第134話 真実の眼

 巨木の幹を支柱として造られた質素な家屋の中、窓から差し込む朝日に照らされ、ペインが横になっている。

 ラフタリアと再会してすぐに気絶してしまったペインは、里の住人達によって建物の中に運ばれたのだ。


 「うーん・・・マーサよ、それに近づいたらいかんのである・・・それはイヴィルプラントであるぞ・・・。

 それは甘い香りで獲物を誘き寄せて喰らうのである・・・」


 ペインはうんうんと唸りながら寝返りを打つ。

 

 「声が聞こえたから起きたのかと思ったら、夢の中でまで母様に悩まされてるのね・・・。

 ほら、いつまで寝てるの?さっさと起きなさい」


 様子を見に来たラフタリアは、ペインを揺さぶって呼びかける。

 ペインは寝ぼけ眼で身体を起こすと、腕を広げて大きな欠伸をした。


 「むぅ・・・ここはどこであるか・・・」


 「私の実家よ。ほら、早く起きて顔を洗いなさいよ!父様達が、お腹を空かせてるあんたの為に、畑を荒らしてた猪を特別に譲ってくれるって言ってたんだからシャキッとしなさい!」


 猪という言葉を聞いた瞬間、ペインの目が輝いた。


 「それは本当であるか!?」


 「本来なら埋めて自然に還すところを、母様を守ってくれたあんたの為にって譲ってくれたのよ。

 ただ、里の中では食べちゃダメだから外に行くわよ」


 「かたじけないのである!」


 ペインは嬉しそうに軽い足取りでラフタリアについていく。

 家を出て周囲を見渡すと、他の家も、ラフタリアの家同様に巨木の幹を利用して造られているようだった・・・森の中という限られた空間を活かす為、その様な造りになっているのだろう。


 2人は里の住人達に挨拶をしながら歩き、里の裏門を出て森に入っていく。

 しばらく歩いていると、やや開けた場所に辿り着いた。

 その中心には、人の倍はあろうかという大きな猪が横たわっていた。


 「あれであるか?」


 「えぇ、あれだけ有れば足りるでしょう?」


 「十分である!では早速・・・」


 ペインは人差し指の爪を伸ばすと、器用に猪の皮を剥ぎ、腹を割いて内臓などを取り出していく。

 それを見ていたラフタリアは、不思議そうに首を傾げた。


 「そのまま食べるのかと思ってたわ・・・」


 「いやいや、この姿では丸飲みは不可能であるよ・・・」


 あらかた解体作業を終えたペインは、小分けにした肉を生のまま食べ始める。

 周囲には血の匂いが漂っており、冒険者であるラフタリアですら顔をしかめている。


 「焼けば良いのに」


 「我輩がやれば、せっかくの肉が炭になるのである」


 ペインは口の中の肉を飲みこむと、肩を竦めて苦笑した。


 「ペイン、昨夜は母様を守ってくれてありがとうね・・・」


 ラフタリアは複雑そうな表情でペインに頭を下げた。


 「別に構わないのである・・・だがラフタリアよ、マーサは本当に貴様の母親なのであるか?見た目と言い振る舞いと言い、明らかに貴様より幼いではないか・・・まさか、エルフの女は歳を取ると幼くなるのであるか?」


 「そんな訳ないでしょ・・・ただ、母様が特殊なだけよ・・・」


 ペインに尋ねられたラフタリアの表情は、心なしか寂しそうにしている。


 「ふむ、特殊であるか・・・」


 「ねえペイン・・・あんた、昨日一緒にいる間に母様の瞳を見たかしら?」


 「いや、ずっとニコニコと笑っていたであるからな・・・一度も見ていないのである」


 「母様はね、生まれつき目が見えていないのよ・・・瞼を開ける事すら出来ないの」


 「・・・ん!?昨夜は蛾やリスを認知していたのであるぞ!?まぁ、蛾を蝶々と勘違いしてはいたのであるが・・・それに、ふらつきながらもちゃんと歩いていたのであるぞ!」


 もも肉にかぶりつこうとしていたペインは、動きを止めて聞き返した。


 「えぇ、母様は見えていないのに見えているのよ・・・」


 「なぞなぞであるか?見えていないのに見えている・・・あぁ、スキルであるか?」

 

 ラフタリアは無言で頷く。


 「だが、認知する為のスキルとマーサの症状に何の関係があるのであるか?別段珍しいスキルでは無いであろう?」


 「真実の眼・・・」


 ラフタリアの言葉を聞いた瞬間、ペインは驚愕し、持っていた肉を落とした。

 真実の眼というスキルには、大きく分けて2つの能力がある。

 まず1つ目は視野の拡大だ・・・通常の人間の視野の広さは左右で約180度〜200度だが、このスキルを持っている場合、その広さは全方位に及ぶ。

 ただ、探査系のスキルとは違い、範囲は自身の見える範囲に限られる。

 そして2つ目・・・この2つ目こそが真実の眼の最も重要な能力だ。

 それは、自身の視界の中に居る者達の心を暴き、さらには、手紙などからでも書き手の心理を事細かに読み解く事が可能だ・・・このスキルの前では、全ての嘘が暴かれるの事になるため、決して嘘はつけない。

 真実の眼は一件便利に思えるスキルではあるのだが、大きな問題点がある・・・それは、自身では制御出来ないという事だ。

 スキルが常時発動してしまうため、周囲の膨大な情報と視界に入る人物の心の全てが嫌でも理解出来てしまう・・・そして、常時発動してしまうという事は、身体がスキルに馴染む前に、必ず反動が来てしまうという事なのだ。


 「マーサはあれを持っているというのであるか!?あんな物を持っていては壊れて・・・そうか、だからあのようになってしまったのであるか」


 ペインは肉を落とした事にも気付かずにラフタリアに詰め寄る。


 「えぇ・・・スキルの反動のせいで、母様の身体は成長が止まったのよ・・・」


 ペインは血の付いた口元を拭って腕を組み、小さく唸った。


 「まさか、真実の眼を持っているとはなぁ・・・あれは魔王クラスですら扱えぬと聞き及んでいるのであるからな・・・反動が来て当然と言っても良いのである」


 「でしょうね・・・常時発動型のスキルで、目が見えなくても、全てのものを認知してしまうんですもの・・・見たくないものまでお構い無しにね」


 「であるな・・・見境なく他人の心の奥底まで見透かしてしまうというのは、人の心では耐えられんのである・・・それは、マーサに関わる者にとってもな。

 善意だけならばまだしも、奥底に滓のように溜まった悪意をも見てしまうのは辛いのである・・・」


 「えぇ、だから母様は心を閉ざした・・・今の母様は、夢と現実の区別がついていない状態よ。

 父様と結婚して私を産んだ事も、母様にとっては全てが夢の世界の出来事なのよ・・・。

 母様だって動けば疲れるし眠りもする・・・眠れば夢だって見るけど、それも含めて今生きている事自体全てが夢の中なの」


 「全てが夢であると強く思い込む事で、自身の心が完全に壊れるのを防いだわけであるな・・・。

 だが、貴様は寂しくないのであるか?貴様の事も、夢の中の人物と思われているのであろう?」


 ペインに尋ねられ、ラフタリアは困ったように笑った。


 「寂しくないって言ったら嘘になるけど、母様は今のままが一番だと思ってるわ・・・だって、今のままでも私の事を我が子だと思ってくれてるし、それに、母様が壊れてしまうくらいなら、私は夢の中の登場人物であった方が充分幸せだから」

 

 「貴様は母親想いであるな・・・」


 「当然でしょ?何があろうと、あの人はこの世界にたった1人の私の母様なんだから」


 ラフタリアは照れているのか、耳まで真っ赤になりながら笑っている。


 「ラフタリアよ、そこまでマーサを大事に思っておるなら、まずは魔物や危険な場所に近づかぬようにさせた方が良いのであるよ」


 「ごもっともね・・・でも、普段はちゃんと安全な道を歩くみたいよ。

 なんか、あんたと一緒なら安心して気ままに散歩が出来るって言ってたわよ」


 「あぁ、出会った時に我輩の事も見ていたのであるな・・・ならば、我輩が覇竜である事も知っていたはずであろうに」


 ペインが項垂れると、それを見たラフタリアは苦笑した。


 「あんたは元々強い奴にしか興味が無かったし、私の知り合いだから大丈夫だと判断したんでしょ。

 それに、あんた以上のボディーガードなんてそうそう居ないでしょ?」


 「だからといって、自ら魔物に近づいていくのはやめて欲しいのである・・・我輩、ハラハラして気疲れしたのであるよ」


 「まぁ、あまり責めないであげて・・・普段から、他の人と一緒じゃないと家からも出られない人だからさ・・・」


 「まぁ、それは仕方ないであろうな・・・。

 さてと、腹も満たされたし戻るのである!早いところ用事を済ませて戻らねば、清宏がうるさいのである」


 ペインは余った肉をアイテムボックスに入れて立ち上がると、手と顔を洗い、2人で里に戻った。


 

 


 


 


 

 

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