第66話心休まらない休日③

 一夜明け、グレン達は再びオズウェルト商会にやって来た。

 前日同様に手厚いもてなしを受けたが、流石に2度目ともなれば彼等も慣れたのか、今日は失礼にならない程度に寛いでいる。

 グレン達が別室に通され、出された紅茶を飲んでいると、10分程でマイクが現れた。


 「お待たせしてしまい申し訳ありませんでした」


 「いえ、私達も少し早めに来てしまいましたので・・・」


 謝罪をするマイクを見て、シスは慌てて席を立つ。


 「それで、クリス代表のお返事はありましたでしょうか?」


 「はい、皆様方が帰られてからすぐに連絡をいたしましたら、1週間後にこちらに来ると申しておりました。

 時間をいただきたい旨を説明しましたら、5日間程予定を空けてくるとの事です」


 マイクの言葉を聞き、シスは胸をなでおろした。

 クリスは忙しい身でありながら、数日間予定を空けてまで会いに来てくれるのだ。

 それ程清宏の事を重要視している証拠だろう。


 「それはありがとうございます!お忙しい中、無理なお願いをしてしまいましたのに・・・」


 グレン達が頭を下げると、マイクは首を振った。

 マイクは何か思い出してしまったのか、必死に笑いを堪えているようだ。


 「いえ、清宏様がお会いしたいと仰っていると伝えましたら、その場で秘書に今後の予定の変更を指示しておりました・・・それはもう大変喜んでおりましたよ」


 「何と言いますか・・・恐縮でございます」


 「いえいえ、あの方は魔道具の事になりますと、周りが見えなくなりますからな、秘書もいつもの事と諦めているようです。

 私もその気持ちは解らなくもありませんが・・・まぁ、清宏様の魔道具を一度見てしまえば、好きな者は虜になるでしょうな!」


 マイクは笑いながら頷くと、扇風機をテーブルの上に置いた。

 清宏が持って来た物とは少しばかり違うように見える・・・。


 「これはまだ試作品ですが、清宏様の設計図を元に改良を施した物です・・・」


 扇風機が動き出し、風が吹く・・・だが、それだけでは無かった。


 「首が動くように改良されたんですね?」


 「えぇ、最初は清宏様の設計図通りに作ったのですが。それでは1人しか風に当たれない事に気付きまして・・・やはり売るとなれば相応の値段にしなければなりませんし、そうなるとお客様の負担も増えてしまいますから、我々が改良いたしました。

 清宏様の設計図は、我々にとって衝撃的なものでございました・・・特に、あの魔術回路は我々の業界に革命をもたらす物です。

 ですが、そこで引っかかったのです・・・あれ程までに複雑な魔術回路でありながら、設計図に書かれていた物はあまりにも仕様が少ないと言う事に。

 恐らく、清宏様が敢えてそうされたのではないかと言うのが、我々の考えでございます・・・」


 マイクの言葉の通り、清宏が仕様を少なくしていたのはわざとだろう。

 だが、マイクは苛立つでも無く、嬉しそうに笑っている。


 「仮にわざとだったとして、怒らないのですか?」


 「怒るなど滅相もございません!我々は嬉しかったのです・・・敢えて仕様を少なくする事で我々に疑問を抱かせ、考える時間を与えてくださったのですから。

 確かに設計図通りに作るのは楽かもしれません・・・ですが、それでは次に繋がらないのです。

 我々は自ら考え改良を加える事で、新たな技術を習得し、これから先役に立つ経験を積む事が出来ました・・・それは、設計図を安く譲っていただいた事よりも有り難いことでございました」


 シスの問い掛けにマイクはしみじみと答え、優しい笑顔を浮かべた。


 「そう言っていただけると、主も安心すると思います。

 では、あまり長居をしてはお仕事の邪魔になってしまいますし、私達はこれで失礼いたします」


 「皆様方とお話をさせていただけて楽しゅうございました。

 またお時間が取れた折には、是非お立ち寄りください」


 3人はマイクと握手を交わして商会を後にする。

 特に予定の無い3人はぶらぶらと街中を歩いていたが、途中でグレンの腹の虫が鳴ってしまった。


 「兄さん、お昼にはまだ早いですよ?」


 「仕方ねーだろ、早起きに慣れちまって朝飯からが長いんだよ!」


 グレンは恥ずかしそうに顔を赤らめて怒鳴るが、それに合わせて再度腹の虫が鳴った。


 「まぁ良いんじゃないかな?買い物は昨日済ませちゃったからやる事無いし、お昼済んだら帰る準備しよ?」


 「おっ、珍しくレティが良い事言った!」


 「仕方ないですね・・・じゃあ、どこにします?」


 3人が道端で立ち止まっていると、目の前を見覚えのあるパーティが通り過ぎ、それに気付いたグレンが手を上げて声を掛ける。


 「おーい、オーリックのダンナ!今帰りか!?」


 「グレン殿!?」


 グレンが呼び止めたのは、オーリック達だった。

 オーリックはすぐに引き返して来ると、グレン達に頭を下げた。


 「こっちに立ち寄ったんすね?ラフタリアの姐さんは一緒じゃないんすか?」


 「短い間でしたが、大変お世話になりました。

 グレン殿達が居るかもと思い、改めて挨拶をしようと立ち寄ったところでした。

 それに、この街に知り合いがいるとの噂も聞いていたので、会いに行こうかと思っております。

 ラフタリアは、しばらく連絡役としてあの城でお世話になります。

 騒がしくなるかと思いますが、よろしくお願いします」


 オーリックが笑いながら答えると、ルミネがシスの腕を引いて皆から離れた。


 「あの、シスさん・・・下着、ありがとうございました」


 「あ、いえ・・・サイズが合って良かったです」


 2人は、皆に聞こえないように小さな声で話し合っている。

 ルミネが借りていたけしからん下着はシスの物だったらしい・・・見かけによらず大胆な趣味を持っているようだ。


 「何2人でコソコソしてんだ?」


 「兄さんには関係ありません!」


 「グレンさん、女性の会話に割り込むものではありませんよ?」


 グレンは2人から睨まれて肩を竦める。

 オーリックとジルは、そんなグレンを見て肩を叩いて慰めた。


 「それより、オーリックのダンナ達の知り合いって誰っすか?俺等暇なんで、何なら捜すの手伝いますよ?」


 グレンは諦めてため息をつくと、オーリックに提案した。

 

 「あぁ、それは助かるよ・・・まぁ、場所は解ってるんだが、この街の者以外が会うためだけに立ち寄るのは気が引けてね・・・」


 「場所は解ってるんすね、何処すか?呼んできますよ!」


 「君達のよく知ってる場所だよ・・・私達の知り合いって言うのは、この街のギルドマスターのネルソンさんだよ」


 グレンはネルソンの名前を聞いて顔をしかめた。

 昨日怒られたばかりで、あまり会いたく無い相手だったからだ。


 「君の表情を見るに、あの人は相変わらずみたいだね・・・元気そうで良かった」


 「ギルマスと知り合いだったんすね・・・昔からあんなに厳しい人だったんすか?」


 グレンに尋ねられ、オーリックは苦笑して頷いた。

 リンクスとカリスもしきりに頷いている。


 「あの人は、私達がまだA級だった頃にお世話になったんだ・・・赤龍討伐の時にも色々と助けられてね、私達にとっては恩人なんだ」


 「昔は、私とオーリック2人がかりで手も足も出なかったな・・・ネルソンさんが引退してギルマスになったと聞いた時は、下に付く奴等は絞られるなと哀れんだものだよ」


 オーリックとリンクスは思い出し笑いをし、グレンを見る。


 「そこで俺を見るのは辞めて欲しいんすけど?

 確かに絞られてますよ・・・昨日も怒られたしね」


 「だが、悪い人ではないだろう?あの人は、いつだって仲間や他の冒険者達の事を第一に考えていたからね・・・この業界は、常に死と隣り合わせだから、1人でも多く帰ってきて欲しいんだろうね」


 オーリックは懐かしむ様な悲しげな表情で呟いた。

 リンクスとカリス、離れて聞いていたルミネも俯いている・・・仲間であり、皆にとっては姉であった魔術師の女性を思い出しているのだろう。

 そんなオーリック達を見て、何かしら察したグレンは敢えて明るく笑い、歩き始める。


 「何があったかは知らないっすけど、辛い事を思い出した時には楽しい事やって追いやるのが一番!

 とりあえずギルマスん所に行って、その後飯にしましょうや!」


 「ははは、そうだね・・・確かにその通りだ。

 私達がいつまでもこんな事ではいけないな・・・よし、気持ちを切り替えよう!久しぶりにネルソンさんに会えるんだ、こんな顔をしていてはどやされる!」


 「だな・・・あの人の拳骨は頭が凹むからな」


 リンクスの呟きに皆は苦笑し、冒険者ギルドに向かった。

 ギルドに入ると、受付嬢がグレンに気付いてニヤリと笑う。


 「あらグレンさん、今日も怒られに来たんですか?」


 「違げーし!ギルマスのお客さんを案内して来たんだよ!!」


 「えっ!?あ、すみません!お名前をお伺いします!!」


 受付嬢は慌てて居住まいを正し、オーリック達を見て笑顔になった。


 「すみません、私の名はオーリックと申します。

 ネルソン氏の古い馴染みで、久しぶりに顔を見に立ち寄りました」


 「え・・・オーリックって、あのS級の!?あ・・・申し訳ございません!」


 「ははは、別に構いませんよ・・・ネルソン氏はお時間はありますか?」


 「はい!ただ今呼んで参ります!!」


 受付嬢は慌てて席を立つと、凄まじい勢いで奥に消えて行った。

 慌て過ぎて途中で盛大にこけてしまい、その場の全員に下着を見られてしまったが、構わず走って行った。


 「流石はオーリックのダンナ、あの子があんなに慌ててんの初めて見たっすよ?」


 「なまじ有名になるのも面倒なものだよ・・・この街では名前を出さない限り騒がれないけど、王都だと囲まれる事もあるからね。

 特にルミネとラフタリアなんか信奉者が多くて大変そうだよ・・・」


 グレンが周囲を見渡すと、受付嬢の声を聞きつけた冒険者や職員達が遠巻きにオーリック達を見ていた。


 「これじゃ確かに落ち着けないっすね・・・」


 「だろう・・・?」


 オーリック達がため息をつくと、奥から足音が聞こえて来た。

 そちらを見ると、ネルソンが笑いながら走って来ていた。


 「おいおい、久しぶりだなお前等!!」


 「ご無沙汰しておりますネルソンさん!」


 ネルソンはオーリックに抱き着いて背中を叩く。

 オーリックは痛そうにしているが、再会を喜んでいるようだ。

 ルミネやリンクス達も懐かしそうに挨拶を交わしている。

 ジルも顔見知りらしく、手を上げて挨拶をした。


 「皆も元気そうだ!ん?あの喧しいラフタリアが居ないな・・・」


 「彼女は今別行動をしております・・・まぁ、近くにはおりますから、近いうちに来る事もあるかと思いますよ。

 それにしても、ネルソンさんは変わりませんね・・・相変わらずお元気そうで良かったです」


 「そうか、あいつはからかうと面白いんだがな・・・。

 変わらないって言やぁ、お前達の方が変わらんだろ・・・特にルミネなんて歳とってんのか?まぁ、身体つきは大分男好きする体型に変わったみたいだがな?」


 「ネルソンさん、上に報告してもよろしいですか?」


 「おー怖え怖え、相変わらず辛辣だなお前は・・・立ち話もなんだし、奥に行くか?」


 ネルソンは肩を竦めると、オーリック達を手招きして奥に歩き出した。


 「俺等を無視しねーでくれよギルマス!?」


 「何だ、お前等まだ居たのか・・・ご苦労だったな、もう帰って良いぞ?」


 「せっかく案内してきたのにそれは無えだろ!?」


 「流石にそれは無いわー・・・」


 グレンとレティはネルソンに詰め寄ろうとしたが、オーリックに阻止される。


 「冗談だよ・・・それより、お前等知り合いなのか?」


 「えぇ、ラフタリアは今彼等の所におります。

 私達も昨日までお世話になっておりました」


 「あぁ・・・あのデタラメな雇い主の所か。

 オーリック達が動いてるって事は王国絡みか・・・まぁ、面倒ごとはゴメンだし詮索はしねーよ。

 グレン、あまり面倒な事になるようなら早めに手を引けよ・・・俺もそこまで面倒は見きれないからな?

 さて、俺の部屋で話そうかと思ったが、そろそろ良い時間だし飯でも食いに行くか?」


 ネルソンはグレン達に釘を刺すと、カウンターから出てきて扉に向かう。


 「おっ、あざーっす!」


 「奢るとは言ってないぞ馬鹿者!!」


 「あら、誘っておいて出さないのはどうかと思いますわよ?」


 ネルソンが、調子に乗ったグレンに拳骨を食らわせると、ルミネが笑いながら呟いた。

 

 「そうだな・・・久しぶりに会った後輩に奢らないのは、先輩としてどうかと思うな」


 「酒もあればなお良い・・・」


 「確かに、ゆっくり腰を据えて話すなら飯を食いながらが一番だ!ここは年長者として良い所を見せなきゃな!?」


 リンクスとカリス、ジルまでもがニヤケながらネルソンを見ている。

 ネルソンは観念し、深くため息をついた。


 「俺はお前等と違って薄給だってのに・・・仕方無え、今日だけだからな!?」


 「何だかすみません・・・」


 オーリックだけが申し訳なさそうに謝ったが、その表情は嬉しそうにしている。


 「まぁ、久しぶりに会いに来てくれたんだ・・・たまには良いだろう。

 ほれ、もたもたしてないで早く行くぞ!!」


 その日は結局夕方近くまで語り合い、ネルソンの仕事が一つも終わらずに残業をする羽目になってしまったが、久しぶりの再会を楽しんだため、ネルソンは特に気にすることもなくギルドに戻って行った。

 オーリック達も先を急ぐためそのまま街を離れ、グレン達もまた、城に戻るため馬を走らせる。

 キラーアントに襲われ、商会では緊張し、ギルドでは怒鳴られ、オーリック達と会って昼間から酒盛りをした忙しい休暇だったが、グレン達は満足そうな表情で夕焼けに染まる街道を、城に向けて走って行った。

 

 

 



 


 


 


 


 


 

 

 

 

 

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