第76話清宏の知識

 工房でのひと騒動が落ち着いた後、クリスを歓迎する宴が催された。

 忙しい身の上であるクリスは、普段から会食などで豪華な食事には慣れているのだが、会食では気を張っているため食事を楽しむ時間は限られ、味わうことすらままならない・・・そんな彼にとってこの城での食事は、心から料理を味わい、気の合う者との会話を楽しむ事が出来る貴重な機会だった。

 クリスは終始笑顔で皆と語り合い、楽しそうにしていた。

 今は宴も終わり、皆が片付けをしている間に清宏はクリスを誘って風呂に入っている。


 「いやぁ、久しぶりに楽しい食事でした・・・まさか、魔族の方々と語り合いながら食事をする機会が来ようとは思っておりませんでした。

 清宏殿、今日は私を誘っていただきありがとうございました・・・」


 「いえ、私もクリスさんに喜んでいただけて嬉しいですよ。

 私は恵まれています・・・こちらの世界に来てからまだ半年も経っていないと言うのに、仲間に恵まれ、更には貴方のような素晴らしい方にも出会えました。

 全ての人々が魔族に対して友好的でないのは理解しているつもりです・・・ですが、クリスさんやローエン達を見ていると、信じたいと思えます。

 これから先、中には悪意を持つ者も現れるでしょうが、今日のように楽しい日々が続けられるように努力しなければならないと思いを新たに出来ましたよ」


 2人は湯船に浸かりながら笑い合っている。

 宴の最中とは違い、2人共落ち着いた雰囲気の中、湯船を楽しんでいるようだ。


 「それにしても、清宏殿は多彩な才能をお持ちですな!この浴場と言い、先程使わせていただいた石鹸類なども全てご自分で造られたと言うのですから驚きですよ!」


 「ははは、まぁ好きな物には凝ってしまう性分なので・・・クリスさん、実は共同事業で一番造って貰いたいのは、先程の石鹸類なんですよ。

 国王陛下に提案するため、オーリック達にも持たせてあります」


 清宏の言葉を聞き、クリスが身を乗り出す・・・その表情は、既に仕事モードになっている。


 「あれを量産する事が可能なのですか!?」


 「えぇ・・・ただ、グリセリンソープを使う物や水酸化ナトリウムを使うものなどいくつか製法があるのですが、私がお教えするのは水酸化ナトリウムを使った物になります。

 まず石鹸の材料になる水酸化ナトリウムを造らなければいけませんが、食塩水を電気分解する事で水素、塩素、水酸化ナトリウムの3種の物質が精製されます。

 水素は非常に可燃性の高い気体で、火を付けると瞬時に爆発・炎上します。

 塩素は特有の臭いを持つ黄緑色の気体で、腐食性と強い毒性を持っています。

 最後に石鹸の材料となる水酸化ナトリウムですが、水酸化ナトリウムは非常に強いアルカリ性で本来なら劇物指定されている薬品です・・・これら3種の物質は確かに危険ではありますが、使い方さえ守れば非常に役に立ちます」

  

 清宏が説明を始めると、クリスは聞き漏らさぬように集中する。

 清宏の知識は学校で学んだ事やネットでの知識、資格などが基になっている・・・本来なら生活する上で必要の無い知識であっても、興味を持った物に関しては徹底的に調べ尽くす性格が、この世界で役に立っているのだ。

 

 「まず水素ですが、水素は燃焼すると酸素と化合して水になります・・・それ以外にもエタノールと言うアルコールの主成分にもなります。

 次に塩素ですが、塩素は水酸化ナトリウムを溶かした液体と反応させる事で、次亜塩素酸ナトリウムと言うものになります・・・それは漂白や殺菌にも使えますし、放置しておくと酸素を放出して食塩水に戻ります。

 水酸化ナトリウムは先程塩素の処理法としても挙げましたが、石鹸を造るのに重要な材料です。

 ただ、水に溶かして水溶液を造る際、発熱して突沸します・・・水溶液が出来たら、オイルと混ぜ合わせて型に流し込み、固まったらしばらく乾燥させて固形石鹸の出来上がりです。

 危険なやり方ではありますが、それは製法を盗ませない為です・・・新たな産業とするのであれば、製法は出来るだけ難しく、簡単にコピー出来ないものでないと意味がありませんからね」


 「ははは、素晴らしい造詣の深さですな・・・聞いただけでは理解が追いつきません。

 もし本格的にこの計画が始動した折には、改めてもう一度ご説明いただけますかな?」


 クリスは乾いた笑いを漏らしながら清宏を呆れた目で見ている・・・彼にとって知らない単語ばかりなのだから仕方のない事だろう。


 「もちろんです!あと液体タイプの物は、固形石鹸の製造がしっかりと出来るようになってからにしようと思っています。

 いやぁ、向こうの世界じゃ無駄知識だったけど、役に立つ日が来て良かったですよ・・・一応、劇物や危険物取扱の資格とかも向こうでいくつか取得しているので、工場建設の時にも色々とアドバイスはさせてもらいます!」


 「何から何までありがたい事です・・・清宏殿には頭が上がりませんな!」


 2人が笑い合っていると、扉が開き片付けを終えたアルトリウスやローエン達が入って来た。


 「おぉ、これは皆様お揃いで!先に楽しませていただいております!」


 「おっ!どうですうちの自慢の風呂は、快適でしょう?深さも丁度良いし広いから、どんなに長身の人でも大丈夫。余裕の造りだ、他とは製作者が違いますよ!」


 まだ酔いが覚めていないのか、やけに饒舌なグレンが笑いながらクリスに話しかける。


 「えぇ、堪能させていただいております!いやぁ、こんな立派な湯船に毎日浸かれる皆様が羨ましい限りですよ!」


 「流石は世界に名だたる大商会の代表殿、見る目がお有りですな・・・この城には、浴場以外にも清宏様の意匠が至る所に施されております。

 また明日にでも、私自らご案内いたしましょう」


 「何と!?アルトリウス殿にご案内いただけるとは光栄でございます!是非よろしくお願いいたします!!」

 

 アルトリウスの提案を聞き、クリスは感激して湯船から立ち上がる。

 飛沫が盛大に飛び散って清宏にかかったが、清宏は気にする事も無く笑いながら頷いていた。

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