第55話深夜のお茶会①

 清宏が意識を取り戻した後、広間では男達の酒盛りが行われた。

 途中から、酒の飲めないルミネとお子様のリリス、アリー、猫のオスカー、スケルトンのレイス以外は全員参加となり、皆浴びる様に飲んでいた。

 日付けが変わる頃には殆どの者が酔い潰れてしまい、まだ起きていた者達で酔い潰れた女性陣を部屋に運んだが、男達は皆広間に放置されている。

 

 「はぁ、どうしましょう・・・早く寝過ぎたせいで、まったく寝付けませんわ」


 貸し与えられた客室のベッドの上で、ルミネが身体を起こしてため息をついた。

 ルミネの両隣では、酔い潰れたラフタリアとリンクスが気持ち良さそうに寝息を立てている。


 「こういう時、お酒が飲めるのが羨ましく思いますわね・・・」


 ルミネはまったくと言って言い程に酒が飲めない・・・ケーキ類の香り付け用のブランデーですら受け付けない程の下戸だ。

 先程までの飲み会も、臭いだけで気持ち悪くなったため、先に部屋で休んでいたのが仇になってしまったようだ。


 「少し城内の散歩でもしてみましょうか・・・」


 ルミネがベッドから立ち上がると、背後で物音が聞こえ、振り返る。

 すると、リンクスがベッドに横たわったままルミネを見ていた。


 「すみません、起こしてしまいましたか?」


 「いや、構わんさ・・・どこか行くのか?」


 リンクスは笑って首を振り、ルミネに尋ねた。


 「えぇ、早くに寝てしまったので、目が冴えてしまいました・・・」


 「まぁ、あまり勝手にいろいろと歩き回るなよ?

 妙な疑いを持たれたらかなわんからな・・・」


 「承知していますわ」


 ルミネは笑顔で答えると、部屋の入り口付近に掛けてあった、光の魔石を使用したランタンを手に取り部屋を出た。

 部屋の外は広間に繋がっており、中央では男達が硬い床の上に転がったまま寝ている。


 「静かな夜・・・と言うには、些かほど遠い夜ですわね。

 よくこんなうるさい中で寝られますわ・・・」


 ルミネは、ローエンとカリスのイビキに顔をしかめながら全員の毛布をかけ直す。


 「うっ・・・!臭いだけで酔いそうです・・・」


 ルミネは少し距離を置き、眠ったままの男達を眺めながら物思いにふける。


 「この光景、なんだか野戦病院を思い出してしまいますわ・・・」


 ルミネは過去の凄惨な記憶を思い出し、俯いて複雑な表情を浮かべ、首に下がっている年代物のペンダントを撫でた。

 彼女にとって、思い出の品なのだろうか?


 「魔族と人族の和睦・・・本当にそんな未来は訪れるのでしょうか・・・。

 望んでいるだけでは叶わないのは解っていますが、あまりにも険しい道のりだと思います」


 「うーん、もう飲めないってダンナー・・・」


 ルミネが俯いていると、グレンが寝言を言って寝返りをうった。

 それを聞いたルミネは声を必死に抑えながら笑い、踵を返した・・・そして、尻餅をついた。

 ルミネの背後に、何者かが立っていたのだ。


 「ひっ・・・!?」


 その人物にランタンを向け、ルミネは短い悲鳴をあげる。

 ランタンの淡い光に照らし出されたのは、人骨だったのだ。


 (驚かせてしまい申し訳ありません・・・。

 こんな夜更けに如何なさいましたか?)


 人骨は、首から下げた黒板に文字を書いてルミネに見せる。

 

 「あぁ、レイスさんでしたか・・・私こそ申し訳ありません。

 早くに寝てしまったので、目が冴えてしまいまして、少し城内の散策をと思いまして・・・」


 ルミネは慌てて立ち上がり、レイスに謝った。

 レイスは再び黒板に文字を書く。


 (城内には侵入者対策の罠が張り巡らされております。

 ルミネ様であれば問題無いとは思いますが、万が一を考えご遠慮いただきたく思います。

 今では、貴女もこの城の大事な客人でありますから・・・)


 レイスの書いた文字を見て、ルミネは笑顔になる。


 「元々は侵入者である私達に対し、過分なご配慮感謝の念に絶えません。

 広間からは出ませんので、しばらくの間お許しください・・・」


 (かしこまりました・・・では、私は見廻りに戻ります)


 レイスはルミネに頭を下げて立ち去る。

 だが、ルミネはすぐにそれを引き止めた。


 「あの・・・宜しければ、お手洗いの場所を教えていただけませんか?」


 レイスは恥ずかしそうに尋ねたルミネに頷きトイレに案内すると、そのまま見廻りに戻って行った。


 「危なかったですわ・・・先程ので驚いて、粗相をしてしまうところでした・・・」


 ルミネは安堵の表情を浮かべて扉を開け、中に入って動きを止めた。


 「お手洗い・・・ですわよね?」


 レイスに案内されて入ったトイレは、総大理石製の立派な造りになっていた。

 広さも、民家がまるまる収まる程に広い。


 「本当にこの城は驚くことにこと欠きませんね・・・さて、急いで済ませましょう」


 ルミネは個室に入って便座に腰掛けたが、徐々に表情が曇っていく。

 なんだかソワソワとして落ち着きがない。


 「こんなにも落ち着かないお手洗いは初めてですわ・・・汚れているのは嫌ですが、綺麗過ぎるのも困りますわね」


 大理石製の床は、ルミネの脚が映り込む程に磨き上げられ、設置された棚などには埃一つ無い。


 「どうやってこの状態を維持しているんでしょう?

 ダンジョンマスターで毎回造り替えているのでしょうか・・・いえ、まさかそんな効率の悪いことを清宏さんがするはずありませんね。

 まさか、人の手で掃除をしているのでしょうか・・・」

 

 しばらく悶々と悩んだ後、ルミネは気持ちを切り替えて用を足し、下着を履き直す。


 「借り物の下着を汚さなくて良かったです・・・確か、終わったら貯水タンクのレバーを捻ると言われましたわね?」


 ルミネはレイスが去り際に教えてくれた方法を試し、目を丸くした。


 「レバーを捻るだけで水が・・・これは楽で良いですわね!

 この仕組みも、お手洗いが綺麗な状態を保っている要因なのでしょうね・・・。

 はぁ、なんだか驚き過ぎて疲れました・・・そろそろ部屋に戻りましょう」


 トイレを出て部屋に向かおうとしたルミネは途中で立ち止まる。

 トイレとは反対の方向から、光が漏れていたのだ。


 「確か、あそこは厨房でしたか・・・どなたかまだ起きてらっしゃるのでしょうか?」


 足音を立てないように歩き、ルミネは隙間から中を覗く。


 「あれは、確か吸血鬼のアンネロッテさんでしたか・・・?

 彼女には浴場でお世話になりましたし、お礼を言っておかなければなりませんね・・・」


 ルミネが扉をノックすると中から返事が聞こえ、ルミネは中に入った。


 「あら、ルミネ様ではございませんか・・・どうかなさいましたか?」


 ルミネを見たアンネは、首を傾げて優しく微笑んだ。


 (この子、本当に吸血鬼なのでしょうか・・・)


 ルミネは内心疑問に思いながらも、笑顔を返す。


 「いえ、お手洗いをお借りした帰りに、こちらから光が見えたものですから・・・アンネロッテさんは何をしてらっしゃるんです?」


 「そうでしたか、私は清宏様にお茶をご用意しておりました」


 アンネの前に置かれたサルヴァーには、淹れたての紅茶の入った茶器と、軽いお菓子が用意されている。


 「清宏さんはまだ起きてらっしゃるの?」


 「はい、清宏様はあまり睡眠をとられないので・・・今も工房に籠って魔道具を造ってらっしゃいます」


 ルミネはアンネの言葉が信じられず、首を傾げた。


 「驚かれるのも無理はありませんが、清宏様はとても己に厳しい方なんです・・・。

 仕事に関しては私達にも厳しいですが、自分にはさらに厳しい方なんです。

 ギャップに戸惑われるかとは思いますが、一度ちゃんとお話しをしてみたら良いと思いますよ?」

 

 ルミネは少しだけ悩んだが、返答を待っているアンネを見て、手を叩いて笑った。


 「では、これからお話ししてみましょう!」


 「では、ルミネ様のカップもご用意いたしますね」


 アンネは頷き、手際良く新しいカップを取り出してサルヴァーを持つ。


 「いつも、清宏様はだいたいこの位の時間に休憩を取られます。

 それに合わせてお茶をご用意するのが、私の密かな楽しみなんです」


 アンネは恥ずかしそうに笑いながらルミネの前を歩いている。


 (可愛い人・・・殿方は、この子のような可憐な少女を好むのでしょうね)


 ルミネは笑顔のアンネにつられて笑顔になった。


 「ここが工房です・・・中を覗いてみられますか?」


 アンネが小さな声で尋ね、ルミネは頷いてゆっくりと扉を開ける。

 ルミネが中を覗くと、素材や工具に囲まれた清宏の後ろ姿が見えた。

 何を造っているのかは確認出来ないが、かなり集中しているようだ。


 「清宏様は、短時間に集中して作業をなさいます・・・そろそろ伸びをすると思いますよ?」


 しゃがんで覗いていたルミネの上から、アンネが笑いながら話しかける。

 すると、アンネが言い終わると同時に清宏が伸びをして首の骨を鳴らした。


 「凄いですわ・・・言った通りです」


 ルミネは感心してアンネを見上げる。

 アンネは嬉しそうに頷き、工房の扉をノックした。


 「清宏様、お茶をお持ちしました。

 そろそろ休憩を取られないと、お身体に障りますよ?」


 「おっ、今日も良いタイミングだね?」


 清宏は笑って振り返ると、アンネの横にルミネがいる事に気付いて顔をしかめた。

 ルミネがニヤニヤと笑っていたからだ。


 「何だよ・・・何か言いたげな表情だけど?」


 「別に、何でもありませんわよ?

 ただ、貴方も真面目に仕事をなさるのだなと思っていただけですわ!」


 清宏は笑っているルミネを見て、舌打ちをして目を逸らした。


 「先程、私がお茶を準備している時にルミネ様が来られたので、折角ですしお誘いしました・・・ご迷惑でしたか?」


 アンネが潤んだ瞳を向けると、清宏は言葉に詰まって渋々2人を招き入れた。


 「清宏さんも、可愛い娘のお願いには勝てませんのね?」


 「うるせーよ・・・」


 「まぁ、今日は両手に花なんですから、楽しいお茶にしましょう?

 私、これでも巷では結構人気があるんですのよ?

 そんな私と一緒にお茶を飲めるなんて、私のファンから羨ましがられますわよ?」


 ジト目で睨んでくる清宏を軽くあしらい、ルミネは正面に陣取る。


 「あんたのファンも不憫だな・・・本性を知ったらショック死するんじゃないか?」


 「さぁ、どうでしょうか?」


 ルミネは笑ってはぐらかし、アンネの手伝いをする。


 「では、楽しいお茶会を始めましょう!」


 準備を終えたルミネは、満面の笑みを浮かべて清宏を見た・・・。

 

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