第136話 マーサの我儘

 ペインはしばらくの間、ラフタリアによる高齢者虐待の一部始終を大人しく見ていたのだが、流石に終わりが見えないため、ラフタリアの腕を掴んでやめさせた。


 「ラフタリアよ、もう良いであろう・・・すでに原型をとどめていないのである」


 「はぁーっ・・・はぁーっ・・・はぁーっ・・・ペイン、あんたも覚えておきなさい!これが自業自得とか因果応報ってやつよ!!」


 某格闘ゲームのコンテニュー画面のように、顔面がボコボコに腫れ上がった長を指差し、ラフタリアは踵を返して自分の席に戻っていく。


 「しゅみましぇん・・・しゅみましぇん・・・みょうしにゃいにょでゆりゅしちぇくだちゃい」


 (何を言っているのか、さらにわからなくなったのである・・・)


 ペインは呆れつつもポーションを取り出して蓋を開けると、飲み口をナハルの口らしき場所に当てがった。


 「こんな状態では話が出来ぬからな・・・」


 ナハルは勢いよく飲み干して目を見開く。


 「きょれは・・・うみゃい!助かったでしゅぞペイン殿!!」


 徐々に傷の癒えていったナハルは、ペインの手を握って頭を下げた・・・そして、狙ったかのように胸に顔を埋めた。


 「しゅばらしい柔らかしゃでごじゃいましゅ!」


 「こんのエロじじい!懲りてないじゃないの!」


 いやらしい笑いを浮かべているナハルを見て、激昂したラフタリアが弓を構える。

 すると、ペインはナハルの首根っこを掴んで持ち上げ、椅子に座らせた。


 「我輩は構わんのである・・・別に減るものでもないのであるよ。

 それより、早く話を進めぬか?いつまで経っても終わらないのであるぞ?」


 「じじい!次やったら射殺すわよ!?」


 ラフタリアはナハルに釘を刺して座り直した。


 (何故であろう・・・今この場に居る者の中では、我輩が一番まともなのではないか?)


 ペインは内心苦笑しつつ席に戻った。


 「しゅまんかった・・・では、話を始めましゅか」


 「やっと始められるわね・・・。

 皆んなも時間を取らせてしまってごめんなさい。

 今回私が帰って来たのは、別に里帰りとかじゃないの・・・お米や醤油、味噌なんかを分けて貰いたくて帰って来たのよ。

 今私がお世話になってる知り合いが、どうしても手に入れたいって言ってて、出来ればこれからも定期的に里から購入したいらしいの。

 お金とかも既に預かって来てるんだけど、良かったら分けて貰えないかしら?」


 ラフタリアは話し合いの開始と同時に、皆に説明をして頭を下げた。

 集まっている面々は、互いを見ながら首を傾げた。


 「ちゃんと支払って貰えるなら構わないんじゃないか?」


 「えぇ、何よりラフタリアの知り合いならば、断る理由は無いと思うが・・・」


 最初の1人を皮切りに、他の者達も賛同し始めたが、それまで黙っていた女性が眉をひそめながら手を挙げた。


 「私も構わないとは思うけど、わざわざ皆んなを集めてまで聞くような事かしら・・・何かあるんじゃないの?」


 女性が発言すると、それまで賛同していた者達が一斉にラフタリアを見た。

 ラフタリアは冷や汗を流しながら苦笑している。


 「えーっと・・・それがね、量が半端ないのよねー・・・」


 「ちなみにどの位なのかしら?」


 女性に尋ねられたラフタリアは、アイテムボックスを開き、清宏から預かって来たお金や魔石を取り出して並べていった・・・その量は換算すると、一般家庭が10年は遊んで暮らせる程の金額だ。

 ラフタリアが取り出すのを見ていた皆の顔が、一気に青くなった。


 「これで買えるくらいかなー・・・」


 「待ってくれ!これだけの金額となると、今あるだけでは足りないぞ!?それに、我々の分が無くなってしまうじゃないか!!」


 正気に戻った1人が、慌ててラフタリアに詰め寄る。


 「私も払い過ぎって言ったんだけど聞かなくてさー・・・どうしよう?」


 「どうしようも何も、この里では無理なんだから直接買いに行けば良いだろう!」


 他の者達も口々に無理だと言い、ラフタリアは困り果てていた・・・だが、そこでペインが立ち上がった。


 「ラフタリアよ、確か清宏から手紙を預かっていたのではないか?」


 「へ?そういえば確かにあったわね・・・」


 ラフタリアが手紙を取り出すと、ペインはそれをナハルに差し出した。


 「長よ、詳しくはこの手紙を読んで欲しいのである・・・清宏にら、決して其方達を困らせる意図は無いと思うのである。

 我輩達ではうまく説明出来ぬゆえ、これを読んでから決めて欲しいのである」


 ナハルが手紙を受け取ると、ペインは黙って席に戻った。


 (ねぇ、なんかいつものあんたと違くない?)


 (我輩も驚いているのである・・・何故か、今の貴様を見ていると冷静になるのであるよ)


 (ごめん・・・)


 (構わんのである・・・我輩もやれば出来るという所を見せねばならぬからな)


 2人は周りに気を遣い、小さな声で会話をしている。

 集まっていた者達は、清宏からの手紙を回しながら読んでいき、ハミルに渡ったところでナハルが立ち上がった。

 ハミルに渡って来た手紙には、量は分けて貰えるだけで構わない事、それと、さらに米などを買い付け、しばらくの間管理を頼みたいと書かれていた。


 「皆しゃんはどう思うかの?私は受けても良いと思うんじゃがな」


 「まぁ、管理する分には手間は変わりませんし、構わないとは思うのですが・・・何故このような回りくどいやり方をするのでしょう?」


 「そうよね・・・欲しいなら直接買いに行った方が良いもの」


 ナハルを始め、皆の反応は良い方向に向かっているようだが、まだ決め兼ねているようだ。

 ハミルも困ったようにラフタリアを見ていたのだが、それまでペインに抱かれていたマーサが手紙を奪うと、急に立ち上がった。


 「この子は良い子なのー。だから、受けても良いと思うのよー」


 「この子?まさか清宏の事かしら・・・」


 ラフタリアが呟くと、マーサは満面の笑みで頷いた。


 「清宏ちゃんは良い子なのよー。

 ちょっと悪い事を考えてるけど、私達には関係ないから大丈夫なのー」


 「えっと・・・母様、清宏が何を考えてるか解る?」


 「直接買いに行ったら、足元を見られると思ってるのよー。

 ラフちゃんの知り合いとして里から買えば、私達が断りにくいってわかってる確信犯なのよー」


 マーサの言葉を聞き、ラフタリアは椅子から転げ落ちた。


 「あんの馬鹿!何考えてんのよ!!」


 「でもそれ以上に、ちゃんと私達の事も考えてくれてるのよー」


 怒るラフタリアと、呆れていた者達は首を傾げてマーサを見た。

 マーサは笑顔を崩さず、くるくると回っている。


 「清宏ちゃんはねー、私達に頼む事で私達も得になるようにって考えてくれてるのー。

 管理する為の場所と手数料を支払う事で、いざという時の為の蓄えにして欲しいって思ってるのよー」


 マーサは目が回ったのか、その場にしゃがみ込んだ・・・だが、やはり笑顔で皆を見ている。


 「清宏ちゃんはねー、天邪鬼さんなのよー。

 皆んなの事を考えてるけどー、素直になれない優しい子なのよー」


 マーサはひとしきり話し終えると、またペインの膝の上に戻っていった。

 集まった者達は皆沈黙し、どうすべきか悩んでいるようだ。

 それを見ていたペインとラフタリアは、顔を見合わせて頷いた。


 「身内贔屓になってしまうのであるが、マーサが言った事は概ね正しいのである・・・。

 清宏という男は非常におっかない男であるし、破天荒とも思えるのであるが、根は真面目な男なのである・・・。

 おそらく、下心があるというのは事実であろうが、皆の事を考えているのも事実だと思うのである」

 

 「そうね・・・正直、まだ短い付き合いの私も、何度となくあいつとは喧嘩をしたし、今でもムカつく事はあるけど、相手を傷付けるような嘘は言わない奴よ・・・。

 皆んなには悪いんだけど、私は清宏のためにお米を持って帰ってあげたいの・・・色々とお世話にもなってるし、出来れば皆んなにも協力して欲しいの」


 2人が頭を下げると、ナハルが静かに立ち上がった。


 「皆しゃん・・・普段お転婆なラフタリアと、マーサの恩人であるペイン殿がここまで頼んでいるのでしゅし、我々も協力してはどうでしゅかな?」


 「そうですね・・・我々はこれまで通り生活するだけで管理料をいただけるのですし、悪い話ではありません」


 「同族がお世話になっている方ですし、これだけの物をいただいて何もせぬのでは、エルフの名折れというものですからな」


 満場一致で可決されラフタリアとペインは安堵の表情を浮かべる。


 「私ねー、清宏ちゃんに会いたいのー」


 ペインの膝の上に大人しく座っていたマーサが、顔を上げて呟いた・・・その表情は、今までの笑顔とは打って変わって不安そうにしている。


 「それは難しいのであるよ・・・」


 「清宏は遠出出来ないし、母様も無理だしね・・・」


 2人は困惑したが、マーサはペインにしがみ付いて離れようとしない・・・すると、ハミルがマーサの髪を優しく撫でた。


 「何か理由があるんだろう?言ってみなさい。

 そうでないと、2人とも困ってしまうだろう?」

 

 ハミルが諭すと、マーサは顔を上げてペインを見た。


 「清宏ちゃんはねー、たくさんたくさん無理をしてるのよー・・・慣れない自分を演じて、自分の心に仮面を被ってるのー。

 清宏ちゃんはねー、自分は家族や友達に会いたいけど会えなくてねー、でも、ラフちゃんには家族が居るんだからって送り出してくれたのよー」


 たどたどしくもはっきりと話すマーサの言葉を聞き、ラフタリアは眉をひそめた。


 「家族に会いたいけど会えないってどういう意味なの?」


 「清宏ちゃんはねー、こっちの・・・」


 「マーサよ、それ以上は言わないでやって欲しいのである・・・ラフタリアも、聞きたいならば清宏本人に聞くのである」


 ペインは、ラフタリアの問いに答えようとしたマーサの口を優しく塞ぎ、悲しげに呟いた。


 「何だってのよ・・・そんなに重い話なの?」


 「少なくとも、大多数の者が居る場所ではするべき話ではないのである。

 ラフタリアよ、我輩はマーサと清宏を会わせたいのであるが良いであるか?」


 「まぁ、あんたがそうしたいって言うなら、私は構わないけどさ・・・」


 ラフタリアが困ったようにハミルを見ると、ハミルは優しく頷いた。


 「マーサがここまで我儘を言うのは珍しいし、きっと思うところがあるんだろう・・・君がお世話になっている方の為だし、連れて行ってあげてくれ」


 「ハミルよ、マーサは我輩が責任を持って送り届けよう」


 ペインはハミルに固く誓い、マーサの頭を撫でた。

 すると、ラフタリアがペインの脇腹を突いて顔を寄せた。


 (大丈夫なの?ヴァルカンとアルコーの事もあるし、本当に時間無いわよ?)


 (仕方ないのである・・・清宏の身に何かあるならば、放って置くわけにはいかないであろう。

 まぁ、我輩が頑張って時間を調整すれば何とかなるであろう?いや、何とかしてみせるのであるよ)


 ペインは苦笑していたが、その言葉には強い意志が込められていた。

 

 

 

 

 

 


 

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