第50話倫理観

 夕食も粗方食べ終わり、食後のデザートに甘藷でんぷんで作ったわらび餅もどきを食べながら、ある方向から熱い視線を受けていたオーリックが、ため息混じりに清宏を見た。


 「どうした?」


 オーリックの視線に気付いた清宏は、膝の上ではしゃいでいるアリーにわらび餅を食べさせながら尋ねた。

 オーリックは、熱い視線の来る方向を極力見ないようにしている。


 「清宏殿、あのサキュバス達はどうにかなりませんか・・・先程から、こちらを見ながらひそひそと話をしているのが不気味で・・・」


 「そりゃああれだ・・・あんた達が来たことで、男に抱かれなかったから欲求不満なんだよ。

 あんた達には万が一にも危害を加えないように言ってあるから安心してくれ・・・。

 まぁ、あんた達ならサキュバス相手なら楽勝だろうから心配ないだろうけどね」


 憔悴しきっているオーリックに、清宏は笑って答えた。


 「清宏さん、私は正直言って貴方の正気を疑っています・・・。

 まさか、サキュバスに娼婦の真似事をさせているなんて・・・」


 笑っている清宏に対し、オーリックの隣に座っているルミネが厳しい視線を向けている。


 「それについてはさっき説明しただろ?少なくとも、誰も損をしないんだからな・・・」


 「私は、倫理的にどうなのかと言う話をしているのです!

 貴方はあの方達を信頼しているのかもしれませんが、本来サキュバスとは、男性にとって天敵と言っても良い存在です・・・いくら貴方が言い聞かせているからと言っても危険です!!

 娼婦として雇うのであれば、せめて人間にすべきではないですか!?」


 ルミネの言葉を聞き、笑っていた清宏は真面目な表情になった。

 オーリックは、ルミネの隣で青い顔をしている。


 「サキュバスである事に意味があるんだよ・・・なぁ、俺からもいくつか質問して良いか?」


 「・・・どうぞ」


 ルミネが承諾し、清宏は膝の上にいるアリーをアンネに預けて居住まいを正した。

 リリスや他の者達は、2人の会話を黙って聞いている。


 「女性にこう言ったのを聞くのは失礼だとは思うが、あんた今何歳だ?」


 「本当に失礼な質問ですわね・・・今年で32になりしました。

 今後もあまり妙な質問をするようでしたら、答えるつもりはありませんよ?」


 清宏の質問に、ルミネは憮然として答える。


 「32か・・・なぁ、あんたは何で冒険者を続けてるんだ?

 聖職者として生きる道もあるんじゃないのか?」


 「世の為人の為に出来る事を探した結果、私の能力を活かせる道がたまたま冒険者だったと言うだけの事ですわ・・・」


 「それは無償ではないだろう?生きる為に報酬は貰っているはずだ」


 「それは勿論です・・・」


 ルミネは清宏の真意が見えず、訝しげに頷く。


 「娼婦だってサキュバスだってあんたと一緒だよ・・・生きる為に男と寝るんだ。

 人間の娼婦は実入りが良いとか借金の返済だとか理由は色々あるだろう・・・だが、サキュバスは生きる為には男の精が必要だ。

 それを得る為に、彼女達は今まで男を襲っていた・・・それはリスクを伴う行為だ。

 だが、この城で彼女達を働かせる事で、そのリスクを無くす事が出来るし、男達も死ぬ心配をせずにタダで良い女を抱ける・・・聖職者であるあんたにとっては許しがたい話だろうけどな」


 ルミネは清宏の言葉を聞いても、まだ納得していないようだ。


 「さて、次が最後の質問だ・・・あんたは、魔族と人間が争わない世界が来ると思うか?」


 「そうなれば良いとは思っていますが、現状では難しいと思っています・・・貴方達がその希望になってくれればと期待していましたが、今では不安に思っていますね」


 ルミネが答え、清宏は腕を組んで俯いた。


 「それがあんたが32年も生きて来て出した答えか・・・?」


 「それは、どう言う意味でしょう?」


 清宏が顔を上げ、失望した目でルミネを見る。


 「あんたは32年もの間、あんたの信じる倫理観にとらわれ、何も考えて来なかったんだな?

 そうなれば良いと言ったが、あんたはそのための努力をしているのか?

 さらには、現状では難しいだ?俺達が希望になればだと?

 あんたは、今まで自分では争いの無い世界に変えようとしてこなかったのに、俺達に勝手に期待して、失望するのか?」


 清宏に指摘され、ルミネは俯く。

 清宏は、言い返してこないルミネに対し、さらに言葉を続けた。


 「あんたに言っておく・・・俺はこの城に召喚されてまだ2カ月も経っていないが、この城に来るまで魔族だの魔法だのとは無縁の生活を送っていた。

 だが、この城に来てリリスの副官になってから、やり方は極端とは言え、少なくともサキュバスと人間が争わなくて済む道を見つけたぞ!

 32年間あんたが見つけられなかった、魔族と人間が争わない世界の縮図を、やり方はどうあれ、俺はたった1ヵ月たらずで見つけたんだよ・・・。

 俺は誰が何を信仰していようが知った事じゃない・・・だが、あんたはさっき教典の改編について、時代にそぐわない物は仕方がないと言ってたよな?

 今がその凝り固まった倫理観を変える時なんじゃないのか?」


 清宏に諭され、ルミネは唇を噛み締めた。


 「あんたがまだ納得出来ないと言うのなら、もう一つ話をしてやろう・・・俺は、さっきサキュバスだからこそって言ったよな?実はこの計画は、俺達やサキュバス、男達だけが得をするだけじゃないんだよ」


 「他にも何かあるのですか?」


 俯いたままのルミネに、清宏が優しく話しかけると、ルミネに代わってオーリックが聞き返す。


 「得をする訳ではないが、この計画は、ルミネさんを含む全ての人間の女性を守ることにつながると思っているんだよ」


 清宏の言葉を聞き、ルミネが顔を上げた。

 オーリックは理解出来ずに首を傾げている。


 「人間の女性のため・・・ですか?」


 「あぁ・・・性欲のはけ口を用意する事で、力で劣ってしまう女性に対する性的虐待や性犯罪の減少にならないかと思いる。

 サキュバスは人間に比べて力があるし身体も丈夫だから多少の事は心配ないけど、人間の女性ではそうもいかない・・・妊娠や病気になる可能性があるし、何より魔王の城で働きたいって物好きはいないだろ?

 女性を守るため・・・これなら、あんたの倫理観の邪魔にはならないんじゃないか?」


 清宏が笑うと、ルミネは恨めしそうに清宏を睨んだ。


 「清宏さん・・・私を試しましたね?

 最初にそれを言っていただけたなら、ここまで疑う必要はありませんでしたのに!!」


 「あんたには、色々と世話になったからな・・・俺はヤラレっぱなしは嫌なんだよ!」


 ルミネがわらび餅もどきの入っていた木製の器を投げつけると、清宏はそれを回避して全力で逃げ出した。


 


 

 

 

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