第65話心休まらない休日②

 グレン達の持ち込んだ品の査定が終わったのは、太陽が昇り、街に活気が出て来た頃だった。

 武具の査定は魔道具とは異なり種類が限られているものの、実は魔道具以上に見た目だけでは判断が難しい。

 魔道具の場合は魔力を込めれば魔術回路に沿った効果がすぐに確認出来るが、武具の場合は素材・重量・長さなどだけでなく、斬れ味や強度は十分であるか、どのような属性や耐性が付与されているかなど確認する事が多いため時間がかかるのだ。

 ただ、確認作業に時間がかかる分、属性が付与されている武具は基本的に高値で売れる。

 魔道具は特殊な仕様になっている物が多く、決まった相場というものがない・・・需要が限られてしまい、買い手が付きにくいのが原因だ。

 それに比べて、武具は基本的に使い手を選ばないため相場がある程度決まっており、付与された属性や性能によって査定額が上がる。

 物によっては、一振りの剣で城が建ってしまう程の値段が付く事もあるのだ・・・それは神代の神剣・聖剣・魔剣の類いになるが、そのような武具はまず市場に出回る事は無い。

 そのような武具は、人が自ら手にするのでは無く、武具が使い手を選ぶのだ・・・勇者や一部の英雄のような存在がその最たるものだろう。





 さて、話はグレン達に戻る・・・商会から出てきた彼等は、それぞれ貨幣の入った袋を持っているが、中身を確認して手が震えているようだ。


 「なぁ、マジで俺達の雇い主様は何もんなんだろうな・・・ただでさえ高値で売れたのに、色をつけてくれたんだが」


 「この間の取り引きの時に、清宏さんが足りない分を差し引いたって言ってましたから、そのお返しみたいですね・・・」


 「なんか、武具自体もかなり良かったらしいよ?造りはまだ荒いけど、性能は国の上級鍛治士と同等かそれ以上だって言ってた・・・」


 呆れているグレンとシスに、袋の中のお金を確認していたレティが笑いながら答えた。

 レティの袋には、大金貨が8枚と細かい貨幣がたんまりと入っている。

 グレンとシスはそれよりは少ないが、それでも大金貨が5枚ずつはあるようだ。


 「あれでまだ駆け出しとか言ってるんだからヤベーわ・・・俺なら満足して店構えるな!」

 

 「本当にこんなに貰ってしまって良いんでしょうか・・・正直、慣れてしまうのではないかと怖くなりますね。

 最初にいただいた支度金もまだ残っているのに、それを使い切る前に増えてしまいました・・・2週間でこれだと、単純計算で月に大金貨が10枚以上も手に入るのは嬉しい反面不安になります」


 「じゃあ、皆んなに何か買って帰ろうよ!金は天下の回り物・・・自分で使い切れないなら皆んなの為にってね!」


 「ふふっ・・・そうですね!では、私はリリス様やアンネ達に服でも買ってあげましょうか?」


 レティに手を引かれたシスは、皆の喜ぶ顔を想像して微笑み歩き出す。


 「おいおい、買い物の前にギルドに報告すんのが先だろ!?」


 グレンは慌てて2人を止めると、襟首を掴んで引きずる様にギルドに向かった。


 「あら、お久しぶりですグレンさん!シスさんとレティさんもお元気そうでなによりです!」


 3人がギルドに入ると、受付にいた女性がそれに気付いて笑顔で出迎えた。

 垢抜けない感じではあるが、可愛らしい印象を受ける女性だ。


 「おっす、マジで久しぶりだな!ところで、キラーアントの討伐依頼とかって来てなかった?

 こっちに帰って来る途中で巣を潰したんだけど、他の奴等とバッティングしてたら困るだろ?もし誰も受けてなかったら達成報告しとこうと思ってさ」


 グレンが尋ねると、受付嬢は書類の束を確認して頷いた。


 「あ、4日前に依頼が来てますね・・・幸いまだ誰も受けていないようです。

 では、証拠の素材と報告書の提出をお願いします!」


 「はいよ・・・んじゃあ、キラーアントの牙122本ね!これだけ剥ぎ取るの面倒だったわ・・・」


 「ふふっ、お疲れ様でした!・・・そういえば、ローエンさんとウィルさんはご一緒ではないんですか?」


 グレンが素材を渡して書類を書いていると、受付嬢が首を傾げて尋ねた。


 「2人は今買い出しに行ってるんです・・・」


 受付嬢の質問に答えたシスは、冷や汗を流しているようだ。

 聞き取れないほど小さな声で「やばいです・・・すっかり忘れてました・・・」と震えながら呟いている。


 「おっし完了!んじゃあ報酬よろしく!!」


 「はい!ではちょっとだけ待ってて下さいね!」


 受付嬢は手を振りながら奥に走って行く。

 グレンは笑いながら手を振り返したあと、シスを見て首を傾げた。

 

 「レティ、シスはどうしたんだ?」


 「さぁ?さっきから何か呟いてるんだよね」


 グレンとレティの視線に気付いたシスは、2人の腕を掴んで部屋の隅に連れて行く。


 「どうしたんだよシス・・・」


 「兄さん・・・一つ確認したいんですが、私達は今清宏さんに雇われてますよね?」


 シスに尋ねられたグレンは頷いたが、質問の意図が解らず眉をひそめた。


 「長期契約の件をギルドに報告しました?」


 「おぉ・・・してねーわ」


 「えっ・・・ヤバいよねそれ?」


 3人は自分達の状況に気付いて真っ青になる。

 この世界の冒険者ギルドは騎士団に代わって街や村を守る役割を担っているため、民衆の模範となるように厳しい規則が設けられている。

 有事以外での街中での武器の使用や暴力沙汰などは厳罰に処されたり、報告義務を怠った場合には罰金やランクの降格、最悪資格の剥奪になる事もあるのだ。


 「どうする・・・このまま黙っておくか?」


 「でも、バレたらさらにヤバいんじゃない?」


 「今からでもギルドマスターに報告しましょう・・・自分達から言えば、もしかしたら罰も軽くなるかもしれませんし」


 「お待たせしました!・・・どうかしました?」


 グレン達が頭を抱えていると、報酬を持って来た受付嬢がそれを見て不思議そうに尋ねた。


 「い、いや・・・ありがとな!ところで、ギルマスは今いる?」


 「はい、執務室にいらっしゃいますが・・・あ、また何かやらかしました?あまりおイタしちゃだめですよ?」


 受付嬢はグレンの反応を見て呆れたように笑い、優しく注意をした。


 「ちょっとだけ時間貰えないか聞いてきてくれないかな?」


 「わかりました、ちょっと行ってきますね!」


 受付嬢は再度奥に走って行き、しばらくするとグレン達を手招きして呼び出した。


 「グレンです・・・」


 「入れ」


 グレンが部屋の外から声を掛けると、室内から低い声が聞こえてきた。

 3人が部屋に入ると、奥には体格の良い50代程の男が腕を組んで座っていた。


 「お久しぶりですギルマス・・・」


 「挨拶はいらん・・・今度は何をやらかした?」


 3人が頭を下げると、男はため息をつきながら立ち上がった。

 男の名はネルソン、グレン達の所属しているギルドのトップだ・・・既に冒険者を引退してはいるが、現役時のランクはS級でかなりの実力者だ。


 「やらかしたと言うか、報告を忘れていました・・・」


 「それをやらかしたと言うんだ馬鹿者!

 毎度毎度お前達は問題ばかり持ち込みおって!」


 ネルソンはグレンに怒鳴りながら拳骨を喰らわせ、蹲ったグレンを見下ろした。


 「それで、何を忘れていた?」


 「はい・・・俺達、しばらく街にいなかったじゃないすか?実は、偶然知り合った人に雇いたいって言われて、その人の所に厄介になってるんすよ。

 俺達も初めての事で浮かれてたのもあるんすけど、契約金も貰っちまって・・・」


 ネルソンはそれを聞いてため息をつき、グレンにデコピンを喰らわせた。


 「あのな、それを忘れたらいかんだろ・・・お前達も知っているだろうが、依頼を出す人達は皆ギルドにまず報酬を預ける。

 その内2割をギルドの運営資金とし、残りを報酬としてお前達冒険者に渡している訳だ・・・専属契約の場合でもそれは変わらん。

 ギルドに所属しているのなら、それは絶対に守らねばならない・・・上の者が知れば、横領を疑われても仕方がないからな」


 「すんませんでした・・・」

 

 3人は頭を下げて謝罪し、ネルソンは腕を組んで唸った・・・処分について悩んでいるのだろう。


 「はぁ・・・解った、今回だけは特別に見逃してやる。

 初犯と言うの事もあるし、専属契約なんて滅多にある話では無いから、お前達が浮かれてしまうのもわからんでも無いからな・・・。

 ただし、その雇い主とやらには一度来てもらう必要がある・・・その雇い主も知らなかったんだろうが、専属契約に関する説明と契約金の2割を納めて貰わねばならん。

 都合のいい日があれば来てもらえるように伝えておいてくれ・・・話は以上だ」


 ネルソンの言葉を聞いて3人は安堵した。

 だが、グレンはすぐに唸った。


 「2割か・・・ダンナに申し訳ないから俺達で出そうぜ?ローエン達からは後で徴収すれば良いだろうし・・・」


 「それが良いでしょうね・・・幸い余裕はありますから」


 「何だ、あるなら今受け取るぞ?雇い主に書類を書いて貰わねばならないから、それまでは預かる形になるがな」


 「んじゃあ、頼みます・・・」


 3人はそれぞれアイテムボックスを開き、10枚の大金貨を出し合ってネルソンに渡す。

 その金額を見たネルソンは、驚きのあまり鼻水を吹き出した。


 「ちょっ、汚いな!?」


 「待て待て!金額間違えてないか!?」


 「1人大金貨10枚の計50枚でしたが何か?」


 「しれっと答えるなよ・・・そんな金額を提示されたら迷わず雇われるのも無理はないな。

 一応、書類が受理された時点からの契約にしてやるから今後は気を付けろよ!次は無いからな!?」


 ネルソンは預かった大金貨を金庫に入れてウンザリした表情で怒鳴ると、グレン達を部屋から押し出した。


 「許して貰えて良かったですね・・・」


 「顔は怖いし厳しいけど、案外話がわかる人なんだよな・・・顔は怖いけど」


 「本当、顔は怖いよねー」


 「聞こえてるぞ!!」


 3人が扉の前で話していると、ネルソンが執務室から怒鳴った。

 

 「すんませんでした!!」


 慌てた3人は脱兎の如くギルドから逃げだし、その後は久しぶりの休みを満喫した。

 


 

 


 


 


 



 


 


 


 


 

 

 

 



 

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