第215話 クソ雑魚極まれり!
メジェド達を見送って広間に戻った清宏は、いつも通り広間中央の水晶盤の前に腰掛けたところをルミネに捕まってしまった。
「さあ清宏さん、お勉強の時間ですわよ!」
「マジか・・・今から仕事なんだけど?」
「どうせ侵入者を罠に掛けるだけなのでしょう?来ない間は手が空いているでしょうし、時間は有効的に使わなければなりません。
それに、貴方は興味の無い事は後回しにしてしまう悪癖があるようですし、私が監視しないとすぐにサボってしまいそうですもの」
ルミネは水晶盤の前にあるテーブルの上を片付け、代わりに筆記用具を取り出して清宏に渡した。
「はあ・・・暇じゃないとは言え、そっちも放置は不味いか」
「その通りです。ベルガモットさんもアンネさん達から指導を受けて頑張っているのですし、貴方もヤル気を出さなければ顔向け出来ませんわよ」
ルミネが指差した方を見た清宏は、アンネとレイスに叱られながら指導を受けているベルガモットを見て苦笑し、紙を開いてペンを持った。
だが、せっかくヤル気を出した清宏の元に、珍しい邪魔者が現れた。
「清宏様ー、ちょっと良いですかー?」
「んあ?どうした、こんな時間に珍しい・・・」
清宏が振り返ると、そこには、まだあどけなさの残るサキュバスの少女が立っていた。
「清宏様に問題です・・・私の名前は何でしょうか!?」
「確か18号だったか?」
「ブッブー!ちゃんと清宏様が付けてくれた名前で呼んでくれなきゃダメですー!」
18号は頬を膨らませ、怒ったように清宏を見た。
清宏は最初こそキョトンとした表情を見せたが、何かに気付いてニヤリと笑った。
「すまんな、一気に付けたから覚え切れてないんだよ・・・良かったら教えてくれないか?」
「えっ・・・!?そ、それじゃあナゾナゾにならないじゃないですかーっ!」
慌てふためく18号を見てため息をついた清宏は、彼女の頭を撫でながら苦笑した。
「お前、また自分の名前忘れたんだろ?
俺は昨夜、リリにお前達全員に伝えるように言ったのに、何で覚えてねーんだよ・・・良いか、お前の名前はスクルドだからもう忘れんなよ?」
「そうだった!私の名前スクルドだった!!」
「何でリリじゃなくて、わざわざ俺に聞きに来たんだまったく・・・時間の無駄じゃねーか」
喜ぶスクルドに清宏が呆れていると、邪魔をしない様に話を聞いていたルミネが優しく微笑んだ。
「彼女は、貴方に名前を呼んで貰いたかったしょうね・・・言わば、貴方は名付けの親なのでしょう?やはり親に名前を呼んで貰うのは嬉しいものです・・・恐らく、他の方々も貴方に名前を呼んで貰いたいと思っているのではないでしょうか」
「そうそう、ルミネちゃんの言うとーりだよー!これからはちゃんと名前で呼んでくださいね!」
スクルドはルミネに抱きつき、ルミネは困ったように笑い、彼女の頭を優しく撫でる。
「まあ、これからはちゃんと呼んでやるから安心しろ。
さてと、一つ問題が発生しちまったな・・・」
「何がですか?」
唸った清宏にルミネが尋ねると、清宏はスクルドを指差した。
「たぶん、覚えられてないのはこいつだけじゃないかも知れんて事だ。
正直、これはビッチーズだけじゃなく俺等にもある事だが、呼び慣れてない名前をすぐに覚えるのは難しいもんだ・・・それが一度に大量にとなれば尚更な。
こいつ等の名前は客にも覚えて貰わないとならんから、こいつ等自身が忘れてたら意味が無い・・・この際、手間ではあるが名刺とネームプレート作るかな」
「名・・・刺とネームプレートですか?」
首を傾げたルミネを見て、清宏は紙に図を描いて説明する。
「名刺は相手に名前を覚えて貰うために配る紙で、ネームプレートはお前の持ってるギルドの階級章みたいに本人が着用する物で、名刺を配れば相手は覚えやすいし、ネームプレートがあればこいつ等は何度でも自分で確認出来る。
ただ、問題は名刺の数なんだよな・・・こっちにも活版印刷はあるようだが、頼むとなると結構な出費だし最悪俺が作るか・・・」
「清宏さんは、ただここに居るだけでどんどん仕事が増えていきますわね・・・」
「本当、嬉しいやら悲しいやら・・・ん?何か聞こえないか?」
呆れているルミネに苦笑しながら答えた清宏は、周囲を見渡して首を傾げた。
「何か聞こえますか?私には何も・・・いえ、確かに聞こえますわね」
「男の人と女の人の叫び声みたいなのが聞こえるよー?たぶん、向こうかな・・・」
スクルドが指差す方角を見て、清宏は慌ててマップを開いた。
開かれたマップには、東から凄まじい速さで近付いてくる2つの赤い点があり、それが近づくにつれて叫び声も大きくなってきた。
「・・・ぃぃぃいやあああああ!ぶ、打つかる!打つかるううううう!!!!」
叫び声がはっきりと聞こえたと同時に、広間に轟音と衝撃が響いて天井が崩れ落ちた・・・先程までの比較的平和な日常が、またもや広間の半壊と言う形で崩れ去る。
反射的に動いた清宏は、近くに居たルミネとスクルドを庇い、アンネはレイスとベルガモットを、アルトリウスとペインは離れた場所でリリスやアリー、オスカー達ちびっ子の相手をしていたため、身を挺してそれを守った。
広間中に崩れた天井の破片や埃が舞い散り、視界が閉ざされる。
清宏は庇った2人の安否を急いで確認する。
「怪我は無いか!?」
「私は何とか清宏さんのおかげで無傷です・・・ですがスクルドさんが・・・」
ルミネもスクルドを庇おうとしたのか、彼女を抱き締めていた胸元に赤い染みが出来ていた。
清宏が慌ててスクルドを抱き上げると、彼女のこめかみには天井の破片が当たって出来たであろう深い傷が、痛々しく赤い血を流していた。
素早くポーションを取り出した清宏は、すぐにそれを飲ませて治療する。
「おい!大丈夫か!?」
スクルドは頭を打っているため、清宏は身体を揺らさない様に声を掛ける・・・すると彼女はゆっくりと目を開け、何事も無かったかの様に飛び起きた。
「びっくりしたー!何があったんですか!?」
「良かった、無事だったか・・・。
何があったかに関しては、今から原因となった奴等をこってりと絞って吐かせてやるよ・・・仲間に怪我させた報いは受けて貰わないとなあ?」
「清宏さん、お手柔らかにお願いしますわね?」
完全にブチ切れた清宏を見て、ルミネは素早く後退り距離を取る。
広間に充満していた埃が徐々に薄れて行き、瓦礫の山に埋まっている人影を確認した清宏は、怒りのオーラを発しながらゆっくりと近づいて行った。
「げーっほげほっ!!な、何やったんやあいつ等は!?いきなりぶん投げるとか勘弁して欲しいわほんま・・・あれ、ここは何処や?そうや、お嬢!お嬢は何処や!?」
瓦礫に埋まっていた1人が何とか這い出して咳き込み、まだ埃が漂っている周囲を見渡しながら叫んでいる。
「お嬢!お嬢!!」
「お前が探してんのはこいつか?」
不意に声を掛けられ、人影は慌てて武器を構えて声のした方向を凝視し、両手を上げて持っていた武器を手放した。
「あかん、降参や・・・さっきの奴等と言い、自分等何者や?」
「ほう、天井ぶっ壊した割には殊勝な態度だな。
俺自身はお前等が何者かは知らんし興味も無いが、お前等のせいで仲間が怪我しちまった・・・この落とし前、どう付けてくれるんだ?」
人影が見つめる方向から何者かが近付く。
そして崩れた天井から吹いた風によって埃が晴れて行き、互いの姿を確認して2人は目を見開いた。
「その姿、烏天狗か?」
「そう言う自分は人間かいな・・・こないけったいなもんで包囲しよるから何者やと思っとったが、まさか人間やったとはな。
取り敢えず、名乗んのが礼儀やろな・・・自分は鞍馬、しがない烏天狗や。
互いに色々と聞きたい事はあるんやろうが、先に一つだけ聞かせてくれ・・・お嬢は無事か?」
鞍馬は目の前に現れた人間に名乗り、鎖に繋がれた女性を確認すると、睨みながら尋ねた。
「鞍馬ね・・・それじゃあ、こいつが魔王信濃って事か?聞いていた通り綺麗な毛並みだ・・・相当気に掛けて手入れしてるようだな。
俺の名は清宏・・・魔王リリスの副官だ」
「に、人間が副官やと!?人間がこんなエゲツない包囲するとかそんなんありかいな・・・。
そうや!お嬢は無事なんか!?早よ答えてくれ!!」
鞍馬は捕らえられている信濃に駆け寄ろうとしたが、見えない壁に阻まれて苦々し気に舌打ちした。
「心配はいらん、打つかった衝撃で気絶してるだけだ・・・まあ、お前の態度次第では今後も無事かどうか分からんがな」
「頼む!自分はどうなっても良え、お嬢だけは助けたってくれへんか?」
鞍馬は頭を下げて頼んだが、ただ清宏は冷たい目で見下ろしている。
「何故だ?天井ぶっ壊して現れた奴を見逃す馬鹿が何処にいる・・・被害を受けたこっちとしては、どう考えても敵にしか思えないよな、お前等は。
まあ、俺も鬼じゃないし話だけは聞いてやるよ」
清宏は鞍馬の足元から鎖を出し、信濃同様縛り上げた。
「自分で巻き付く鎖とか、ほんまどないなっとんねん・・・なあ、これがあるんやし、この周囲を囲んどる見えへん壁や罠をどかしてくれへんか?こんな状況やと緊張して喋れんわ・・・」
「ふむ、まあそれもそうか・・・と言うと思ったか馬鹿者!へへーん、クソ雑魚極まれり!!」
清宏は鞍馬の頼みを聞き入れたかと思ったが、近付くのを見た鞍馬が小さく笑ったのを見逃さず、下に向かって拳を繰り出した。
清宏の放った拳は腰の辺りを通過する瞬間消えて無くなり、鞍馬の頭上に現れて強烈な拳骨をお見舞いした。
不意を突かれた鞍馬は、意識を失う寸前に絶望に染まった表情で清宏を見て倒れ、力なく呟く。
「く、空間魔法の使い手とか聞いた事あらへんわ・・・自分、ほんま卑怯やで・・・」
「空間魔法だ?そんな上等なもんじゃねーわ!俺を出し抜こうったってそうは行くか、そこで大人しく寝てろ鳥バード!!
さてと、次はこのおねんねしてる犬ドッグをどうしてやろうか・・・」
気絶して聞こえていない鞍馬に怒鳴りつけた清宏は、自分の後ろで鎖に繋がれて気絶している信濃を見て、とても人間のするものとは思えない邪悪な表情を浮かべ、肩を揺らしながら不気味な声で笑った。
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