第60話文殊の知恵

 主に清宏のせいで騒がしかった広間も落ち着き、客人であるオーリック達以外は持ち場に戻って行った。

 ただ、ローエンを休憩させるためにリンクスとカリスだけは午後からも囮役をしてくれる事になっている。

 清宏は広間の中央にテーブルを用意し、水晶盤を見ながら設計図の様な物を書き始め、オーリックとルミネはそれを興味深そうに見ていた。


 「また何やら訳の分からない物を造るんですのね・・・一体今度は何を造るつもりですの?」


 「ルミネ、清宏殿の邪魔をしてはダメだろう・・・」


 設計図を見て呆れているルミネを、オーリックが諭す。

 清宏が今書いているのは、魔召石に属性を付与するための魔道具だ。

 以前から構想だけは練っていたのだが、レイス用の魔道具を優先していたため、これから作業にかからなければならない。

 オーリック達には直接関係の無い物である上に、魔王以外は魔召石を使う事は無いため理解出来ないのも仕方の無い事だ。


 「これはあんた達には関係の無い物だから、知っても面白い物じゃないぞ?」


 「私、知的好奇心には抗わない性分ですのよ?」


 笑顔で答えるルミネを見て、清宏は諦めてため息をつく。

 昨日知り合ったばかりではあるが、ルミネがしつこい性格である事を清宏は身を持って知っているからだ。


 「魔王が配下を増やす時、召喚を行うのは知っているか?」


 「えぇ、それは聞いた事がありますわ。

 ただ、召喚するだけではなく、忠誠心の高い者や、力で支配した者もいるようですが・・・」


 魔王の配下には二通りが存在する。

 まずは、清宏やレイスなどの様に直接召喚されて加護を受ける者。

 次に、アンネロッテやビッチーズの様に召喚をされずとも忠誠を誓う者だ。

 前者は契約のため主人を裏切る事は出来ないが、後者は裏切る可能性があるため、余程忠誠心の高い者か、恐怖によって支配された者に限られる。

 召喚は対象を選べないというリスクがあるため、魔王の配下の比率としては後者が圧倒的に多いのが実情なのだ。


 「そうだな・・・アンネはアルトリウスの配下だが、リリスとは主従契約は結んでいない。

 正直、忠誠心の高い配下を得るのは難しい・・・上辺だけではなく、中身を確認するのは困難だからな。

 だが、召喚するには魔召石が必要になる・・・魔召石は、いくつかの魔石を凝縮して造るんだが、それは魔王にしか出来ない・・・ただ、使用する魔石量が多い割に対象が選べないから、慎重にならざるをえないんだ。

 だから、あらかじめ属性を付与させた魔召石を造る事が出来れば、付与された属性に沿った者が召喚出来る可能性がある・・・俺が今造ろうとしているのは、そのための魔道具だ」


 「貴方が造ろうとしていると言う事は、その魔召石に直接属性を付与する事や、属性を付与された魔石から魔召石を造る事が現状では出来ないと言う事ですか?」


 「ご名答・・・魔石は、一度魔力を浴びせて活性化しまうと、その後は他の魔力を受け付けてくれないらしい・・・よって、属性を付与された魔石からは魔召石は造れない。

 次に、魔召石の作成にも大量の魔力を注入しなければならないから、その後は属性を受け付けないし、コントロールが難しいため作成時に付与する事は不可能だそうだ・・・」

 

 ルミネは清宏の説明を聞きしきりに頷いているが、オーリックは既に理解するのを諦めたらしく、首を傾げて愛想笑いをした。


 「魔召石と言うのは、召喚以外の使い方は出来ないのですか?

 話を聞く限りでは、いくつもの魔石を凝縮した物ですわよね?ならば、もし属性を付与出来たなら、それを利用してさらに高性能の魔道具を造る事が出来そうですわね・・・」


 「そうか・・・確かにそう言う使い道もあるか・・・。

 今まで俺が見て来たのは、ただ大きな魔石の様な物ばかりだったからそう言う事を考えもしなかったが、それが可能なら造れる幅も広がるな。

 早速試してみるか・・・レイスの胸の魔石は魔力を結構消費するから、試しに魔召石に入れ替えてみようかな・・・」


 「可能なんですの?」


 ブツブツと独り言を言っている清宏に、ルミネが尋ねる。


 「可能だと思う・・・レイスの胸に付いている魔石は一応属性を付与してはいるが、付与されている属性自体に意味は無いんだ。

 重要なのは思い浮かべた言葉をこめかみの魔道具に飛ばす事だから、活性化した魔石なら何を使っても大丈夫な仕様にしてある。

 もし魔召石が魔石の代わりとして使えるなら、内包された魔力は今の魔石の比じゃ無い・・・魔術回路を書き換えて魔召石の魔力を補助に使えれば、レイスの負担も減らせるかもしれない。

 正直、俺だけではまったく思い付きもしなかった・・・貴重な意見に感謝する」


 「な、なんか照れ臭いですわね・・・貴方がそのように礼を言うとは思いもしませんでしたわ」


 ルミネは清宏に礼を言われて戸惑っているが、嬉しそうに笑っている。

 清宏はリリスに大きめの魔召石を作成して貰うと、早速レイスを呼び出してしばらく魔道具を預かった。


 「ここをこうして・・・こっちはこう・・・あれ?なんか違う気がする・・・」


 清宏はミスリル製の土台から魔石を取り外し、刻まれていた魔術回路を埋め直すと、拡大鏡を使って新たな魔術回路を刻んでいく。

 魔術回路の見た目は、QRコードに似た形をしている。

 通常の魔道具に使われている魔術回路は言わばバーコードの様な物で、格納できる情報量が少ない。

 だが、それでは仕様を詰め込めないため、清宏はQRコードを元に、独自に新たな魔術回路を作り出したのだ。

 QRコードは横方向にしか情報を持たないバーコードとは違い、縦と横に情報を持たせることが出来る・・・格納できる情報量も多く、数字だけでなく英語や漢字など多言語の格納も可能だ。

 清宏の造る魔道具は仕様を細かく設定しなければならないため、大きさを抑えるためにはQRコード型の魔術回路でなければ成り立たないのだ。


 「私、こんなに複雑な魔術回路は、産まれて初めて見ましたわ・・・」


 「もはや、何が何だかんだ解らないな・・・」


 ルミネとオーリックは集中している清宏を見て、感心と呆れの混じった様な表情をしている。

 2人がしばらくそのまま清宏の作業を眺めていると、1時間程で作業は完了した。


 「終わったー!あー・・・目が痛い」


 「清宏さん、お疲れ様です。

 それにしても、アンネロッテさんの言っていた通りですわね・・・」


 「何が?」


 「清宏さんは短時間に集中して作業をすると聞いていましたが、まさかあれ程の魔術回路を1時間程で完成させてしまうとは驚きました・・・」


 ルミネが呆れていると、清宏はそれを見て笑った。


 「何をするにも、根を詰め過ぎるのは良くないからな・・・短時間で集中した方が作業も捗るし効率が良いんだよ」


 清宏は笑いながら答えると、再度レイスを呼び出して魔道具のテストをする。


 「待たせてすまないな、これで試してみてくれないか?」


 魔道具を装備し直したレイスは、清宏に頷いて口を開く。


 「先程までより大分楽になりました・・・何かされたのですか?」


 「良し!ルミネのおかげだな!!」


 清宏は、魔道具が問題無く作動したのを見てガッツポーズして喜び、ルミネに抱き着いた。

 ルミネは急な事に驚いたが、恥ずかしそうに身体を捩って清宏を引き剥がした。


 「ち、ちょっと!?どさくさに紛れて抱き着かないでくださいまし!!」


 「おぉ・・・正直すまんかった。

 嬉しすぎてつい抱き着いてしまったわ・・・非常に良い抱き心地で御座いました」


 「感想を言わないでくださいまし!!」


 清宏とルミネの会話を聞いていたオーリックは苦笑し、レイスは首を傾げながら見ている。


 「すまないなレイス、胸の魔石を魔召石に入れ替えてみたんだよ・・・ルミネのアイデアで、魔召石も使えるんじゃないかって思ってさ。

 魔召石なら魔石よりも魔力量が多いし、その魔力を補助に用いてるから、さっきまでより楽になったはずだ。

 これなら、お前も魔力の消費を抑える事が出来るから、気を使わなくても気軽に会話が出来るだろ?」


 ルミネとじゃれ合っていた清宏が事情を説明すると、レイスはルミネに深々とお辞儀をした。


 「ルミネ様、ありがとうございます・・・私の様な者にまでご配慮くださり、感謝の念に堪えません」


 「気になさらないでくださいまし・・・私は、ただ思い付きで言ったに過ぎませんから。

 お礼を言うのであれば、清宏さんにお願いしますわ・・・私の思い付きですら活かし、複雑な作業も手際良くこなして実現してしまわれたのですから。

 それに、お礼を言うのは私の方ですわ・・・この様に素晴らしい魔道具の完成を目の当たりに出来ましたし、何より、レイスさんが言葉を発するという感動的な場面に立ち会えたのですから・・・」


 「清宏様、ありがとうございます・・・ですが、ルミネ様の提案が無ければ出来なかったのも事実でございますから、やはりルミネ様にも感謝を示すのは当然かと・・・」


 「いえ、ですから・・・」


 レイスとルミネのお辞儀合戦が始まってしまった。

 どちらもまったく譲ろうとせず、一向に決着が着く気配が無い・・・。


 「オーリック、茶でも飲むか?」


 「そうですな、あの2人は放っておいた方が吉でしょう・・・下手に口を出せばとばっちりを受けてしまいますからな」


 清宏とオーリックはため息をつくと、清宏の用意した茶菓子と緑茶を楽しみながら、離れた場所から2人の決着が着くのを見守った。


 

 

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