複製され無いようにしてあります」


 「どの様にして本人確認をなさるおつもりですか?」


 認定書の原型を手に取って見ていたアビシニアが首を傾げて尋ねると、清宏は申し訳無さそうに苦笑した。


 「それについては時間が掛かるのでまたの機会にさせていただきますが、中の魔術回路を読み取る為の魔道具を製作しようと考えております。

 中に書き込んである魔術回路は私が考案した物で統一し、もし複製するために認定書を剥がして確認しようとした場合には、魔術回路が破損する様に仕込みます。

 読み込ませる為の魔道具を認定書の魔術回路にしか反応しない仕様にしておけば、二重の対策が可能であると考えます。

 話を戻しますが、生活費を貸す場合にはこちらを使って貰う事で本人確認を取って管理・情報共有をし、もし借り逃げした場合には資格剥奪などの処置をしてはどうでしょうか?」


 「確かに、その方法であれば・・・ただ、それでも時間は掛かると思います」


 アビシニアは頷いてはいるが、まだ半信半疑な様でなかなか良い答えが出てこない。

 そこで、清宏はリンクスを見て天井を指差した。


 「なあリンクス、子供達は医者の世話になった事は無い?」


 「勿論あるが・・・それがどうかしたのか?」


 「いや、資料に目を通したなら解ると思うが、医者に診て貰うと高いだろ?もし仮に今の生活が出来なくなった場合、すぐに医者に診せられるか?」


 「それは・・・あまり自信は無いな」


 リンクスが苦笑して答えると、清宏は腕を組んで唸った。


 「そうだろうなぁ・・・でも、一般の奴等はそんな生活してんだぜ?医者に診せくても、休めば金が払えないから我慢してんだよなぁ」


 「あぁ、私達は恵まれてるとは思うよ・・・」


 清宏はリンクスの言葉に頷くと、資料を指差した。


 「これはな、そんな一般の人達だけじゃなく、医者達の為に考えられた制度なんだよ。

 医者が恨まれる仕事って言われている理由は、やっぱり高いってのが原因だ・・・だが、俺は適正な価格だと思ってる」


 「そうなのか?」


 「あぁ・・・だって、医者も人間だから生活しなきゃならないし、薬の材料を切らす訳にはいかないから定期的に補充しなきゃならないだろ?それに、古くなった材料は捨てなきゃならない場合もあるだろうし、兎に角金が掛かる仕事だと思うんだよ。

 彼等だって人の為にって思って医者になったのに、恨まれるなんて報われないだろ・・・実際、廃業する人も居るらしいし、最悪なのは自ら命を絶った人も居るって話だ。

 なあ、お前はこのままで良いと思うか?もしこのままの状況が続けば、いずれこの国から医者は居なくなってしまう・・・そうなれば、もしまた子供や旦那さんが病に倒れた時、救えるはずの命が救えなくなる可能性もあるんじゃないか?」


 「正直考えたくはないが、そうなる可能性はあるな・・・」


 リンクスの言葉に頷いた清宏は、アビシニアを向いて頭を下げた。


 「アビシニアさん、私だって今のままでは実現が難しい事くらい百も承知なんです・・・ですが、何としても実現したい制度なんです。

 私はこの件について、多くの人達を救うためとか綺麗事を言ってはきましたが、正直なところ、今まで私が関わった人達が健康でいてれればそれだけで良いんです・・・そのついでに他の人達も救われるなら申し分無いって程度の考えです。

 貴女にはそう思える人達はいませんか?もしいらっしゃるなら、私に協力してはいただけないでしょうか・・・」


 しばらく押し黙っていたアビシニアは、苦笑しながら清宏を見て深く頷いた。


 「そうでございますね・・・この歳になると出会った人数が多く、そのような方々を挙げ始めればキリが無いのですが、お国の為とあれば致し方ないでしょう・・・それに、実現が難しいと言って行動せぬのであれば、それこそ何も変わりません・・・この制度が国の為、病に苦しむ人々やそれを診るお医者様の為となるならば、努力する価値があると言うものです。

 今お聞きした話は、わたくしからも陛下に上奏いたしましょう・・・何でしたら、後程わたくしも陛下にお会いする予定ですし、清宏様も共に参られますか?」


 「ありがとうございます!正直、同じ日に何度も時間を割いていただくのは申し訳なかったので助かりますよ・・・絶対サンダラー団長に呆れられるのが目に見えてますからね!」


 清宏が安堵してソファーにもたれ掛かると、アビシニアは既に冷めきっていた紅茶を飲んで控え目に笑った。

 その後、清宏とペインはアビシニアと共に再度王城を訪ねて話をし、オライオンに信頼されているアビシニアの後押しもあったため何とか色良い返事を得ることが出来た。

 王都での全ての用事を済ませた清宏とペインは、最後にもう一度オーリック達に挨拶し、帰路についていった。

 

 

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